G・シュタイデル「印刷は死なない:デジタルな世界のアナログな本」を聞いて

出版関係者に興味のあるパネルだと思うので、とりあえず個人的にレポートをば。しかし、ほとんど聞き取れないドイツ語を英語でメモって通訳の日本語で補うというややこしいノートの取り方なので、そんな日本語では言ってなかったよ、ということがあるかもしれませんがあしからず。

印刷は死なない(Print is not dead)
1)アナログとデジタルな本作り、それぞれの長所とデメリット
2)本とその品質:完成品に見られる違い
3)グーテンベルクをロールモデルとして
4)私が実行している本作りとは

1)アナログvs.デジタル
 Eブック(デジタル本)の登場により、紙の本は絶滅の危機に瀕している。インターネット上で出版すれば、紙などのマテリアルも要らないし、自宅にいながらにしてどんな本でも瞬時に買えるという利便性がある。同時に、いったん刊行した本のコンテンツに、いつでもさらに手を加えることもできる。だが、紙の本はそれでも「寿命が長い」というアドバンテージがある。
 本がアナログかデジタルか、という決断は常に「ポリティカル」なものである。例えば、音楽は昔のLPからCDに変わり、今ではストリーミングで流通しているが、それは音楽産業が音楽を売って儲けるための判断によるものであり、どの産業も積極的に常に新しい「売り物」を探しているからなのだ。    Paper is patient. 紙は忍耐強い。一度印刷してしまえば、そこにあるアイディア(日本語のアイディアとはちょっとニュアンスが違うかも。価値観とか世界観の方がいいかな)は不変で、手が加えられることはない。私は本棚に本があるという、アナログな保存の仕方に安堵を覚えるのだ。
 そういう意味では図書館という場所ほど完璧に「オープンアクセス」を具現化した存在は他にないだろう。それは本がデジタル化されても同じだが、アーカイブが「脱身体化」される時のコストのために多少の対価が必要になる。
 一方で、紙の本は何百年も同じコンテンツを維持でき、それへのアクセスは常に変わらない。デジタル化して所蔵された本は、アップデートが容易だという利点もあるが、そのコンテンツが勝手に変えられる点で、ある種のコントロールが失われる。私はその制御能力が失われるのが怖いというのではないが、変化の激しい消費文化の中にあって、ずっと変わらぬ形のcraftとしての本が好きなのだ。

2)本とその品質:完成品に見られる違い
 例えば、旅行ガイドなど、迅速に消費されるために作られたデジタル本にとって、正確さや持続性は重要ではない。その本をEブックで読むか、紙の本で読むかは読み手次第であり、これからも紙の本が失われていくことはないだろう。
 ドイツではEブックのシェアは5%となっているが、これが紙の本と競合するのか、代替していくのかはまだわからない。もし、そうならパブリック・ドメインとなり、無料で読める古典文学などは生き残れないはずだが、相変わらず我々は紙でそれを買っているのである。ドイツ人はレンガで造られた古い建物に本屋が入っているのが好きだ。オンライン書店でアルゴリズムを使ったレコメンド機能が使えるようになっても、ドイツのインディペンデント書店は潰れなかった。おそらくこれからもアマゾンがドイツの書店を駆逐することはないだろう。
 だが、出版社は持ちうるすべてのリソース(プロの出版者としてのタイポグラフィー、高品質の紙、編集技術など出版のノウハウ)を使って、本を作っていかなければ絶えていくだろう。良く造られた本に対価を支払う人がいれば、出版はこれからもルネッサンスを迎えることができる。

3)グーテンベルクをロールモデルとして
 私はヨハネス・グーテンベルクを尊敬して、彼のやり方を真似しようとしている。1450年に活版印刷を発明した人物だが、それだけではない。彼は製本からマーケティングの際のコンセプトまで、すべてを自分でコントロールしていたからだ。例えば、聖書を普及させるにあたって、彼はまず買いたいという顧客を集めてから印刷していたが、これは今でいう「オンデマンド」と言っていいだろう。印刷技術を発明しただけではなく、彼にはビジネスマンとしての才覚もあったからこそ聖書を普及させることができたのだ。

4)私が実行している本作りとは
 私が様々なアーティストと組んで本を作るのは、そのアーティストの作品に興味を惹かれ、もっと知りたいと思う気持ちがあるからだ。一旦この人と本を作る、と決めると2人で潜水艦に乗り込み、周りからのインプットを一切排除した状態で潜伏し、浮上した時に本のコンセプトができあがっているというわけだ。
 私は早起きの人間なので、朝4:45ぐらいには目が覚める。もちろん今日も楽しい本作りが待っていると思う気持ちがあるからだろう。それに、よくカール・ラガーフェルドが朝早くからファックスを送ってきて、すぐに返事をくれと迫ってくるからというのもある(笑)。自宅から数十メートルのところにオフィスがあるので、歩いていくとちょうど夜勤スタッフと交代になる。朝8時にスタッフミーティングをやるが、それは私が指揮者で、オーケストラのリハーサルを通して美しい音楽を作るのに似ている。そして9時からは、これまでにコラボしたアーティストがやって来て交互に会うために待ってもらうことになる。
 まずはアーティストから本に対するヴィジョンを聞き、紙を選び、試し刷りで色の出具合を確かめる。既存の出版社ではこういったこだわりの余地はなく、産業上の妥協が必要となるところだ。私はこのマテリアルにこだわるのが何よりも好きだ。それはオート・キュイジーヌのシェフが市場に出かけていって食材を自分で選ぶようなものだ。
 そして印刷所から直接、世界のあちこちに本を送る。これもラガーフェルドの受け売りなのだが、私が世界中の本の見本市に足を運ぶのは、彼がファッションショーに行くのに似た楽しみなのだ。(笑)
 夜は自宅で赤ワインでも飲みながら静かに過ごすのが好きだ。翌日の準備を済ませ、10時頃には夜勤のスタッフが出社するのでまたオフィスに戻る。これはオンライン会議でもできるが、なるべく顔を合わせるのが大事だと思っている。


 こんな感じですかね。この後のQ&Aでは芸大の学生さんたちからの質問が続きましたが、大体は、私はあなたのファンなので、好きな本を教えて欲しい(子どもの時大好きだったのはスティーブンソンの『宝島』、ティーンエイジャーの時はギュンター・グラスのどぎつい表現や政治的なメッセージに惹かれた)とか、この世界に入るきっかけに関する質問(父親が東欧からの移民でドイツで教育を受けられなかったため、印刷工場の掃除夫をしていたこともあり、小さい頃から余った新聞を持ち帰って遊んでいた)だった。
 他には、こりゃーシュタイデルさんにも答えようがないというのが多くて、自分から「このアーティストとコラボしたい」と声をかけるのか?(つまり、自分も好きなアーティストの本を作りたいんだけど、大学生だと断られちゃうよね、どうすればいいんですか?)ってのとか、どうやったらそうやってアーティストがあっちからくるほど本が売れるんですか?(つまり、自分もそういうこだわりの本を作りたいけど、作ったところでマーケティング力ないし、誰にも知られず、売れないで終わっちゃうよね、どうすればいいんですか?)ってのが多かったかな。それは人に聞いてもわからないよ。シュタイデルさんだって最初の本を作るときは無名だったんだから。「売りたいから本を作るのではなくて、その本を作りたいから作るのだ」としか言えないわな。


 

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りんがる aka 大原ケイ

最近は東京ベースの文芸エージェント。日本の著作品を欧米マーケットに売り込むべく孤軍奮闘中。ブログ Books Beyond the Briny Deep 海の向こうの本の話 oharakay.com ツイッター垢はLazarastaで密かに復活。
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