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fay ender ⑰【本格ファンタジー小説】第三章 太古の記憶「3-2 期待という名の世迷い言①」


 


第3章 太古の記憶


 3-2 期待という名の世迷い言①

(前作 「 3-1 ドワーフの王 」 のつづき )

 
 オイスがいなくなってからフィオランはベヒルに駆け寄り、さっそく目隠しを取ってやった。
 五日ぶりの再会に感激し合う仲ではないが、ベヒルは口をへの字に曲げて顔を背けた。

「す、すまない、フィオ。ぼ、僕があいつらに捕まったばっかりに……」

「連中に抵抗できるヤツの方が珍しいさ。それより何があった?」

 いつになく優しく扱われ、ベヒルは涙腺が緩むのを堪えながら、かい摘んで事の成り行きを説明した。

 五日前。街道でフィオランと別れた後、隊商宿には足の治療のために二日滞在した。三日目にラダーンへ向かうという商団に金を払って交渉し、同行することになった。
 そこでちょうど宿入りしたエリサたちと知り合ったという。
 きっかけはベヒルという名にエリサたちが興味を示したからだが、旅の目的が人捜しで、その特徴を聞いて二重に驚いた。
 友人を追う二組目の存在と、そのどちらにも関わってしまう自分にだ。
 因縁めいたものを感じた。

 そんな折、奴ら灰色集団が現れたのだ。
 あの頭領らしき刺青男は目当ての人間がいないのを知るなり、問答無用でベヒルを引っ立てた。
 どこへ行ったのか執拗に問い質されたが頑固に口を割らないベヒルを、あの気味の悪い火の玉で脅したのだ。
 すっかり神経が参ってしまったベヒルは、フィオランが行きずりの人間と南へ向かったことを白状した。

「どうして僕の居場所がわかったんだろうな? きみじゃなくて、よりにもよって僕なんかを追いかけてくるなんて」

 それがずっと腑に落ちなかったらしい。
 どうやら呼び虫は頭巾だけでは足りなく、僧服にまで付着させていたようだ。卵を仕込んだのは、恐らくサジェットで道案内をさせたときだろう。
イアンと直接接触をしたのはその時だけだった。
 そのからくりを教えてやると、ベヒルは気味が悪そうに自分の全身を眺めまわした。

「だから彼らに身ぐるみ剥がされちゃったんだな。大事な僧服だと抵抗したんだけど、寄ってたかって脱がされてさ。彼らは何者なんだい? 子供のように小さな身体をしていたと思ったけど」

 そういうベヒルは寒そうに裸の身体で膝を抱える。
 一人だけ下着一枚でいるのだが、川に落ちたため服を乾かしているのだろう程度にフィオランは考え、対して気にも留めてなかった。

 ベヒルが言う『彼ら』とはドワーフのことだが、危うく大岩の下敷きになる所を救助されてからすぐ目隠しをされたので、はっきりと姿を見ていないという。

「僕はもうラダーン行きは諦めるよ。僧服を無くしただけでも重大な規律違反なのに、取り返しのつかない過ちを犯してしまった……」

 暗い顔つきをしているのはそのせいか。
 幸薄い貧相な顔立ちだが、信仰に生きる者の誇りを強くその眼に宿しているのがベヒルの持ち味だった。
 それがすっかり今は見る影もない。

「おまえが言っているのは、あの異能者サイキッカーどもを突き落としたことか?」

 さらりと言われ、ベヒルは頭を抱えて唸った。
 あれくらいのことで奴らが死ぬか? いや、死ぬかも。
 フィオランには甚だ疑わしく、それをヴィーが裏付けてくれた。

「奴ら魔道士は大半が不死身と呼ばれるほどしぶとい。並の人間ならあっという間に土左衛門の出来上がりだが、どうにか術を駆使し合って生き延びているはずだ」

「だとよ。つまり、死ぬまで追っかけてくるという事だ」

 希望が蘇ったのも束の間、ベヒルは喜んでいいものか複雑な顔になった。

「で? そろそろ本当のところを聞かせて貰いたいもんだな。あんたらまでが連中にくっついてきたのはどういう事情だ? ひと芝居打っているだけで、本当は仲間なのか?」

 この間やり取りを静観していた二人は珍しく互いに顔を見合わせ、発言を譲り合っているようだった。
 ややあって、フィオランへ納得いく説明を引き受けたのはアーネスの方だった。直情的なエリサには不向きな役割らしい。

「仲間ではない。これはどうあっても信じてもらいたい。あなたを捜すという目的は同じだが、立ち位置がまるで違う。要するに、わたしたちと彼らは敵対関係にあるんだ」

「敵対しているのにあんたがたまで連れてきたっていうのか? それとも拉致と言ったほうがいいのか?」

「あのイアンという男がどう考えていたのか、おおよそ理解しているつもりだ。あなたを連れて帰還した後、万一のために我々を王室との交渉材料に取っておきたかったのかもしれない。わたしたちは王太子殿下に最も近しい側近だから」

 用心深いフィオランはそう簡単には納得せず、大仰に驚いてみせた。

「そんなどえらい地位のある御方がたった二人で、のこのこ人捜しの旅に出るとはね。ずいぶん気さくな国なんだな」

「二人だけじゃないわ。ちゃんと連隊を組んで出国したのよ。王室お抱えの魔道士もつけてね」

 フィオランの当てつけに黙っていられなくなったエリサが口を挟んできた。

「……それでどうなった?」

「見ての通りよ。地位のある者だけ残され、後は綺麗に片付けられちゃったわ」

 薄情な言い方だが、言葉とは裏腹に青い眼が怒りに燃えている。

「事故死に見せかけた汚いやり口よ。サジェットに辿り着いたときには、わたしたちはさすがに疲れ果てていた。奴らより先にあなたを捜しだすのは不可能かと弱気になったわ。酒場ではそこに付けこまれてしまったわけだけど」

 忌々しげに睨みつけられ、フィオランは目を泳がせた。
 占いで気を引いてカモにしようとしたことを暗に指摘されたのだ。気づかれていたらしい。

「事情は分かった。だが肝心なことを話しちゃいない。王太子殿下とやらが一体俺に何の用があるんだ? あの刺青野郎にしたってそうだ。あいつは誰の命令で動いている? それとも独断か?」

  アーネスは躊躇って、一瞬辺りへ目を彷徨わせた。

「あの魔道士たちはダナー正教会に所属している。恐らく、レンティアの塔にいる大僧正の命で動いているのだと思う」

 王室の次は正教会の大僧正ときた。要するに大陸全土に亘って星の数ほどいる信者のトップ・教皇様に続く、正教会のナンバーツーだ。
 話が込みいってきてうんざりし、バリバリと頭を掻く。
 その行儀の悪さに、エリサは露骨に身を引きフィオランから離れた。

「もてすぎて、ちょっと迷惑だな」

 あのどう贔屓目に見ても悪役としか思えない灰色集団が正教会の手飼いと聞いて、ベヒルは卒倒しそうになっている。

「あなたを探し出す命を出したのはラダーン国王陛下だ。わたしたちは陛下が編成した捜索隊に便乗したにすぎない。つまり、正式な捜索隊は目的を達せず全滅したことになっている」

「ちょっと待て。何を言っている? さっきあんたは王太子に派遣されたと言ってたじゃねえか」

「あなたを是が非でも探したがっているのは国王陛下だ。殿下は何もおっしゃらない。あの方は父王と国を心から案じておられる。ご自身も捜索隊に加わりたいと願われるほどに。だがそれは叶わず、身動きもままならない。わたしたちはせめて殿下の代わりにと、それでお心が少しでも安らかになられることを願い、旅に出たのだ」

「……立派な側近さんだな」

 白けたようにフィオランは呟いた。
 事情がまるで分からないため、他人事にしか聞こえない。
 加えて、他人にそこまで忠誠心を抱ける心理も全く理解できなかった。

「で? あんたらは俺の何を知っているんだ? 自分一人が蚊帳の外で勝手に喧嘩をおっぱじめられても非常に迷惑だな。しかもどこの馬の骨ともしれねえ、よその国の連中に目の色変えて追い回されている。俺のささやかな生活を台無しにしておいて、誰も何の説明もなしとくる。これはもう不愉快どころじゃない。かなり敵意を持つ段階にまできちゃってるぜ」

 フィオランの苛立ちに共感を示して、アーネスは困り顔で頷いた。
 何をそんなに慎重になっているのか、なかなか切り出そうとしない。

「陛下はあなたを必要とされている。あなたという存在そのものを・・・・・・・・・・・・・。お会いにさえなれば、すべてを陛下自らがあなたに説明されるだろう」

「ナゾナゾはやめてくれ。一度も面識のない奴がなぜ俺を知っている? なぜ俺に会いたがる? 俺はラダーン国王なんて知らねえ。会う義理もねえ。俺に会いたいなら相応の理由を示してくれ」

 権力者というものはまったく始末が悪い。自分たちが望めば、下々の者は二つ返事で応じると信じて疑わないのだ。フィオランにしてみれば、とんだ笑い草だ。

「アーネスさんよ。俺はこれでも結構我慢してるんだぜ?」

 声音が不穏に変化した。
 はっと目線を合わせると、細められた緑の眼が炯々と向けられている。
 常に軽薄な印象である相手の豹変に、アーネスは内心たじろいだ。
 エリサも珍しく緊張した面持ちで様子を窺っている。

 これ以上はぐらかすのは無理だと判断したアーネスは、不本意だが事実を打ち明ける決心をした。

「本来なら、宮殿の応接の間で陛下御自身から伝えられるべきことだった。わたしごときが口にしてよい内容ではない。……だが、理由不透明のままでは、この先同行を求めてもあなたは絶対に承知しないだろう」

「………」

 忍耐強く耳を傾けるフィオランへ、アーネスはとんでもない事実を述べた。

「あなたにはラダーン王室の血が流れている。この大陸を五百年統べる王家の直系の血が。そして現在、ラダーン国王太子には御子がおられない。モーラのフィオラン。あなたはラダーン国ノイシュタット王家の第二王位継承者にあたる方なのだ」

 あまりにも突拍子過ぎて、フィオランは反応に困った。
 これは手の込んだ冗談か? 
 真面目に言っているのだとしても、信じろという方に無理がある。驚くより、呆れ果てた。

「………。アーネスさんよ。ちょっと話がケッタイすぎて、どうもついていけないんだが」

 第二王位継承者?
 そんな大層な身分の人間が、なぜ二十三年間も大陸中を逃亡し続けていたのか。
 ほとほと眉唾モノだ――そう考えて、長い記憶の部分部分がもの凄い勢いで勝手に符合していく。

 なぜ定住せず、逃げ続けてきたのか。
 おまえを欲しがる連中から守るためだと老婆は言った。決してラダーンへ行くなと聞かされ続けた幼少年期。
 イアンは肉親に会いたくはないかと言った。自分が何者か知りたければラダーンへ行けとも。

 そしてエリサから受け取ったあの映像。
 咄嗟に拒絶したのは、自分を襲う激烈な変化を無意識にわかっていたからなのか。
 内面で激しく葛藤しているフィオランを気遣うように、アーネスは言葉を続けた。

「あなたの父は、現ラダーン国宝スタフォロス四世。その嫡子であるラダナス王太子殿下はあなたの異母兄にあたられる。他に兄弟姉妹がおられない以上、実質的にあなたが王太子殿下の次に正当な後継者なのだ」

 フィオランは眉間に深い皺を刻んだ。普通なら腰を抜かすほど驚愕し、狂喜乱舞するのが正常な反応なのだろう。だが、とてもそんな気になれない。
 何を今さらと思うし、当然裏にある別の思惑が嗅ぎ取られて、非常に不快であった。


~次作 「 3-2 期待という名の世迷い言② 」 へつづく


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