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欅並木|#シロクマ文芸部

「ただ歩くだけでいいんです…」

サークルの2学年下の後輩男子が、私の誕生日にプレゼントをくれたから、「じゃあ、あなたの誕生日に何かお返しするね」そう言ったときの返事だ。

「え?歩くだけ?どこを?」

「僕の誕生日は10月で、実験棟の前にある欅並木を、先輩と歩いてみたいです。ちょうど色づいてキレイな頃だと思うから…」

あぁ、噂は本当だったんだなと思った。この後輩は、私に好意を抱いているということを。なんとなく感じてはいたが、私は心の中に別の人がいた。後輩もそのことは知っているはず。でも、これは彼にちゃんと向き合って、きちんと応えなくてはいけないのかなと感じた。

「わかった。じゃあ誕生日の日は、雨が降ってなかったら… 欅並木を歩きましょう」

「雨が降っていても、歩いてください」

「わかった。そうする」

私の誕生日から約半年以上先の『欅並木を歩く』約束をした。

約束した頃の欅はまだ芽吹いていず、やがてきれいな新緑の季節を迎え、そしてだんだん黄色く赤く色づき始めた。後輩の様子も伺っていたが、相変わらず…のようだし、私の後輩に対する気持ちも変化するようなことは全く起きなかった。

やがて約束の日が訪れた。天気も良くデート日和という感じだった。

私は大学の最終学年で、その頃には履修科目もほぼ終えていたし、就活も内定をもらっていた。後輩はこれから専門の履修がガンガン入る時期。朝から夕方まで講義がある日々が続く。この日も、そんな講義の合間をぬって、実験棟から出てきた。

「お誕生日おめでとう!天気が良くてよかったね」

「先輩、ありがとうございます。約束を守ってくださって嬉しいです」

「あなたとは、ちゃんとお話ししとかないとと思ったしね」

「ありがとうございます」

欅並木は、3棟ある実験棟を囲むように続いている。学内には他にも欅の並木道はあるが、後輩は実験棟周りを歩くだけでいい…と言った。

落ち葉の季節にはまだ早く、ちょうど紅葉が満開みたいな感じだった。木漏れ日も色付いている気がした。

「私も大学に4年通っているけれど、この実験棟周りは専門外だから、あまり来たことがなかったな。とてもきれいだね」

「去年大学に入って、僕はほとんどの授業がこの実験棟かな。 サークルに入って先輩と出会って… 去年の紅葉の頃に「先輩とこの道を歩けたら幸せだろうな」なんて思っていて… ごめんなさい。僕は先輩が好きな人いるのを知っていたけど、でもやっぱり諦めきれなくて。せめて、先輩ときれいな思い出だけでも欲しくって」

「こちらこそごめんなさいね。あなたの気持ちを受け入れられなくて。私は… 好きな人いるし、このままお付き合い続けば、多分結婚もその人とすると思う。彼への気持ちは揺るがない。それにね、本当に申し訳ないのだけれど、どうしても弟みたいな気持ちしかわかないの。歳下だから…って差別している気持ちはないつもりだけれど、今までも歳下の人に自分は好意を抱いたことなかったの。なんだろう、自分よりも性格が大人というか、しっかりしているな…と尊敬できるような人でも、歳下だと思うとダメなの。多分、私がずっと家族や親戚とかの中で『お姉さん』やっていたせいだと思う。相手より自分が歳上だと思ったら、甘えることができなくなるというか… わかるかな」

「先輩の言うこと、なんとなくわかります」

「そう。サークルでも『先輩』やっていたから… 良い先輩であろうとしていたし、そういう姿しかあなたも見ていないと思う。私はあなたのことを、似たような趣味を持つ気の利く優しい弟…みたいな感情以上の気持ちは、多分湧かないと思う。ごめんなさい」

「わかりました。でもスッキリしました。僕も先輩の優しさに甘えていただけかもしれません。これで嫌いに…というか、避けたりとか気を遣ったりとかしないでくれると、本当に嬉しいけど…」

「そこはね、逆にあなたの方が気を遣ってサークルに来辛くならないかと心配しちゃうけど、私は相変わらずあなたのことはよくできたかわいい後輩としか思わないよ。安心して」

「はぁ… フラれて残念なんだけど、でも憧れの先輩と二人きりでこの並木道を歩く夢が叶ったのは嬉しいなと思います。ありがとうございました」

「今度は両思いになるような人と歩けるといいね」

「それは… 今言わないでください」

二人が歩く道に、黄色い葉っぱが数枚はらはらと舞い降りてきた。木漏れ日も夕焼け色に染まっていた。


[約1800字]

#シロクマ文芸部
#ただ歩く

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