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アーミッシュを持ち上げるエセ健康志向

SNSで間違いだらけの記事が流れてきたのが目についたので、指摘しておきます。残念ながらアメリカ人でも大抵はアーミッシュの人たちの信仰や生活様式のことなんてよくわかってないのだけれど、彼らがネットをチェックして抗議するような人たちではないのをいいことに、あることないこと勝手に書き放題、ってのが許せないな。心から彼らの生き方に賛同して「こういうところがエライね」っていうのじゃなくて、自分たちが推し進める「ワクチンのせいで子どもが自閉症になる」っていう、既に科学的に否定されているアジェンダのために、アーミッシュのことを曲解して、でっち上げて、利用するなんて…。

とある人のブログで翻訳されていたこの記事

わざわざ太字で「アーミッシュが癌になったり、自閉症になる子がほぼゼロで、病気になる人すら稀であるという事実です。」となっていますが、これは事実ではありません。

「1. 予防接種と自閉症に関係あり⁉︎ーワクチン接種をしないアーミッシュ
アーミッシュには、自閉症のこどもがいません。唯一、過去に3件の自閉症となった症例があるそうです。しかし、驚くことにその3件のうち2名は予防接種を受けた子供でした。(残り1名は記録がなく不明)」

「自閉症のこどもがいない」「自閉症のとなった症例の3人のうち2人は予防接種を受けたこども」ってところからして矛盾していて、この時点で理論が破綻しているわけですが、それは置いておくとして。

「アメリカでは、水銀(メチロサール)の入ったワクチン予防接種を始めた時期から毎年グングンと自閉症が増えている統計」がある、ってのも、その2つのグラフに何の因果関係があるわけ?と小一時間問い詰めたい案件がありますが、それも置いておくとして。

アーミッシュの人たちが昔から守ってきた信仰上の決まりごとの中に「ワクチン接種をしてはいけない」というのはありません。だってその教えが最初に決められた300年前にはワクチンなんてものはなかったのだから、当たり前です。これは単なる後付けのこじつけにしかならない。

今アメリカで暮らすアーミッシュの人たちは、病気やケガの時は普通に地元の医者にかかり、病院に行きます。ただ、アーミッシュの中に、アメリカで認可された医師免許を持った者がいない(高等教育を放棄しているので)だけの話です。医者がいなくても、教会区の長老に相談したり、昔から伝わる薬草や湿布、自宅でできるホメオパシー的な知識などは親子代々継承されていて、軽い症状であればまずそちらに従うし、出産は基本的に自宅でアーミッシュの産婆の立ち会いで産むので、非アーミッシュのアメリカ人と比べると医療施設を利用する回数は少ないでしょう。だからと言って一般のアメリカ人より健康だということにはならない。

映画『目撃者 刑事ジョン・ブック』はユーチューブからレンタル・購入できます。アーミッシュに興味のある人にはお勧めします。けっこう細かいシーンや会話にも、それぞれアーミッシュの教えが反映されているので、もし、映画を見て不思議に思うところがあったら聞いてください。次のコラムに書きますので。

アーミッシュの人たちは基本的に住んでいる場所の法律にはちゃんと従うので(従わないのは、年金のための納税や兵役など、彼らの教えと相いれない一部分のみです)、地元の自治体で予防接種が義務付けられていれば、ちゃんと受けさせますって。

自閉症について言えば、アーミッシュは自閉症になりにくいなどということは、科学的にいっさい証明されていません。現在の最先端の脳神経学について、彼らがどこまで理解しているのかはわかりません。でも中にはたくさん本を読んで、世界の事情や科学にも詳しい人もいます。

ただ、アーミッシュの人たちは、生まれてきた子どもにどんな障害や病気があったとしても、それは神の思し召しであり、その子が周りの人間に、より多くの手をかけて可愛がわれるようにそういう風にお作りになった、と捉えるのです。

アーミッシュは何百年もずっと、アーミッシュ同士で結婚を繰り返してきたので、彼ら特有の遺伝病があることもわかっています。私が学校を訪問してみた限りでは、明らかに知能障害を持っている子供たちもいました。でも、自閉症や何らかの障害がある、という診断を受けても受けなくても、同じように家族の一員として、アーミッシュの一人として差別なく受け入れられていくのですから、わざわざ医者にかかることもないし、ましてやワクチンが原因なのではないかなどと突き止める必要さえ、彼らは感じていないわけです。

ワクチンの必要性にしても、もともとアーミッシュの子どもたちは彼ら独自の学校に通いますし、オハイオやインディアナの田舎の方のアーミッシュコミュニティーでは、子どものうちは他のアメリカ人が集まる場所に一切行かない環境で子育てできちゃうところもあります。したがって、そのコミュニティー、つまり教会区の判断でこのワクチンは要らないな、という判断をすることもあるでしょう。でも確か、オハイオのアーミッシのコミュニティーでもはしかが大流行り、ってニュースがあったなぁ。

「2. アーミッシュの食材は地産地消でオーガニックのものを摂る」
アーミッシュは徹底してオーガニック生産法にこだわりローカルで収穫、生産されたものを食べます。加工食品、添加物などの人工的な食品は口にしません。」
「3. アーミッシュはたくさんの脂肪を摂るが病気にならない」

これらも全くの誤解です。

アーミッシュがオーガニック生産方にこだわっているように見えるのは、アーミッシュは、自分たちが神からお借りした大地に汗水垂らして手をかけて耕すことが神に対する最善の奉仕だと考えているからです。オーガニックとか、地産地消などのコンセプトとは無縁です。できることなら自分たちで作ったものを神に感謝しながら自分たちで食べることが理想ですが、それは自分たちの健康のためではないのです。農作物で収入を得る場合も、電力で動かす農機具を使って効率を上げられない分、コストや労働の手間を考えて、市販の化学肥料も使うし、GMOのものも作ります。

現代アメリカでは、アーミッシュの人口増加に農地面積が追いつかないなどの理由で全員が農地を持てるわけではなく、農業や酪農以外の仕事に従事せざるをえない人も大勢いますし、そういうアーミッシュの人たちは、アメリカ人と同じスーパーに行って加工食品、添加物たっぷりのものを買って食べています。そもそも、彼らが口にするものは全て神様が与えてくださったと考えているので、遺伝子組換えか、オーガニックかどうかなんて関係ありません。長生きしたいから抗酸化の食品を食べよう、なんてこともしてません。彼らはたとえ誰かが早死にしたとしても、それは神に愛されたが故に、天国へ召されるのが早かった、と捉えているのです。

彼らは主に農業や酪農に従事し、女性も現代文明の利器を使わずに家事をこなすので、日常的に肉体労働が多いため、高カロリーの食事をとります。朝早くから糖質、脂肪、炭水化物がたっぷりの食生活で、ダイエットが〜などと甘ったれたことを言っている現代人から見るとものすごい量だったりします。しかも祖先はスイスあたりにいたドイツ系の人たちなので、グルメというわけでもありませんしw

アーミッシュはタバコを吸わないから長生き、とも言われていますが、喫煙に関してはコミュニティーごとに許すか許さないかが決まっており、寛大なコミュニティーなら、年配の人がパイプ煙草を燻らせるのはオーケーだったりします。ただし、タバコの葉は現金収入が得られる栽培物として育てている農家が多いです。健康かどうかなんて何の関係もないです。彼らだって合理的に生きてるんですよ。

5. アーミッシュはストレスのない社会で生きている

これも誤解を超えて、ムチャクチャ間違ってます。

アーミッシュは何よりも集団の規律をみんなで守ることを重んじるコミュニティーを形成しているので、そこで感じられる閉塞感は日本社会以上かもしれません。個人主義の競争社会とは全く逆のプレッシャーがあり、その人の個性にもよりますが、ストレスレベルも相当高いでしょう。実はアーミッシュの自殺率は、アメリカ社会のそれと変わりありません。

彼らは自らの信仰に基づき、現代文明が供給しうるテクノロジーというものを意図的に選んだり拒否したりしてきただけなのです。それってすごい意志が強くないとできないことですよね。

このブログ記事は英語のこの記事を参考にしているようですが、最近、アメリカではアンチワクチンの頓珍漢な人たちが勝手にアーミッシュのことを持ち上げている傾向があり、憂慮されています。アーミッシュの人たちは、基本的にネットアクセスのない生活をしているので、そんなことが起きているとは知らないし、知っていたとしても抗議はしません。そこにつけこんでいるようで、さらに腹が立ちます。今回初めてそれを鵜呑みにするような日本語の文章を見かけたので、抗議させていただきました。

英語で読めるなら、「ワクチン反対派が妙にアーミッシュに傾倒している」と題されたこの記事も参考になります。



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