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『こども六法』制作の舞台裏:「執念」というブランディング

多くの方の手に取っていただいたこども六法

今日、Yahooニュースにこんな嬉しい記事が載りました。

こども六法を読んでいた10歳の読者の方が、宅建に合格されたそうです。
本当にすごい、おめでとうございます。手に取っていただき、興味を広げるきっかけの一つになることができたなら、こんなに嬉しいことはありません。

↓こども六法制作の経緯はこちら↓

発売以来、多くの方の手に取っていただき、現在発行部数は77万部を超えています。こうしたニュースはもちろん、今なお様々なところで取り上げていただいています。

しかし、こども六法は発売以来基本的に発売部数の公表はしていませんでした。もっと言えば「大好評」なども基本的に伏せています。

これを読んでいる方も、「そんなに流行ってた?」という方がほとんどだと思います。

出版社にとって未知の“児童書”と“ブランディング”

こども六法は、山﨑聡一郎さんという僕の友人が発案です。アイディアをもとに、イラストを用いた現在の『こども六法』のスタイルを、僕と妻とで設計し、現在の書籍になりました。

アイディアを書籍の形にしたことももちろんですが、僕はこのこども六法のブランディングについても行っていました。


書籍を出版した弘文堂は、法律の専門書を主に扱う出版社です。

こんな感じの、裁判の判例集などを主に扱う出版社で、法律の専門家が購入する書籍の出版がメインです。
法律に関してはその点プロで、こども六法は実に7人もの各法律の専門家、8人の弁護士が監修に入っており、中には「その法律の草案を書いたのは私です」というような方までおり、「法律を子ども向けに書き直す」という誰もやりたがらないことをやれたのは、弘文堂の法律方面の人脈ネットワークあってこそだと思います。

一方で、専門書をメインに発行しており、一般向けの書籍は少なく、弘文堂にとって『こども六法』が初めての児童書でした。
マーケットや社会からの反応、外への見せ方などのはこれまで意識していなかった部分かと思います。

出版のためのクラウドファウンディングの段階から、訴求方法を策定したり、自身で動画を制作して(当時のリンク:https://fb.watch/pwDcLDwrTM/)SNSでのシェアを広げたりということを行なっていた僕は、自然な流れで『こども六法』の社会での見え方=ブランディングを設計することになりました。

(制作した動画:余談ですが、僕は元々映像監督です。今も映像の仕事は受けています。児童書や教材と半々くらいです)

さて、そんなこんなで『こども六法』をどう世の中に出すかを考えたのですが、ブランドについて一本描き方を決めました。
そして、それを実現するために発売前に一つルール、さらに言えば鉄の掟を作り、出版社にも最後まで約束を守ってもらいました。

部数を最後まで“隠し続ける”こと

_人人人人人人人人人人_
> ◯◯万部突破!! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

という一文。
電車の中吊り、Webでの広告など、マンガや書籍を紹介するのであれば、ほぼ必ずといっていいほど記載されています。

どれだけ売れても、『こども六法』はこれを絶対に世に出さない。

それが、「こども六法」の世の中での見え方づくりにおいて最初に決めて、出版社に守ってもらったルールでした。
もちろん、出版社の方からは反対意見もありました。
「10万部、20万部突破は大々的に出すべき」という意見が大半でしたが、「それは絶対に行わない」ことを念押しして何度もお願いをしました。

「著者の“執念”を濁らせない」ブランディング

『こども六法』は執念でできた代物です。

著者の山﨑さんは、小学生時代イジメにあい、骨を折るほどの怪我を負ったそうです。そんな彼が中学時代、図書室で「六法全書」に出会い「あの時法律を知っていれば」という想いの中で『こども六法』のアイディアに至ったそうです。

それを書籍の形に設計した僕も同じです。
先ほど出した『こども六法』を紹介する私の作った動画。カバンをぶちまけられたことも、靴を探して便器の中で見つけたことも、全て私が体験したことです。
円陣、わかりますか。肩を組んで円になる、エイエイオーの時にやるあれです。あれの真ん中に転がされて、四六時中蹴られたこともありました。昼なのに円陣の中は暗くて、転がったまま見上げた天井の明るさと、それをぐるっと囲うギラギラしたクラスメイトの笑顔と歯の白さを、今でも夢に見ます。
土まみれの服で行こうが、濡れてぐしゃぐしゃの上履きを持っていこうが、先生は取り合ってくれず、学校を休むことも親に許してもらえず、ただじっと、クラスメイトの興味が自分に向かないことを祈る日々を送っていました。

あの時の自分に、この本があれば。
警察、司法という選択肢を知っていれば。

彼のアイディアを聞いた時、そう思いました。
そして、自分の“核”の部分に沸々とある、呪いとも言えるような執念をこれでもかとぶつけたのがこの本です。
なんとしても出版させる。クラウドファウンディングでお金を集める時も、出版社と交渉した時も、書籍を形作る時も、僕の心はいつも暗い円陣の中にありました。

こども六法はビジネスではありません。
著者と僕らの執念でできています。

もちろん販売がされれば、お金が動きます。それでも、あの日の自分に届けるという執念が揺らいだことは一度もありません。
設計する時も、デザインする時も、コピーを考える時も、あの日の自分が手に取れるように、あの日の自分でも読めるように、もちろんそんなことは絶対にないはずなんですが、でも僕は半分本気で、必死に必死に頑張れば、何かの間違いで、あの日の自分に本当に届くんじゃないかと、そう思いながら持てる力の全てをあの本に注ぎ込みました。

『こども六法』のオビは、自分で書きました。

きみを強くする法律の本
いじめ、虐待に悩んでいるきみへ

発売日は、2019年の8月20日。
9月1日は、1年で最も子どもの自殺が多い日です。
夏休みというわずかな先延ばしの希望が打ち砕かれる日。経験があるから痛いほど伝わります。死んでしまいたくなる。
その前に、手に届く可能性を少しでも上げるために、なんとか間に合わせて、この日に発売することができました。

僕はオカルトやらスピリチュアルは基本的に信じていないんですが、それでも書店にあの本が並んだ時、他の本と比べて地味でおとなしい見た目なのに異様な存在感と圧を持っていたのは、込めたものの重さがあると思っています。

“執念”を手に取ってほしい

「執念は、読者にきっと伝わる」

この本が完成した時、そう思いました。
そして、ブランドの基本ルールを定めました。
執念を伝えるものは、極力そのままに。
執念を濁らせるものは、全て排する。
それが、こども六法のブランディングです。

「法律って面白い!」「親子で学べる!」そんな楽しげな言葉や売り文句は一切排して、「いじめ、虐待に悩んでいるきみへ」と執念をダイレクトに伝えるオビに決めました。

そして、発売部数の公表もまた、購入者にビジネスを想起させ、伝わる執念を濁らせる、もっと言えば「流行の事実そのものが伝える執念を濁らせる」と考えました。

流行っている、面白い、その事実はもちろん購入を検討している人にとって、プラスに働く部分もあるでしょう。
でも、そのために失うものが大きいと考えました。

これは僕が勝手に思っていることなんですが、規模の大小があれ、期間の長短があれ、全員がいじめの被害者だったことがある、もっと言えば不条理の被害者だった経験が、一度はあるのではないかと思っています。
それは職場で少し冷たかったことかもしれないし、仲良しグループで自分が違う対応だったりしたこと、もっと僕には想像もつかないほどのことがあるかもしれません。

不条理の辛さに「たかがそれくらい」は存在しないと思っています。
幸せと不幸は、人とは比べられません。
他の人から見て自分に起こったことがどれだけ些細なことだろうが、他人の方がどれだけ壮絶だろうが、自分が辛いと思ったことは間違いなく自分にとって辛いことなのです。

その辛い経験が一度でもある人に、この執念は必ず伝わる。そしてこの本を必ず手に取る。
と確信がありました。

だから、売れているという情報は、極力どこにも伝えない。
取材を何回か受けましたが「可能な限り販売部数などは伏せてください」とお伝えしています。実際、色々と取材を見ていただくと「売上」を切り口にしている記事はほとんどないと思います。
その代わりに、我々のここまでの執念を伝えてもらっています。

ビジネスと切り離し、売れているという印象を与えない。
流行などのポジティブな光で濁らない、ダイレクトな執念を伝え、
僕らと同じく、あの日の自分のために、本を手に取ってもらう。

だから、みんなが手に取って、ここまでの数字になった。
多くの人の手に渡り、嬉しい結果につながった。
だけど、誰からも「そんなに売れている」という印象がない。
最初の話は、ここにつながります。

その商品に“執念”があるならどうかそのままで

僕は動画を仕事にもしていると言いましたが、その中でもインタビューが一番好きです。
というか、人の話を聞くのが一番好き。居酒屋で知らないおじさんの話をずっと聞いているとかも結構あり、友達より初対面の人が好きです。
仕事柄たくさんの人の話を聞く機会があり、有名な人、一般には知られていない人、色々な人に話を伺います。
(そんないろんな人へのインタビューをまとめた自著はこちら)

そして、色々な人に話を聞いていくと、執念を持った商品やサービスを出している人が意外にも多くいることに驚きます。

あの日の耐え難い辛い経験をもとに商品を企画した人。
かつて自分にあれば良かったとの思いで作り上げたアプリ。

そういった執念が形となった商品は、実は意外と多いことに驚くんですが、一方で消費者向けにはその執念を全く見せない場合がほとんどです。

怨念とも呼べるような思いで作ったのに、それをマーケットに乗せると急に「個人の執念は捨てて、一般化しなきゃ」となる場合がかなりあるように思います。
自分をここまで突き動かした執念やドス黒い想いは全て忘れてしまって、自分が思ってもいない「楽しい!」「役立つ!」をつけてしまったり、経緯を知らない別の人が商品の特徴を勝手に広めたり。

執念を隠すのが最適な場合ももちろんあるんですが、僕は個人の執念こそが人に響く場合もあるんじゃないかなと思っています。

商品名をつけるとき、キャッチコピーをつける時、その執念を全面に出すという選択肢を持ってもらうのも、一つ手ではないかなと思います。

あらゆるものがビックデータとなり、AIが再現してしまうこの時代、あなたの超個人的な経験やドス黒い執念は、唯一無二の輝きを放つかもしれません。

2版発売に寄せて

さて、Yahooニュースに取り上げていただいたこのタイミングで、実はこども六法の第2版の発売が決定しました。

今なお愛していただいているこども六法ですが、法律は改正されどんどん変わっていきます。その新しい法律に対応した、こども六法の第2版がこの3月に発売となります。

法律の改正に従って、3版4版と、広辞苑のように改正されていくこども六法ですが、その執念が変わることはありません。

より多くの人に手に取っていただき、そしてまたあの日の僕のような誰かの手に渡ることを、これからも祈っています。

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