日本版SGEを徹底解剖 - トラフィックへの影響は?
8月30日に、Googleの対話型生成AI検索エンジンであるSearch Generative Engine(SGE)の日本語版の試験運用が始まりました。あくまで「試験」運用なので、現時点ではユーザーからのフィードバックを集めることを目的にした実験的な仕様であり、今後も機能の変更や追加、削除が頻繁に起きます。本記事では、日本語対応した初期版SGEがどのように機能し、どのようにトラフィックへ影響しうるのか、さらに今後追加が予想される機能についても触れていきます。
ウェブメディアにおけるSGEの重要性
ユーザーのクエリに対して、検索結果を要約し散文形式で提供する対話型生成AI検索エンジンは、SGE以前から多数存在しています。MicrosoftのBing ChatやPerplexity AI、ChatGPTプラグインのWebpilotなどが該当します。これらのサービスを使えば、ユーザーが検索結果を閲覧せずに回答を取得できるため、ウェブサイトへのトラフィックを減少させる恐れがあると考えられています。メディアコングロマリット企業であるIACのCEOや、Wall Street Journalの元R&Dヘッドも同様の懸念を表明しています(Digiday, Digital Content Next)。
ところが、蓋を開けてみればそれらのサービスがGoogleから一気にシェアを奪うことはできませんでした。AIを搭載したBingは多少利用が増えたとはいえ、シェアでみるとほぼ横ばい。BingとChatGPTのトラフィックを合計しても依然Googleの30分の1以下です。IACも、決算報告で「現時点では生成AIがトラフィックを減少させている事実は見つかっていない」と述べています(Digiday)。
そのため対話型生成AI検索エンジンがウェブメディアへのトラフィックにどう影響を与えるかは、GoogleのSGEの仕様に大きく関わってきます。ニュースメディアの場合、検索経由のトラフィックが平均29%を占めるためそのインパクトは非常に大きくなるでしょう。
特にモバイルのGoogleアプリでは、ファーストビューがSGEによる回答で埋まってしまいます。一般的に、Google検索結果の1位のクリック率は約13%、2位は7%と半減すると言われています。画面の下に行けば行くほどクリック率が激減していくと考えると、ファーストビューに検索結果が表示されないことのインパクトはかなりものになると予想されます。
Bardとの違い
Googleが提供するAIチャットボットとして、Bardという製品もあります。ユーザーのクエリに対して回答を生成するという点ではBardとSGEは似ていますが、その性質は全く異なります。Googleの検索担当ゼネラルマネージャーである村上臣氏は、以下のようにその違いを説明しています。
なお、ChatGPTやBardで大きな課題として言及されるハルシネーション(幻覚)問題ですが、SGEではWebサイトの裏付けがある情報をもとにモデルをトレーニングすることでハルシネーションを抑止しているそうです。
SGEを使う方法
SGEは試験運用ですので、デフォルトで利用できるわけではありません。しかし、以下の通りたった2ステップでテストに参加することができます。
Google検索のトップ画面右上にあるフラスコアイコンをクリックし、SGEを有効にするだけです。
SGEの発動パターン
全ての検索クエリに対してSGEが発動するわけではなく、全部で3つパターンがあります。
①SGEが発動しないパターン
見た目は従来のGoogle検索と全く同じです。タブに「会話」というオプションがありますが、これをクリックしても会話は始まりません。
②発動要否をユーザーが選択するパターン
左画像のように、検索結果の上部に「AIによる概要を生成しますか?」というオプションが表示されます。「はい」をクリックすると、右画像のように回答が生成されます。
③最初から発動するパターン
検索すると、最初からSGEによる回答が生成されます。
以上3パターンの使い分けルールですが、Googleによると「金融や健康に関連するクエリに対しては生成しない(HindustanTimes)」「強調スニペットよりもユーザーにとって情報が多いと判断したものは生成する(ケータイwatch)」とのことです。
『Understanding Search Engines』によると、検索クエリはユーザーの意図によって以下3種類に分類されます。
特定のウェブサイトを閲覧するために検索するナビゲーションクエリ
特定の情報を取得するために検索するインフォメーショナルクエリ
商品を購入したりサービスを利用するために検索するトランザクショナルクエリ
私が触ってみた結果、インフォメーショナルクエリに関しては高い確率でSGEが発動しました。これは、特定の情報を取得したいユーザーに対しては、求めている情報を要約して表示するSGEは利便性が高い、とGoogleが判断しているからと考えられます。一方、ユーザーの頭の中に訪問したいウェブサイトがあるナビゲーションクエリは、回答生成に時間がかかり網羅性も低いSGEと相性が悪いため、表示しないもしくはユーザーに判断を委ねるという仕様になっていると思われます。トランザクショナルクエリに関しては、日本版SGEは現状対応していないものの米国版では対応しています。そのため、今後実装される可能性が高いです(詳細後述)。
トラフィックへの影響
SGEが発動する可能性の高いインフォメーショナルクエリは、全体の11-39%を占めます。そのため、現状では約3割のトラフィックの一部がSGEによるAI生成回答によって奪われることになります。
SGEを実際に触ってわかったのが、「生成される文字量が少ない」ということです。クエリによって誤差はありますが、回答の文字数はおおよそ300~500文字程度となっています。そうなると、用語の定義や人物のプロフィールといった求めている情報の絶対量が少ない場合、もしくは特定のトピックの概要を調べている場合はSGEで完結する可能性が出てきます。一方、仕事におけるリサーチなど必要な情報量が多いリサーチの場合、インフォメーショナルクエリであってもSGEによる要約では不十分であると整理することができます。
SGEは、回答の生成に利用したウェブページへの参考リンクを複数表示します。表示形式は、回答の右上にあるボタンを押すことで「回答の右側」と「回答文の間」を切り替えることができます。
この参考リンクは、従来のGoogle検索の表示ランキングとは異なる基準で選定されています。例えば、「イタリア 一帯一路 離脱」というクエリで検索した場合のGoogle検索結果とSGEの参考リンクは以下のようになっています。
そもそもユーザーが参考リンクをどの程度クリックするかは不明瞭ですが、従来のSEO対策と参考リンクの選定基準は異なるため、これも検索経由でのトラフィックに一定の影響を与えるかもしれません。
SGEによる要約は、若いユーザー層ほど利用率が高いと言われています。Googleも、公式ブログで「若いユーザー(18~24歳)の満足度が最も高く、会話形式でフォローアップの質問ができることが楽しいと回答しています」と述べています。ノルウェーのタブロイド紙Verdens Gangは自社サイト上で、多数の記事に対して生成AIを活用した要約文章を提供しています。同社によると、全読者の19%がこの要約を利用している一方、15歳から24歳の利用率は27%に及ぶそうです。このデータからも、若い層ほど要約による情報取得を好むことがわかります(INMA)。
一方、Googleは「既存の広告ビジネスやネットコンテンツのエコシステムは、今後も変わることはない。生成AIによる体験が、トラフィックとして幅広い制作者に還元されるよう、今後も努力する」と明確に述べています(Business Insider)。Googleの収益は約85%が広告収益で、その中でもGoogle検索の収益はかなりの割合を占めます。このビジネスは広告主の存在だけで成り立つわけではなく、広告のターゲットとなるユーザーを惹きつけるコンテンツが非常に重要です。良質なコンテンツを確保するために、GoogleがSGEでもウェブサイトへのトラフィックを減らさないよう努力すると宣言することは、(実態は別として)理にかなっています。
今後実装される可能性が高い機能
SGEは、現時点で米国、インド、日本の3カ国で試験運用されています。その中でも米国版は開始が早かったため、日本版にはない機能が多数搭載されています。その全てが日本版にも実装されるとは限りませんが、少なくても将来的なSGEの姿を予想する参考にはなります。
ショッピング機能
「子供用のハイキングバッグ」と検索すると、英語版では以下のように商品のサムネイルが簡単な説明文と共に表示されます。
従来のGoogle検索でもECサイトへのリンクやショッピング広告がスニペット形式で表示されますが、SGEではよりリッチな情報量で商品を紹介してくれそうです。
回答フォーマットが多様化
日本版SGEではテキストによる回答のみとなっていますが、米国版では回答に画像や動画が差し込まれています。
これ以外にも、リスト形式や地図、レビューの表示など多様なフォーマットの回答が生成されるようです。
SGE while browsing
SGE while browsingは、検索結果画面での回答生成ではなく、閲覧中のウェブサイトを要約する機能です。ウェブページ閲覧中にブラウザ上部にある「G」アイコンをクリックすると、右側にウィンドウが出現してページの内容を箇条書きで要約してくれるというものになります。
SGE while browsingに限らず、これ以外にもChromeブラウザのあらゆる所にSGEの新機能が搭載される可能性があります。
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