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fay ender ⑭【本格ファンタジー小説】第二章 力の発現「2-3 再会②」


第二章 力の発現

2-3 再会②

( 前作 「 2-3 再会① 」 のつづき )

「フィオラン、己のなすべきことはわかっているだろう。さあ、こちらへ来い」

 足元には見えない通路が敷かれたのか、イアンが片手を差し伸ばしてきた。
 どうにでもなれ、フィオランは半ばやけくそで腹を決めた。

 松明の炎を一心に見つめ、意識を集中する。
 先ほど自分が造り上げた形をもう一度思い浮かべてみた。
 いつもの生きた人間から受け取る映像のように鮮やかに、そして次々と生み出していく。

 小さな灯火が火花になって炸裂し、突如大きく火柱と化し、ごうっと風を巻き上げて吹き上がった。
 危うく火傷をしそうになって、背後へ尻餅をついてしまった。
 予想以上の反応に我ながら仰天した。空間に浮かぶ面々は、次に何をしでかすのか警戒態勢を敷いて構えている。

「彼を操れ。そして導け」

 立ち上がる大きな火柱を、ヴィーは『彼』と呼んだ。
 自分が熾した炎に呆気に取られながら、フィオランは心に浮かぶ映像を忠実に再現した。
 火柱は更に大きくなり、手から完全に離れた。中空をたゆたいながら、胴体をくねらせ、ついには火を吐くひとつの物体となった。

 暗い洞窟内を舐めるように燃え上がる火竜。
 赤々と深紅に輝く火は熱風を伴い、時空の穴の縁にいた人間たちを直撃した。
 イアンはマントで火を防ぎ、すかさず奥へ身を引いたが、防御が遅れた数人が火と熱風をまともに食らい、眼下の暗い地下水流へ落下していった。
 水中へ落ちたが最後、長いこと光の届かぬ暗い地底を漂い、運が良ければどこにも引っ掛からずに地上へ押し出されることもある。

 ぞっとしながらそれを見送り、フィオランは我に返った。

「やべえ…!」

 ベヒルは、と慌てふためいて目をやると、イアンの足下で手足をばたつかせてひっくり返っている。
 どうやらイアンが大事な人質を助けたらしい。

「あいつの存在をすっかり忘れていたぜ」

 火竜を操ることに夢中になりすぎて、フィオランは可笑しくて笑い飛ばした。
 さて、困った。ベヒルが捕まっている以上、むやみに攻撃をして追い払うことも出来ない。
 その躊躇がイアンに術を仕掛ける隙を与えた。
 火竜の動きがやや静まったところをイアンは見逃さなかった。

 足元に伸びていた、目には見えない通路が触手になって、手足、首に巻きついてきた。強い力で締め付けられて息がつけなく、意識が遠のく。

「生憎、ここで力を覚醒されるわけにはいかぬ」

 ゴムのような弾力のあるものが首に巻きついている。
 それを搔きむしろうにも、手足を封じ込められ、為すすべがなかった。
 意識が逸れたせいで、火竜の姿が掻き消えようとしている。
 そのいましめが、なぜか少し和らいだ。

 はっと目を開けると、なんとベヒルが刺青男の足に噛みついていた。
 だが引き抜いた剣の柄で頭部を殴打され、再び足元に転がる。
 怒りと同時に火竜が激しく燃え上がった。竜が火炎を吐き出そうと口を開きかけた時、何か黒い塊がイアンに襲いかかっていた。

 真っ黒な雲のような塊りが、イアンの上半身をびっしりと覆っている。
 火竜に照らされて見えたものは、夥しい蝙蝠の群れだった。
 見れば、洞窟の奥から続々と不気味な羽音を轟かせてやってくる。

炎の灯りに照り返る蝙蝠に襲われる姿は、フィオランの肌を泡立たせた。

 びっしりと食らいつく蝙蝠と踊るような足取りで格闘するイアン。その自分たちの首領を助けようと、近寄った他の魔道士たちは次々と新たにやってきた蝙蝠の餌食となった。

 頭から血を流したベヒルがよろよろと起き上がり、蝙蝠に襲われているイアンの背後へ回った。
 フィオランが見守る中、彼は渾身の勇気をこめて首領を地下水へと突き落とした。大きく水が跳ねる音が聞こえてくる。

 肩で息をついたベヒルが顔を上げ、目と目が合った。
 真っ青な顔が恐怖におののきながらもしっかりと笑っていた。
 認めたくはないが、フィオランは胸が熱くなった。

 まだ数人の魔道士が蝙蝠に襲われながらも残っている。
 ベヒルはなぜか彼らには構わず、おぼつかない足取りで穴の奥へと姿を消した。
 訝しんだフィオランが火竜を操って入口を照らすと、奥からベヒルに続いて二人ばかりよろめき出てきた。
 その姿を見て、フィオランは呆気に取られる。
 まさかこんな所で再会しようとは!
 二人はサジェットの酒場で出会った、ラダーン人の男女だったのだ。

「どういうことだ?」

 思わず呟く。
 男女は、蝙蝠と格闘する魔道士たちを容赦なく眼下へ蹴り飛ばしていった。特に金髪の女の足蹴の勢いは痛烈で、怒りの程が窺い知れた。
 忌々しい敵を全て片付けた後、女は挑むような目つきをフィオランへ向けてきた。
 その隣に貴公子然とした男が守るように寄り添う。

「こっちへ渡ってくるよう急がせろ。術者本人がいなくなれば、あの穴は消えてなくなる」

 ヴィーが耳打ちしてきた。
 蝙蝠たちはねぐらへと帰り始めている。
 また『お願い』をしたのだろうか? 聞かずとも、このからくりがだんだんとわかってきた。

「ベヒル! その二人を連れてこっちへ来い! もうすぐその穴は無くなるそうだ!」

 火竜の明かりのもとでベヒルは文字通り目を丸くしている。

「こっちへ来いだって? どうやって! まさかこの距離を飛び越えろとでも?」

「馬鹿野郎、寝言をほざくんじゃねえ! ここにヤツが残していった通路がある。慎重に渡ってこい」

 フィオランは、自分の足下から伸びる空間へ片足をどしどしと踏みつけてみせた。それを見ても、何もない空間を歩いてこいという友人の言葉を信じられないベヒルは、滑稽なほど大きく後ずさった。

「き、気は確かかい? きみ――」

「四の五の言ってねえで、さっさと渡りやがれ! 地下水流へ墜落して永遠に南の海へ漂いてえのか!」
 
 フィオランの怒号にベヒルは飛び上がったが、まだ迷いを捨てきれないらしい。そんなベヒルを憐れむように見下ろしながら、女がずいと足を踏み出した。

「行かないなら、わたしがお先に。そんな死に方したくないもの」

「エリサ。君のそういう潔いところ、とても好ましいよ」

 貴公子も朗らかに後に続いた。
 二人は体を屈めて足裏の感触を確かめながら、ゆっくりと空中へ歩を進めていく。
 不気味な穴倉に取り残されそうになったベヒルは慌てふためき、ようやく亀のように四つん這いになって二人の後を追った。

 先頭の女があと数歩でフィオランが立つ場所へ着くかという矢先に、突如足場が消え失せた。悲鳴を上げる女へ咄嗟にフィオランは手を伸ばした。
 精一杯伸ばされた女の手首を掴むことができたが、重さに負けてそのまま一緒に地下水流へ落下してしまった。

 全身が痺れるほどの冷たさだった。しかも流れが速く、深い。
 火竜に頭上を照らしてもらったが、取り縋る岩が何もなかった。

 溺れ死ぬか、冷たさに心臓発作を起こすか、最悪の事態に恐慌をきたしかけた。動転した頭の中に、ヴィーの凛とした声が響いた。

(思い出せ。おまえには力がある。落ち着くんだ)

 こんな状況で気が鎮まったのは奇跡であった。
 その声を聞いた途端、やけに冷静な自分がいたのだ。
 
 暗い水中で三人の体が浮き沈みを繰り返しながら流されているのが見える。ベヒルは泳げない。自分が水面へ押し上げてやっている女もどうやら泳げないようだった。
 男はなんとか自力で泳いではいるが、女の姿を懸命に探して動きが鈍い。

(俺は水も動かせるのか)

 ヴィーは力を貸してもらう、と言っていた。
 美しい火に憧れたように、フィオランはあらゆる生き物に命を与える水へ意識を集中した。

 大きな波となった水の塊りが押し寄せる映像を浮かべる。
 大小の波が水中でもがくベヒルを拾い上げ、男を絡め取り、最後に自分と女をすくって脇の岩盤へ押し上げた。
 四人は滑りながらも岩の突起になんとかしがみつき、やがて地中へと吸い込まれる危機を脱することができた。

 激流に向かって礼を言うかのように目を閉じていたフィオランの鼻先に、するすると縄が降りてきた。
 見上げると、高みからヴィーが身を乗り出し状況を窺っている。
 にやりと自然に笑いが口元に昇った。

 何が起こったのかよくわからないまま虚脱する三人へ、フィオランは声をかけた。

「あとひと踏ん張り頼むぜ。ここを登りきったら休憩にしよう」

 一人だけ、笑いを含んだ軽い物言いに、ベヒルはおろか他二名もさすがに唖然とした。


~次作 「 2-4 崩壊の危機① 」 へつづく


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