「運を逃がさない方法を教えてください」
(この話は、だいたいフィクションで、そもそも与太話です)
……いつだったかの臨床。
「リサさん、社長から運を逃がさない方法を聞いてきなさいって言われました。教えてください。」
……患者から、ずいぶんと素っ頓狂なことを聞かれたぞ。あの社長酔っぱらって適当なこと言ったんだろう。
「なんでまたうちで聞いて来いって?」
「リサさんは知ってるからって言ってましたよ。」
……私そんな話、あの社長に言ったっけ? まあいいや。どの辺の話のことだろうか。上場企業の社長が私を「幸運を逃がさない方法を知っている人」って言ってんだったら、たぶんそうなんだろ。
私は、しばらく考え込んでから、アレかなあ……と話し始めた。
「そうですねえ……なんかこう、幸運に恵まれるでしょ? そうしたら、受け取った分の8割、9割くらいはどっかに放流するんですよ。」
「放流。」
「曲水の宴ってあるでしょ、和歌流してく奴。アレみたいに、受け取ったら、流すの。ちょこっとずつ。」
「ちょっとずつ。」
「それで、特定少数に対してじゃなくて、不特定多数に放出していくのですよ。そうすると、自分が管になったみたいになるでしょ。受け取って、通して、流すの。そうすると、次のがやってくる。幸福にせよ、不幸にせよ、そこにとどまり続けると新しいのは来ません。だから、必ず還元して手放すの。しがみつくとか、手元に残そうとか思わない。」
「……何となくわかった気がします。それと、ビジョンを語れって言われてて。そういうのよくわからないのですよ。」
「明確なビジョン?経営指針とか?どれだけ儲けるとか?」
この患者さんはアーティストで、そういうのは全くむいてない人。
だいたいアーティストにビジョンってムリじゃ? 戦略的になんか作るんだったら、それは誰か片腕になる人がやるべきじゃないのか。
「私はビジョンは語ったことないですけど、決めてることはあります。」
「なんですか。」
「未来は明るい、世界は美しいって言い続けること。」
「え。」
患者が一瞬ベッドから上半身を起こしそうになったので押しとどめた。
「先生、それいつから決めてるんですか。」
「結構前からですよ。」
「どうして?」
「先に生まれたものの義務だと思うんですよ。この世界は良いところだよって言うの。世界は悪くなる一方だって言い続けた年嵩のヤツらがいるでしょ。今でもいっぱいいるけど。そういうの、後進に失礼だと思うのですよ。」
……なんだか目を丸くして、ひどく感心して帰っていった。
これでよかったかしらね? あの患者の創作がより良きものになりますように。
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