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★001 墨子「親士」

国を治めるには賢人や士人をちゃんと活用しないとダメ。
ほぼ伝説時代の堯舜などの王はすごくて、失敗すらしなかった。
春秋時代の優れた王たち、文公・桓公・句践は、失敗もしたけど成功した。
それは民を用いたからだ。
こういう君子は、自分は難しいことを追求し、他人に簡単なことを譲る。
君主にはいろんな意見が寄せられ、反対意見も多々あるが、それによって国をちゃんと治めることができる。
悪い王として有名な桀紂に、賢人や士人がいなかったのではなく、彼らを殺して活用しなかったからだ。
良い井戸は一番使われてすぐに涸れるし、良い木は伐採されるし、霊妙な亀は甲羅が焼かれて占いに使われるし、神秘的な蛇は捕まえられてしまう。
紂王を諫めた比干が殺されたのは諫めたからだし、勇猛な孟賁が殺されたのは勇猛だったからだし、美人の西施が溺死させられたのも美貌のせいだし、呉起が処刑されたのも有能なせいだった。
素晴らしいものを守るのは難しい。
悪い君主だけが臣下の意見を封じるわけではない。同じように、賢い君主でも何の功績もまだない臣下を軽んじることがあるし、何人かいる子供のうち、あまり役に立たない子を軽んじる親もいる。良い弓は張りにくいし、良い馬は乗りこなすのが難しいし、才能のある人間は使いにくいが、それが重要。
黄河のような大河は、小さい川が自分に流れ込むのを嫌がらないから大河なのだ。聖人も同じで、ある意味なんでも受け入れる器なのだ。1つのものや、1種類の意見だけで素晴らしいものはできない。違った意見や、使いにくい士人を活用してこそ、君主の器は満たされて、国が治まる。

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