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【上京日記】初めての華金

4/6 8日目

プラスチックコップやペットボトルを片手に待つ人の間を進み、真ん中より少し左側、奥まったところで止まる。紺のスーツにトレンチコートを羽織った私、周りの人からはどう見られているだろうか。若干暑い。ジャケットも駅のロッカーに預けてきたらよかったな。急いで中に入ってきたおかげで、手元のカルピスウォーターはもう半分以下になっている。呼吸を整えながら、薄暗くぼんやりとした光に包まれたステージを見つめる。
ざわざわとした雰囲気の中で、徐々に気分が高まっていく。

1日の入社式を皮切りに、社会人としての1週間が始まり、金曜日を迎えた。「やっと金曜日だね」と、お昼ごはんのお弁当を食べながら同期がにこっと笑って話しかけてくれる。「なんかね、顔見たら安心するんだよ」といつも言ってくれるこの同期が話す標準語を、いつも新鮮な気持ちで聞いている。「せやなあ、やっとやな」と、私は関西弁で答える。

「やっと」という言葉がとても合っていると思う。
学生時代は1週間なんてあっという間だった。月曜日が始まったと思ったらもう金曜日の夜、なんてしょっちゅうだった。
まったく新しい環境での新しいことづくしの1週間は、とても濃くてとても体力のいる時間だった。毎晩、紙の日記を書いていた。この1週間だけでうれしくなったり悔しくなったりしていた私が、日記の中にいる。

途中で睡魔に襲われながらもなんとか終わった金曜日。同期たちと来週のことを話しながら帰る準備をしていたら、お弁当を一緒に食べた同期から「今日楽しんできてね~」と声をかけられた。「ありがと!」と、慌てて会社を出る。いつも通勤に使っているのとは違う色の電車に乗り、出口の番号と行き先までの道順を地図アプリで確認する。

社会人になって迎えた初めての華金。
だいすきなバンドに会いに行く。

Re:name」というバンドと出会ったのは、今から2年半前の夏、もともと好きだった別のバンドを目当てに行った大阪城音楽堂でのライブだった。当時は事前情報が何もない状態で曲を聴いて、心をぐっと掴まれた。大阪北摂が地元のスリーピースバンド。英語の歌詞をふんだんに使っていて、なんだこのおしゃれなかっこいいバンドは!!とすぐさまSpotifyを開きフォローボタンを押した。

その後、ちょうど就活をしていたときに本格的に聴くようになり、その流れで彼らがやっているポッドキャストも聴き始め、しっかりはまった。

内定をいただき、勤務先が決まった去年の秋。
東京でのワンマンライブ開催が発表され、迷った末にチケットを買った。先の予定だっただけに行けなかったらどうしようと思ったが、東京で暮らすことはその時点で決まっていたし、この機会を逃したら次いつ会いに行けるか分からない。新しく配信されたアルバムを含めた曲たちをせっせと聴き、ポッドキャストをケタケタ笑いながら聴き、気付けば卒論を提出し大学を卒業し、社会人になって研修を受ける毎日が始まっていた。

研修の時間が少し長引き、ライブハウスに着いたのは開演5分前。色々なバンドのポスターが所狭しと貼られた階段を上がっていると、私の前を歩く男性がいた。スーツ姿に黒いリュック。この人も仕事終わりに来たのだろうか。スーツは浮くかもしれないと少し不安だったからうれしくなった。

タオルとステッカーを買って、ドリンクチケット代を払って中へ入る。既にたくさんの人がいて、後ろの空いているスペースへ進む。大きなホールみたいに特定の席があるわけではなく、オールスタンディングの小さなライブハウスは久しぶりだ。

幻想的な音楽が流れ、歓声と拍手が沸き起こる。お客さんの肩越しに、3人の頭がちらりと見えた。いる!
歌える日本語の歌詞部分も歌えない英語の部分もお構いなし、右手を挙げて身体全体でリズムをとった。

だいすきなひとたちがだいすきな曲を楽しそうに気持ちよさそうに奏でている。曲の間に挟まれる関西弁のMCが心地良かった。

東京のライブハウスでバンドを見る日が来るなんて、1年前の私は到底予想できていなかった。
同じ関西が地元の人が東京でがんばっている姿を見ることができるなんて思っていなかった。その境遇に勝手に親近感を覚えて感動できるなんて思いもしなかった。

社会人初の華金、社会人初のライブ。
Re:nameを見られてほんとうによかった。

社会人になってからは、学生時代ほど思うように会いに行くことは難しいかもしれない。
次がいつになるかは分からないけれど、それまで、曲を聴いてエネルギーにして、ポッドキャストで笑おう。

いつかまた会いに行く。必ず。

6時半にがんばって起きていた平日の反動からか、今朝は9時半くらいまで寝た。洗濯を回して、炊いたごはんを小分けにしてラップで包む。

実家からの荷物を受け取ったら、冷蔵庫の食材で何を作ろうか考えよう。

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