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好きだったほんとに|#曲からストーリー

曲から物語をイメージして書く…のにハマっています。


今回は、水越恵子という80年代頃のシンガーソングライターの歌をとりあげます。彼女の代表ヒット曲といえば『ほほにキスして』だと思うのですが、私はそれよりもこっちの歌の方が好きです。あまり流行らなかったけれど…

TOUCH ME in the memory
好きだったほんとに
TOUCH ME in the memory
今でも声にしたい程

TOUCH ME in the memory/作詞:水越恵子/作曲:水越恵子


私が高校〜大学くらいの時に聴いていました。社会人になり、そこで水越恵子のめちゃめちゃファンの人に出会って…でも水越恵子って「『ほほにキスして』を歌ってた人でしょ?」というのが普通の反応だったので、私が彼女の歌を他にも知っていたもんだから、その人喜んじゃって。今の旦那です。(なんだ?この辺のくだりは…)

二十歳は過ぎていたけれど、まだ恋に恋しているお年頃。ひたすら片想い&勝手に失恋…の繰り返し人生を歩んでいたので、この曲を聴きながら悲劇のヒロイン気分に浸っていたのかも… でも、今聴いてみても、胸の奥にチリチリとした痛みを感じる切ない歌、名曲だと思います。



好きだったほんとに


このところ仕事が忙しく、身も心も疲れ切っているようだ。ひと段落ついたので、有給をとる。家の中でゴロゴロするのも良いけれど、気分転換に学生時代過ごした懐かしい街を歩いてみたくなった。

卒業して三年経つのよね。街並みはそれほど変わっていないけれど、立ち読みばかりであまり買わなかった本屋さんはシャッターが降り『長い間ありがとうございました』の張り紙が… 友だちと良く入ったホットドッグ屋さんも、コンビニに変わっている。逆に「ここは前はなんのお店だったっけ?」と思うような所もあった。

あ、この喫茶店はまだ残っている。通っていた頃から既にレトロ感は否めなくて、相変わらずその喫茶店は時の流れが止まったかのように、街角でひっそりと営んでいた。お店が残っていて嬉しい反面、封印していた思い出がよみがえりそう。

急に空気が重くなった気がした。そして遠雷が聞こえる。一雨降りそう?意を決してドアを開ける。カランカランと、昔と変わらないドアベルの音が響く。

店内の様子も変わらなかった。半分埃まみれのような造花の花束や、角砂糖なんて…まだあるんだ。人影はまばらで、お気に入りだった席も空いていた。懐かしさに惹かれて座ってみた。よく磨かれて木目がツヤツヤのテーブルも変わりない。ほとんどスプリングのはずれたような座り心地の椅子も…

懐かしさのあまり、あの頃よく食べていたプリンアラモードを頼んだ。もしかしたらプリンアラモードを食べるのも三年振りかもしれない。

ゴロゴロという音が近づくと共に、急に雨が降ってきた。窓の外をみると、たくさんの人が駆け足で通り過ぎていく。そんなに慌ててどこかへ駆けていかなくても、この喫茶店に入ってゆっくりすれば良いのに… なんて思いながら、プリンアラモードにスプーンを運ぶ。うん、相変わらずの懐かしい甘さだ。

カランカラン… 誰かが雨宿りしに入ってきたみたいだ。

「「あっ、えっ?」」

何気なく入店した人を見たら、学生時代に付き合っていた彼だった。いや、彼ではない。親友?友だち以上恋人未満的存在の人だった。

「なんでお前が?それに、相変わらずのプリンアラモード!笑える!俺、一緒に座ってもいい?」

私が返事をする前に、もう勝手に座っていた。

「ちょっと会社の有給使って、懐かしい街並みに癒されに来たのよ。あなたも元気そうね」

「お前、俺なんかと違っていいところに就職したもんな。やっぱ仕事はキツイんか。お前は前から頑張り屋で我慢しすぎるところあったからな」

彼もあの頃と同じようにアイスコーヒーを頼み、ミルクもガムシロップも投入し、ストローでガシガシかき混ぜてズズーッと飲みながら語りかける。

「私は全然我慢強くなんかないよ。むしろ我儘だったんじゃない?ほら、いつだったか夜中に「ゴキが出て怖くて眠れない!退治しに来て」と電話で呼び出したことあったし…」

「アハハ!あったな、そんなこと。怖いもの知らずみたいなお前が、ゴキ如きに半べそかいて電話してきたから、俺でもお前の役に立つことできるんだと誇らしい気分だったけどな」

「あの時は本当にごめんなさい!でも、マジであの虫は苦手。夜中に殺虫剤やら粘着シートやら買って退治してもらって感謝極まりだったよ」

「まぁ、そんなお役目も一度だけだったけれどね」

アイスコーヒーをストローでズズーッと飲み、

「あの後チャリで帰って家に入ったら、今度は俺の部屋にもいたんだよ。仲間が復讐に来たのかと思ったぜ」

「そうだったの… 知らなかった」

本当は、一人で退治できないほど苦手ではない。いつものようにスリッパを握りしめ、部屋の片隅の虫を見ているうちに「夜中に一人で何やってんだろう」と、ふと虚しくなり… ちょっとだけか弱い女の子を演じてみたくなったのだ。頭の中によぎったのは、いつもさりげなく優しくしてくれる彼だった。彼になら甘えたこと言っても許してくれそうだし、夜の訪問でも、用件片したらすぐに帰ってくれそうで安心だったし。

「しかし、本当に懐かしいな。そう言えばプリンアラモード、卒論の仕上げの頃にしょっちゅう食べていなかったか?糖分が脳を活性化させ、フルーツのビタミンがリフレッシュさせる…とかなんとか言ってさ。まぁ、俺が食っても効果は無さそうだけど、お前には今でも効果覿面てきめんなんだろうな」

「そうね。懐かしい甘さに、久々に癒されているのは確かね」

目の前の彼の言葉で、思い出が次々とあふれてくる。まるで昨日のことのように、その時の情景や気持ちがよみがえってきた。

ほとんど氷ばかりになったアイスコーヒーをズズーッと吸って「うへっ、ガムシロ飲んじゃったよ」と頭をかきながら

「でもさ、お前は相変わらず頑張ってんだな。すげぇよ。俺は就活っていうか、教員試験に落ちたから翌年再受験するつもりで塾の講師にとりあえずなったけど、結局そのまま受験しないで講師のままだし。でも、今の仕事は楽しいし俺に向いてると思えるようになったんだ。俺の教え子たちが、志望校に合格して喜ぶ姿を見るのは最高な気分だしな」

「ずっと先生になりたがっていたもんね。あなたに教わる生徒たちがかわいそう… なんて言ったことあるけど、私の大勘違いだったようね」

プリンアラモードも、あとニ匙くらいで食べ終わる。サクランボも一つ残して…

「卒業させた生徒の中に、俺と同じように教員希望している女の子がいてさ、たまに相談しに来るんだよ。今日もこれから本屋で会うんだけれどな。そう言えば、お前とよく待ち合わせした本屋は潰れたんだ。だから、隣町のブックセンターに行くんだけれど」

私は最後のプリンをすくった。

「雨もおさまって来たし、もうブックセンターに向かったら?彼女、待ちくたびれてるんじゃない?」

今頃になって携帯を取り出し、多分彼女からのメッセージが入っていたのだろう。

「ヤベッ!あ、お前にもごめんな。せっかくの休日の邪魔をしちゃって。こんなだから、俺ってダメなんだよな。でも、お前に会えて嬉しかったよ。じゃあ、いつかまた」

テーブルに1000円札二枚置いて、出て行った。ドアベルの音がカランカランと鳴り響く。

「アイスコーヒー480円とプリンアラモード980円で2000円… お釣りはどうすれば良いのよ。全く、先生のくせに計算もできないんだから…」

窓の外は陽がさしてきた。雨だれもキラキラ輝きだす。

私は残しておいたサクランボを口に放り込む。そして席を立ち、会計を済ませたらあの頃と同じように、レジの横にある募金箱へお釣りをジャラっと入れた。

空には虹がうっすら見えているようだ。


[約2700字]

#曲からストーリー
#TOUCH_ME_in_the_memory

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