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本が英訳されて海外の出版社から出る時の著者へのコミット

深夜の放送時間でしたがNHK「君が僕の息子について教えてくれたこと」の再放送がありました。録画して観た人も多かったようです。また来月半ばにも再々放送あるようです。

『自閉症の僕が跳びはねる理由』は日本で2007年に“ひっそり”と刊行されていたのが、たまたま英語教師で日本で暮らしたことのあるイギリスの小説家デイビッド・ミッチェル(『クラウド・アトラス』)にも自閉症の息子さんがいたことがきっかけとなり、2013年に英語版が出てから20ヶ国以上で出版され、アメリカでもベストセラー入りを果たした本です。

正直に書くと、この本がアメリカで売れていたとき、日本の著者や著作を主に英語圏の出版社に売り込むという仕事をしている身として、ある一種のジェラシーを感じていました。ミッチェルという、ブッカー賞に何度もノミネートされるほど世界的に著名な作家が手ずから翻訳、そして彼の小説を出している大手出版社ランダムハウスから刊行、となれば注目されないわけがないので。

それでも縁あって、東田直樹さんのニューヨーク講演では通訳としてご一緒させていただくことになりました。私は彼のエージェントではないけれど、日本の著者にとって著書が英訳されることの影響力の大きさをなるべく多くの人に知ってもらいたいし、それは回り回って私の仕事にもプラスになるだろうと考えたからです。

自閉症については、それまで「他の人のようにコミュニケーションがとれない」障害、と理解していたので、発語がないけれど文才がある自閉症者がいる、というのが信じられない部分もありました。でも今は、彼の内なる才能がここまで花開いたのも、彼の家族や編集者やテレビ局の尽力の連鎖による奇跡だと思えるようになりました。

NHKのドキュメンタリーを観た人は、番組の冒頭で直樹さんが「1ヶ月前に執筆専用の部屋を借りたばかり」という部分を覚えているでしょうか? 日本で既に十数冊の著作がある東田さんですが、こうやって海外でベストセラーになってようやく物書きとして独立できた、ということです。

日本ではこの本はエスコアール社から出ており、「障がい者や高齢者に優しい福祉型企業を目指して、全国のリハビリテーション病院・施設、特別支援学校、障がい者ご本人やご家族等を対象とした、言語障がい等の障がい者用検査・訓練教材、認知症関連用具等の開発・販売、関連書籍の出版等に力を注いで」(当社ウェブサイトから)いる、いわば専門書の出版社なので、どうしても対象読者が限られてしまいがちですが、一方でランダムハウスは米最大手の一般書の出版社なので、そのセールス力が違います。

何しろ深夜の人気政治コメディー番組Jon StewartのThe Daily Showにもミッチェルさんが呼ばれ、さらに本が売れるという羨ましさ。マスコミの書評もとれて一般読者に知ってもらえる宣伝効果。そして欧米の出版社は1冊だけではなく、著者に対して長期的にコミットするので、東田さんの本はよっぽどのことがない限り、これからも同じ出版社から出るし、相応のアドバンス(印税の前払い金)も受け取ることができるし、自分の本がどの国で何冊売れているのかを定期的に報告してもらうことができるのです。

ランダムハウスが彼の日本の版元だったら、NHKの番組の放映に合わせて増刷、図書館にも働きかけて早くから取りそろえてもらって、Eブック版も用意し、今日本で起こっているように「売り切れ、在庫なし」「図書館で何人も順番待ち」「出版社に問い合わせ殺到で嬉しい悲鳴」という事態が起こらないようにできたでしょう。残念ながら日本の出版社だと、前パブも不十分で、初版が捌けたら捌けっぱなし、韓国や中国の出版社に翻訳版権が売れても、東田さんに還元されるべき印税の配分もウヤムヤになってしまう可能性が高いのです。

だからこそ自分がやっていることにも意味があるはずと思いながら日本の著作とこっちの出版社をつなげようとしているわけですが、これがなかなか…。羨ましがっていてもしかたないので、そろそろ刊行されるデイビッド・ミッチェルの新作The Bone Clockを楽しむことにします。

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