伝えたいことは伝わるように話さないと無意味という当たり前の話

 以前、接客業をしていた時に出会った印象的な、お客様がいる。
数年たった今でも忘れられない、強烈な印象が残っている。
こうゆう風に書くと、とても良い印象で心に残っているだとか、なにか感動的なエピソードがあるのではないかと思われるが、全然違う。
端的に言うと、褒められたのに怒られた気分になった最悪の思い出なのだ。


 当時私は、化粧品の接客をしていた。
そこに来たのが、例のお客様である。
ここでは彼女のことをマダムと呼ぶことにする。
化粧品を選ぶのに迷われていたので、声をかけるとあからさまに邪険な態度をとられた。声をかけるタイミングを間違えたかな?と思いつつも、お客様の要望に沿うものをいくつか紹介し、使い方や一番お得な購入の仕方も提案し、お客様の気分もほぐれたところで、お会計となった。
購入には至らなかったが、気になっていた商品もいくつかあったので、その商品のサンプルをお渡しし、使い方もご説明していたところ、ここでマダムが一言。


「あなた商売上手ねぇ~」


 正直、やってしまったと思った。
マダムの機嫌が直ってきたと思ったのに、サンプルの説明をしたことで、さらに商品を売ろうとしていると勘違いされたのだと思った。
一生懸命マダムのために何かできないかと思ったのに、裏目に出てしまった。
これは絶対イヤミで言ってる…と思い、戸惑っていると。


化粧品のコーナーにいるのに、表情はないしツンとしているから、こんなんで勤まるのかしらと思ってたけど、やっぱり腕があるから、ここに置かれているのね。説明も上手だし、私に合ったものを色々と教えてくれるし。今日は凄く疲れていたけど、あなたのおかげで凄く良い日になったわ、ありがとう。また、あなたに会いに来るわ。」
と仰るのだった。


 めちゃくちゃビクビクしながらだけど、褒められた。
あなたに会いにまた来るわ。なんて接客業の人からしたら、最高の褒め言葉なんだけれど、全然褒められた気分がしなかった。
怖かった、絶対何かしらのクレームになると思って、正直泣きそうになった。でも、最高の褒め言葉をもらっていた。
別の言い方なら、もう少し私にもマダムの気持ちが伝わったかもしれないのにとも感じた。


 また疑心暗鬼になっている私は、不快な接客に対して褒めながら遠回しにイヤミを言っているのかもしれないとも思っていたが、マダムはその後も本当に私に会いに来るようになって、化粧品を買う時も私指名で相談してくれるようになった。
イヤミでもなんでもなくて、それがマダムの褒め方なんだ。
う~ん、なんとも伝わりにくい。
マダムが私を気に入ってくれたことは非常に嬉しいことだが、私がマダムを心から好きになることは最後までなかった。
やっぱり褒められたのに怒られた気分になった一件が、最後まで尾を引いたのだった。


 どんなに相手にとって良いことでも、伝え方ひとつで印象は全く変わってしまう。何を言いたいかも大事だが、どうやって言うかが最重要なのだ。
伝えたいことは、伝わるように伝えないと意味がないのだ。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?