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イギリスのEU離脱が思い出させたあの日

世界中が「これからどうなっちゃうの?」と大騒ぎしたかのBrexit、結局のところアメリカや日本には直接、あるいは長期的にはあまり影響がないのかもしれない、とも言えるだろうし、でもこれはベルリンの壁崩壊や、ソビエト連邦の終焉のように、世界の歴史が大きく動いた瞬間として後の世に伝えられる事件でもあるのだろう。それにしても。

日本語で読める現地の情報となると、どうしてもロンドンあたりに住んでいる日本人が発信している「なんでこうなっちゃったの?」という驚きや、シティと取引のある金融業界への打撃や、移民多すぎで病院や学校が足りない〜ってな話ばかりで、実際に賃金の低いEU国からイギリスに来て働いている人たちの反応はあまりわからない。私にしても、SNSを通してロンドンの友人や出版業界の知り合いが言っていることを現地の声として受け止めるしかない。

だが、個人的には「あの日」の感覚がぐわ〜っと戻ってきて嫌〜な気分になったので、とりあえずそれだけ書いておく。

あの日とは、バカ息子ブッシュが当選した16年前の大統領選挙戦の日のことだ。私がニューヨークで経験したあの落胆、諦観、脱力感は今のロンドンっ子たちの状況と酷似しているようだ。当時の状況を説明すると、共和党のブッシュと民主党のアル・ゴアの戦いとなって、予測は五分五分の接戦に。

候補者2人とも親が政治家で、二世の坊ちゃんであるところまでは同じだけれど、南部の出身ながら、東海岸特有のエリート臭がぷんぷん臭うゴアと、親の七光りで兵役の代わりにゆるゆるの国内衛兵で済ませ、親に入れてもらったイェール大学でも、パーティー野郎と言われるほど、おバカだけど、「いっしょにビール飲んだら面白そう」というだけで選ばれた感じのするおサルのジョージの一騎打ちだった。そりゃ私だって、アル・ゴアと呑みに行って「あ、僕はニンジンとリンゴのスムージーで」とか言い出しそうな感じだし、思い切り飲ませりゃ、脱ぎそうなブッシュの方が面白そうだけど。まぁでも選ぶのは飲み友達じゃなくて、大統領なんだからそれはないだろ、とは思ってたんだけどねぇ。

選挙のあった火曜日の夜、時差があるアメリカでは東側の投票結果から順々に発表され、青い州の多い東海岸で勝利したゴアがまず有利、続いて赤い州の多い真ん中らへんの結果が入ってきてブッシュ優勢、そして他のネットワークを出し抜きたいTV局の愚かしい争いもあって、NBCが「フロリダでゴアが勝利」って速報を出して、他の局も慌てて同じのを出した。つまり、今から思えばどの局も正確さよりスピードを重視してつまずいたのだ。

だがこれには他にも色々とまずいことがあって、まずフロリダの地形を見ると「パンハンドル(フライパンの取っ手)」っていう、北西に伸びた部分があって、ここだけ時差の関係で投票締め切りが1時間遅いってことをみんな忘れていた。さらに、この部分はアラバマ州やジョージア州といった、保守的な南部の周りの地域と同じで、リパブリカン(共和党)が多いのだ。この部分の開票結果が出る前にフロリダは〜と判断してしまったことが間違いを引き起こした原因のひとつ。

で、ゴア当確花丸印を出したものの、パンハンドル選挙区の結果が入ってきて、いよいよフロリダはどっちかわからなくなってきたので、各局が「ゴア勝利」を引っ込め、夜中を過ぎてから「実はたぶんブッシュ」「接戦でどっちかマジでわかんない」みたいなことを言い出す体たらく。

その後、西海岸で選挙人数がいちばん多く、青いカリフォルニア州でゴア当確予想が出たあたりで、東海岸と同じ時間帯なのにフロリダ州の結果がいつまでも「接戦のため判定できず」のまま、あるいは「たぶんブッシュ」だったんだよね。何ぐずぐずしてるんだろ?と思いつつも、ゴアはブッシュに電話を入れて、負けを認めたらしいとのニュースもあり、そのまま寝て、朝起きてみると…

やっぱりフロリダだけまだ決まってない。何やってんの? しかもフロリダ州の選挙人数もけっこう多いので、フロリダなしでは判断できない状態。だったらちゃんと最後の一票まで数えろよ、と言っても不在者投票の分は当日決まらなかったら数えよう、と怠けていた選挙区があることがバレたり、数え直したらだいぶ間違ってみたいなのでやり直ししてたり、と今までどんだけドンブリ勘定で済ましてきたかが明らかになった。

そしてこの頃使われていた投票システムというのが、投票者が投票したい人の名前の横のボタンを押すと、機械の中でマークシートのその人の名前のところに穴が開いて記録する、というものだった。ところがボタンをしっかり押さえなかったり、紙がぴったり押さえられていないと穴が完全に開かなかったり、穴となる紙の部分が切り落とされなかったりしたのを人の目で見て、数え直すことになった。、これがhanging chadという新しいボキャブラリーになったりした。

で、大統領が決まらないまま、フロリダの数え直し作業が始まり、フロリダの選挙担当者の人たちは、何日もこんな作業をしていたというわけ。

さらに、この時、第3党候補のポール・ブキャナンがフロリダ州のパームビーチ選挙区で、なぜか予想以上の票を獲得していることがわかった。でも、このパームビーチの住人といえば、ニューヨーク出身で、余生をフロリダで送っているユダヤ系のお年寄りが多いことで知られていて、白人至上主義とまではいかないものの、バリバリのキリスト教系保守派のブキャナンなんかに投票する人たちではなかった。(このことは後にブキャナン自身が認めている。)

どうやら、パームビーチで使われた、投票画面が、真ん中に折り目のある「バタフライ・バロットと呼ばれる投票シートに問題があったようなのだ。

これを見ると、上から左、右、と表示されている候補のボタンを押さなければならないのだが、とりあえずゴアに投票しようと思ってて、左だけを見て、よし、上から2番目のボタンだな、と思ってそれを押してしまうとブキャナンに票が入ってしまう。常夏のフロリダのお年寄りだったらそりゃ、間違える人もいるよね、という構造だったのだ。

かといって、本人でさえ間違えてブキャナンに投票したとは思ってないだろうし、今さら、どっちに投票しました?って聞くわけにもいかない。このバタフライ・バロットで投票した人たちの分は、数え直されることはなかった。

それでものろのろと再開票カウント作業を進めるフロリダに対し、今度は裁判所が横槍を入れて「もう、ブッシュで決まりね!」ってゴリ押ししたフロリダ最高裁判所の判事が共和党に肩入れする党員だったこともわかった。そして最高裁が「もうそれでいんぢゃね?」という判断でトドメをさして、ブッシュは当選した(ことになった)。フロリダでの最終票差は約500票とも、1000票にも満たなかったと言われている。600万人も投票者がいたフロリダだよ?

まぁそんなこんなで、翌日11月8日の水曜日、とある大手出版社に勤めていた私は、出社して行って、周りのみんなのどよ〜んとした「何が起こっているのか信じられない」「これからこの国はどうなっちゃうの?」という空気に窒息しそうな気分だった。ニューヨークは全体的に民主党寄りの青い州だし、出版業界というのはある程度の教育水準の人が集まる業種なんで、みんな政治的にはリベラルなわけですよ。あんまりリベラル過ぎて、アル・ゴアの政策じゃまだ生ぬるい、だから第3党のラルフ・ネーダーに入れてやったぜ!って人もいたし。(そのせいでネーダーさえ立候補してなかったら、ゴアが当選していたのに、と彼を恨んでいる人も多い。実は私もその一人。)さらに、リパブリカンと称する人たちも、今回ばかりはあんなバカには大統領は無理、って思ってたわけですよ。

EU脱退という結果にショックを受けている今のロンドンの人たちと気分はまったく同じでしょうね。UKIPのファラージとか、ボリス市長みたいな道化者が吹いてるホラ(「おまいらビンボーなのは移民のせい」)を信じて離脱票を入れる人が多い、イギリスのクソ田舎事情が実感として分からなかったわけです。私だって、今トランプを支持している人たちって頭カラッポか、おかしいよね、って本気で思ってるから。

で、その後、バカ息子ブッシュが大統領になってアメリカが、そして世界がどうなったかは周知の通り。翌年の2001年には9-11という前代未聞のテロ事件が起こり、ブッシュ政権はこれを利用するように、アル・カーイダとはなんの関係もなかったイラクに侵攻し、サダム・フセインを殺してイラクでイスラーム国のテロリスト集団が生まれる下地を作ったというわけだ。

みんなフロリダのせいだぞ、ちくしょうめ。今度こそヒラリーを選ばなかったらおまいらタダじゃすませねぇ。強制離脱でキューバにのし付けてくれてやらぁ。(マイアミあたりはキューバのカストロ大嫌い人間が多いので、いい見せしめですw)


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