雑記①

1.クリスマス

一応、中学生くらいまではクリスマスの時期にプレゼントをもらっていました。中学生になってからは親もためらいなく「何が欲しい?」と直接聞いてきていました。
中3のクリスマス、父親に「何が欲しい?」と聞かれ、僕は「こたつが欲しい」と答えました。後日、父親とニトリにこたつを買いに行きました。隠そうという気はもうさらさらないらしかったです。僕は高校受験を控えていたため、冬休みに祖父母の家に行くことはなく、家でガキ使を見ながらこたつを組み立てました。
ここは余談なので読まなくても大丈夫です。
兄弟でよく「上が得なのか下が得なのか」という話がある。「上の子の方がたくさん写真が残っている」とか、「上の子は年上だから我慢しなさい」とか、「上の子は新品を買ってもらえる」(=下の子はいつも上の子のお下がり)」とか、「下の子は、上の子を反面教師にできるから」とか。
僕が高1の時、妹は中1だったのだが、その時点で我が家から「クリスマスプレゼント」という概念が消滅した。これは完全に僕(=上の子)が得です。
高校生あたりで、親からもらえるお年玉がインフレを始めます。僕が小学生の時はMAXでも1000~3000円、中学生の時は5000円とかだったのに、高校になって急に1万円を超え出しました。それに伴って、妹のお年玉も同時にインフレし出し、僕が小学生・中学生だった時よりも妹のお年玉が跳ね上がっていました。これは完全に妹(=下の子)が得です。
小学生の頃は純粋に「あのゲームが欲しい」みたいな感じで親を通じてサンタさんにお願いしていました。「プレゼントがもらえるのってイブの朝だっけ?それとも当日の朝だっけ?」。そんなことを考えながら布団に入り、ワクワクで寝れず、寝れても翌朝鬼のように早起きをしてしまう。朝4時くらい、2階から玄関に続く階段を静か〜〜〜〜に降りていくと前日に妹と建てたクリスマスツリーが佇んでいるのが見え、その麓にプレゼントらしきものが置いてあるのが確認する。前日の夜に寝付けず、日付を跨いだ頃に確認した時にはなかったのになぁ、とサンタさんの超絶な夜行性に驚く。朝早くにプレゼントを確認したのち、僕は寝床に戻る。そして、妹がプレゼントに気づいてリアクションをするまではずっと気がついていないふり、ワクワクしていないふりをする。プレゼントをもらって、どう喜んでいいかわからなかったからです。テレビを見ている母親や会社に行く準備をする父親に、身邪気に「あのプレゼント開けてもいい!?」と聞くことができませんでした。
親に話しかけるのが昔からえげつないほど怖いんです。特段厳しい親というわけではないのですが、躊躇ってしまうんです。土日に行きたい場所があっても自分では言えず、小学生だった頃の僕は妹に言わせたりしてました。
高1になった頃、父方の祖母に「パパママ呼び恥ずかしいからやめなさい」と言われ「黙れババア」と思ってしまったことがあります。なんで変えなきゃいけないのかと聞いても「恥ずかしいから」以外の理由はなかったので「別に聞かなくていいや」と思いました。別に学校の友達をはじめとした人前でその呼び方をするわけでもないので、辱めを受ける人が僕には見当たりませんでした。ですが、その呼び方をするのが気まずくなったので、自分から話しかけることは格段に減りました。それ以降、話しかける時は「あのさぁ」とかで切り抜けていました。少し前にツイートしたことがありますが、僕はもう親の呼称を変えるタイミングをもう完全に失いました。
話が脱線しすぎました。要約すると「クリスマスプレゼントの喜び方がわからない」という話です。

2.ジェットコースター

父親がよく「俺が乗れるうちに富士急のジェットコースターに一緒に乗ろう」と言ってきます。ディズニーのアトラクションでもヒーヒー言ってるの身からすると、あんな本格的なコースターは恐怖でしかありません。少し前、バイト終わりにスマホを開くと家族LINEが大盛り上がりしていました。やりとりを見ると、どうやら妹が富士急に行ってFUJIYAMAに乗ったことが分かり、父親が「いいな〜たのしんで〜」と返信していました。
今度父親に誘われたら「行く」って言おう。めちゃくちゃ怖いけど、乗ってあげないと。

3.親のエゴと習い事

 この前のオードリーANNだったと思うのですが、「子供にどんな習い事をさせてあげたいか」という話がありました。小中の友達に、幼稚園から英語を習っていてめちゃくちゃ英語を喋れる友達がいます。僕の妹は幼稚園生の頃からピアノを習っていてピアノが弾けます。
 「子供の頃にやっておけば絶対音感が身に付く」みたいな話があるように、子供の頃に習い事をさせておくというのはある種の英才教育で、やっておいて損になることはあまりないように思えます。僕も英語が堪能でピアノが弾けてぜった音感がある人になれるならなりたいので、「なんで習い事でさせてくれなかったんだ!」と思ったりします。笑。ただ、毎日習い事で埋め尽くされているような状況にまでやると「親のエゴだ」と言われたりします。親が甲子園に行けなかったから子供にも野球をやらせてそれを目指させたり、親が宝塚に入団できなかったから子供にもそれを目指させたり。これに関しては「エゴだなぁ」と思うのですが、逆に「子供に習い事をやらすのはエゴだから、何もやらさない」と言うのも親のエゴな気がします。その習い事をやりたいかどうかは聞いてみなきゃわからないでしょ。


4.熱量

 YouTubeのコメント欄でしょうもない言い合いを見つけることがあります。「ネタなのがわからないとかガキかよ」「誤字してんじゃん」「言葉の意味分かってないのかよ」「どっちもガキで草」「突っかかる方がガキだろ」とか。わざわざメンションして1人対6人くらいで言い合いをしていたり。一連のコメントを眺めて、「なんでこんなしょうもないことにそんなアツくなれるんだろう」と不思議に思ってしまいます。「どこの誰かも分からない人がどれほどガキで自分以下の人間か」をコメント欄の人に見てもらうことになんでそんな熱量を割けるのか理解し難いです。

5.恋愛経験

 純粋な疑問なんですが、恋愛経験は”恋人作り”に役立つものなのか”結婚”に役立つものなのかどっちですかね。僕は前者だと思うので、「恋愛経験はたくさん積んでおかないといけない」という意見には納得し難いです。

6.レジ袋

 レジ袋が有料になってエコバックを使うようになっても、結局部屋のゴミ箱で使うための袋を100均で買うので、最近はエコバックを使わずにレジ袋を買っています。ただ、いくら品数が少なかろうと大きな袋を買うようにしています。理由は小さいサイズの袋だとゴミ箱用にするには小さくで無駄になるからです。品数が少ない時に小さい袋を買う人が多いと思うので、サイズによるレジ袋の値段の違いをなくすか、逆に小さいサイズの方の値段を高くした方がいいと思います。結局、レジ袋代を徴収しているだけで、僕はあまり効果があるようにはあまり思えないので。

7.謙遜

 人に褒められると、謙遜してしまいます。それは本気で「そんなことない」と思っているからです。そして、褒められて素直に喜べないのは、それが本音か建前かどうかがわからないからです。本音だったら馬鹿正直に喜べばいいのですが、建前なのに喜んでしまったら相手の目には滑稽に映ってしまいます。しかも、「社交辞令的に建前で嘘として褒めたのに、本当に褒められたと思ってやんのwww」って思われることは避けられません。しかも相手の手玉に取られているだけで非常に癪です。じゃあ、褒められた時は本音か建前かによらず、全てにおいて謙遜しておけば相手にマイナスな感情を抱かせずに住むのかと言うとそうでは無いと思います。
 謙遜は自分の価値を下に置くと同時に、自分以下の実力の人を全て切り捨てて日t裏することと同意だと思います。
「〇〇さんってかわいいよね/かっこいいよね」と言われて「そんなことないです」と謙遜した場合、自分より顔が整っていない人がこの手の質問をされて喜んでいる姿を下に見てると思うんですよ。
「あなたはすごいんだから謙遜なんかするなよ」ってことです。心の中では自分が一番だと思ってんなら、馬鹿みたいに喜んでりゃいいんだよ。

8.急がば回れ

 急ぐからといって慣れない近道を通れば、道に迷うなどして、かえって遅くなるもの。それよりも、多少の手間や時間がかかる回り道であっても本道を行くほうが、結局は早く目的地に着くということ。

というエピソードから語られることわざが「急がば回れ」です。
”求められてもいないのに”、ズケズケと他人の人生に介入して偉そうにアドバイスをしたがる人種がこの世には多く存在します。
この押し付けのアドバイスが功を奏して良い結果を得られるという可能性は、あんまり高く無いと思います。
あなたの人生の解決策が他人にも通用するという自信はどこからくるんですかね。
「アドバイスなんて意味が無い」と言っているんじゃない、ということだけは言っておきたいです。
どうしても立ち行かず”第三者の目線”からの解決策が知りたくて聞かれた場合は答えて然るべきですがアドバイスをした方が、求められていないのに自分の一人称視点だけでズケズケ考えを押し付けながら人のテリトリーに立ち入っていくその押し付けがましさに問題があると言いたいだけです。

「急がば回れ」というように、いかなる物事にも目標達成にあたっては「最短ルート」や「最適ルート」というものが存在します。
ですが「どれが最短ルートか」という議論をするためには世界線がたくさんないといけないので現実的ではありません。
なので、あっちのルートの方がよかったかな?という後悔も、結果論でしか判断できません。

「83 Lightning Catapult」というポッドキャストのラジオ番組内にて、アルコ&ピースの酒井さんが「できなかった時にできないことが確定する」と言っていました。
また、漫画「進撃の巨人」のキャラクター「リヴァイ」が「結果は誰にも分からない」というような趣旨のことを言っていました。

上の記事に書いたことと同じ内容にはなってしまいますが、「やらないで後悔するよりやって後悔する方がいい」にはあまり納得できません。
上の記事を超絶要約すると、
この言葉を使用する状況においてはあなたには「行動に移せていない」という事実が残っているだけで、どうにかして過去を「行動に移した」ルートに変えたとしても、失敗するのであればそれは「やってもできない」と言うことを事実にするだけ
ということです。
例を挙げるなら、「昔告白できなかったあの子にやっぱり告白しておけばよかったと後悔している」という状況に現在あるとした場合、「過去のある時点で気になるあの子に告白してフラれて後悔する」世界線と比べて後者が優位だということです。
「チキって告白できなかった」のと、「チキって告白できなかったし、もし告白しても付き合えなかった」のでは確実に前者の方がいいと思います。
酒井さんの言葉の通り、できないことを確定させてもなおそれを肯定的に捉えるというのは理解し難いです。

過去に戻れない以上、実際に取った行動が事実上の最適ルート・最短ルートです。

レジ打ちのバイト中、「自分のレジは空いてるけど、隣のレジは列ができている」という状況によく遭遇します。
この状況が僕にはすごく難しくて、「お待ちのお客様、よろしければ●番レジどうぞ」がなかなか言えません。
列が見えてないフリをする時もたまにあります。
そのお客さんがその列を選択して並んでいる時点で、それが一番早く会計を済ませられるルートだと僕は思っています。
レジ打ちのアルバイトの中で一番歴の短い自分がやるのと、少し待ってでも先輩方にレジをやってもらうのでは後者の方が早い場合の方が全然多いです。
「こちらへどうぞ」と声をかけてお客さんにレジの間を移動してもらう時間、もし先輩のレジで待っていたとしたら順番が回ってきてたかもしれない。
移動の手間を取らせたあげくに時間も余計にかけてしまうことを考えると声をかけられません。

僕が待っているお客さんに声をかけた時点を起点とした場合は最適なルートは純粋なレジ打ちの速さです。しかし、お客さんが列に並んだ時点を起点とするならば最適なのは元来お客さんが並んだ列でそのままレジ打ちをしてもらうことです。
お客さんが選択したのであれば、それにとやかく言っても仕方ないんですよ。
お客さんがこっちの方が早い!と思って空いてる僕のレーンに来てくれるのであればそれが最適で最短のルートだと思うので、全力でレジ打ちやらせていただきます。

9.幸福感のコスパ

 外食は、するだけで僕はストレス発散になります。普段自炊で食費を抑えている分、1000円くらいをパーーッと使うのが割と気持ちがいいです。ですが僕には一般の普通盛りが少し多く感じ、ラーメンや定食は食べ終わった時に腹がはち切れそうになります。で、毎回「こんなとこ2度と食いに来んわ」と思います。1000円使った割には食べ終わった後に気持ちよさは微塵もなくて不快感ばかりがのこる。
 それだったらコンビニのお弁当を買うとか、好きな飲み物と食べたいお菓子を買うとか、500円くらいで腹八分目になれる牛丼を買ったりする方が圧倒的にコスパよく幸福感を味わえます。
 「そんなの贅沢な考えだわ。私が子供の頃は〜」という祖母の叱責を聞いて久しいですが、腹八分目で食べるのをやめておくくらいが一番気持ちいんです。「もう食べられないわけでもないのに食べ物を残すのは勿体無い」とか言ってきますが、知ったこっちゃ無いですからね。そんなん作り過ぎた側の責任でしょ。

10.連れ去ってmidnight

 「1.クリスマス」を書いていて思ったのですが、もう”夜更かし”という概念が僕の中からは完全になくなってしまいました。気がつけば日付を回っていて、両親や祖父母と紅白やらガキ使を見ながら年越しまで死に物狂いで耐えていたのが懐かしいです。最近は危うくTBS24時代とかオールナイトニッポンXの開始時間を忘れかけそうになることもしばしば。「よふかしのうた」が沁みますね。

11.まだ生きていくだけだ

 星野源さんのCubeの歌詞に「ただ生きていくだけだ」というのがあります。これでも十分絶望感があるのですが、映画を見た後、別の箇所の歌詞の「まだ生きていくだけだ」という部分が驚異的に絶望的に思えてきて怖いです。
あと、「箱がただ球になっただけだ」は言わずもがなです。

#194 雑記①

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