まゆ川
本格ファンタジー小説「第一章 異能の者」を収録。 生まれ落ちた時から逃亡生活を強いられてきた若者は、はたして何者なのか? 全5章からなる長編小説の第一章。 各章は随時配信予定。
日常に潜む幻想の世界。 人が見過ごす陰にふと目をやると、そこには……。 あなたにも見えるかもしれない。
もしも、今この時この瞬間に、パラレルワールド(同時並行)が存在していたとしたら…。二つの同じ舞台・同じ登場人物で、別次元の生活が進行していた話。
2/11電子書籍出版「よろず富川呉服店」の紙書籍化。 ちょうど1か月後に実現した。 ↓それがこちら。 当初、ペーパーバック販売は想定していなかった。 いずれは…という程度で、まだだいぶ先のことになると考えていた。 その考えが急に180度変わった理由は……。 「紙の本じゃなきゃ読めないよ」 人づてから、ふとした折に伝わってきた要望。 ハッと気づいた。 うかつだった~(;^_^A まったく迂闊でした! 読書のスタイルは、人それぞれ。 年齢、環境、嗜好、当たり前だが状況
第四章 血の絆4-3 女伯の恋 (前作 「 4-2 破壊僧 」 のつづき ) 次に目を覚ますと、若い女が枕元に付き添っていた。 貴婦人ともいうべき立派な身なりで、それも足のつま先から頭のてっぺんまで恐ろしく着飾っている。 薄い桃色の生地に細かな刺繍を施し、襟ぐりと袖にふんだんにレースをあしらったドレスは、その豊かな上半身の線を魅惑的に見せ、耳と首を飾る大粒の真珠が気品という効果を与えていた。 金髪を複雑に高く結い上げ、残った襟足の巻き毛を、大胆に開いた襟から量感
第四章 血の絆4-2 破戒僧 ( 前作 「4-1 死のはざま②」 のつづき ) 塔の外れ、レンティアの大森林を西に臨む位置に祭壇が設けられた。 日没の赤い陽が、石畳や塔の外壁を血糊のように濃く染め上げている。 その夕暮れの強い日差しを受けて、影を落とす数人のシルエット。 今、そこでは異教の儀式が執り行われている。 知恵と創造の神を信奉し、崇めるダナー正教会。その東方随一と謳われる聖なる塔が、目に見えない黒い染みに覆われていく。 辺り一画が立ち入り禁止となっ
第四章 血の絆4-1 死のはざま② (前作 「 4-1 死のはざま① 」 のつづき ) 「あなたを丁重にお連れするようにと言い付けておいたのだが、あれは何につけやりすぎるきらいがあるようだ。モーラの民はとみに矜持が高く、わたしでさえ時に持て余す。あなたに怪我を負わせたのはわたしの本意ではないと、どうか信じて頂きたい」 聖職者の身分を表すリガの印綬と呼ばれる円形の徽章に手を当て、ホスローは頭を下げた。 遠い西の領地に君臨する教皇に次ぐ地位を持つとされる東の大僧正が、
第四章 血の絆4-1 死のはざま① (前作 「 第三章 太古の記憶 3-4 狼の顎 」のつづき ) ちりんと金物が触れ合う音で目が覚めた。 水面へ急浮上するように意識が覚醒したものの、フィオランはしばらく前後の記憶を取り戻せず、ぼんやりと眼を彷徨わせた。 簡素な見慣れない室内だった。 見たこともない部屋だ。おまけに人がいる。その人物が、自分が寝かされている寝台から少し離れた飾り棚に、ちょうど茜色の容器を重そうに置いたところだった。 その人は真鍮と思われ
第三章 太古の記憶3-4 狼の顎 ( 前作 「 3-3 怪鳥ラミア② 」 のつづき ) 翌朝、夜明けの刻を告げにやってきたオイスに起こされ、彼らは朝を迎えたことを知った。 フィオラン以外の三人は、こんな狭い穴倉にこれ以上長居はしたくないとばかりに、自ら率先して目隠しをし、素早く身支度をした。 蜂の巣のような迷路を先導するオイスは、一刻も早く彼らを追い出したがっているようだった。 恐らく人間を逗留させることに対して、姿を見せない他の仲間たちからの不満が抑えがた
第三章 太古の記憶3-3 怪鳥ラミア② ( 前作「 3-3 怪鳥ラミア① 」のつづき ) 頭のてっぺんから湯気が出るほどの熱さだった。 桶の水を被ったくらいの汗が次から次へと吹き出し、頬が燃えるように熱い。身体も段々と痺れてきて、感覚がなくなってきた。 「いい加減、もう上がれ」 ヴィーは、ぬるま湯に浸かっているかのように、気持ちよさげに目を閉じたまま促したが、フィオランは口の端を吊り上げて虚勢を張った。 この女より先に湯から上がって服を着るのは嫌だった。
第三章 太古の記憶3-3 怪鳥ラミア① ( 前作 「 3-2 期待という名の世迷い言② 」 のつづき ) 地底にいるので時間の流れがまるで掴めない。 オイスから食料と小さな毛布を受け取って、今が夜であることがわかった。 緞帳の隙間から、もう一つさっと布の塊を渡された。薄汚れてはいるが上等な生地だ。 見覚えがあると思いながらフィオランが布を広げると、隅で膝を抱えていたベヒルが叫び声をあげてすっ飛んできた。 「ぼ、僕の僧服…!」 手渡される前にフィオランの
第3章 太古の記憶 3-2 期待という名の世迷い言② ( 前作 「 期待という名の世迷い言① 」 のつづき ) 「二十三年間もほったらかしにしておいて、今さら名乗り出られてもなあ。 当然肉親の情はこれっぽっちも湧かないし、息子としての義理も感じないし、別段会いたいとも思わないぜ? それが今頃やっきになって死んだも同然の俺を探し回るとは、都合がよすぎないか? どうしてもっと早く探してくれなかったかな、と不信感で一杯なんだがな」 視線をわずかに逸らした様子を見て、フィ
第3章 太古の記憶 3-2 期待という名の世迷い言① (前作 「 3-1 ドワーフの王 」 のつづき ) オイスがいなくなってからフィオランはベヒルに駆け寄り、さっそく目隠しを取ってやった。 五日ぶりの再会に感激し合う仲ではないが、ベヒルは口をへの字に曲げて顔を背けた。 「す、すまない、フィオ。ぼ、僕があいつらに捕まったばっかりに……」 「連中に抵抗できるヤツの方が珍しいさ。それより何があった?」 いつになく優しく扱われ、ベヒルは涙腺が緩むのを堪
第三章 太古の記憶3-1 ドワーフの王 (前作 「 第二章 力の発現 2-4 崩壊の危機 」 のつづき ) 岩に押しつぶされた割には痛くない。 死とはこんな感覚か? 拍子抜けだなとフィオランは眼を開けた。 なんと、ヴィーを身体の下に組み敷いている。驚いて仰け反り、後頭部を思いきり強打した。 目の前に火花が散り、痛さに蹲る。 一体何に頭をぶつけたのかと背後を見上げ、絶句した。 見たこともないほどの巨大な岩盤が柱となって聳え立っていた。 やや斜めになった巨岩
第二章 力の発現2-4 崩壊の危機 (前作 「 2-3 再会② 」 のつづき ) 安全な場所まで這い上がり、なぜ自分たちが助かったのか腑に落ちないまま、三人はその場にへたり込んだ。 対照的に、フィオランはまったく疲れたそぶりも見せずに長身の人物と話し込んでいる。 まだ上空を悠々と泳いでいる火竜の明かりを受けて鮮やかに燃える赤毛を、エリサは忌々し気に見据えた。 「あなたがフィオランだったのね」 声をかけられてフィオランは振り返った。緑の眼が興味深そうにきらり
第二章 力の発現2-3 再会② ( 前作 「 2-3 再会① 」 のつづき ) 「フィオラン、己のなすべきことはわかっているだろう。さあ、こちらへ来い」 足元には見えない通路が敷かれたのか、イアンが片手を差し伸ばしてきた。 どうにでもなれ、フィオランは半ばやけくそで腹を決めた。 松明の炎を一心に見つめ、意識を集中する。 先ほど自分が造り上げた形をもう一度思い浮かべてみた。 いつもの生きた人間から受け取る映像のように鮮やかに、そして次々と生み出していく。
第二章 力の発現2-3 再会① ( 前作 「 2-2 炎の使い手② 」 のつづき ) 「なあ、ひょっとしてだが……」 洞窟のあまりの深さに、みるみる不安が増してきたフィオランは呟いた。 「その火も寿命が尽きるよな? 燃え尽きたら、このままこの迷路のような真っ暗な穴倉を死ぬまで彷徨う羽目になるんじゃないのか?」 逃げこんだ場所としては最悪なんじゃないのかと顔が引きつってくる。 小さな気休め程度の灯りを掲げて先導するヴィーに、ついて行くのだけでもやっとの有様なの
第二章 力の発現2-2 炎の使い手② (前作 「2-2 炎の使い手①」 のつづき) 枝がよく燃えるよう石を組み立てて、あっという間に焚火まで完成させた。組んだ石の隙間に小枝を通した川魚をぐるりと突き刺していく。 「さあ、魚が焼ける間に濡れた服を乾かした方がいい」 「このままでいい。じきに乾く」 ヴィーはなめし革の靴だけを脱いで火の前へ置いた。マントは頭の上に括りつけて川を渡ったので濡れてはいない。 フィオランはそれ以上無理に勧めず、上半身裸になった。 近く
第二章 力の発現2-2 炎の使い手① (前作 「2-1 地獄の一丁目②」 のつづき) 川の流れは速く幅も広かったが思ったより浅瀬で、川床に転がる岩などのお陰で対岸には楽に渡ることができた。 ヴィーが言った通り、対岸に渡って半刻も歩かない内にぽっかりと口を開けた黒い穴が現れた。 岩の絶壁にいびつな形で穿たれた大きな洞窟。縦長に伸びた入口に立つと、奥の暗闇からひんやりとした風が漂い、頬を撫でていった。 フィオランはヴィーを支えながら中へと踏み込んだ。 暗い穴倉に