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2023年度研究書評-自発的な賃上げの促進方法


1/18/2023

〈内容総括・選択理由〉
 今回は取り上げた文献は「わが国の賃金動向に対する論点整理」という文献である。前回までの書評を終えて不足部分として挙がった、「日本の賃金が上がりにくくしていた要因(コロナ前)」及び「他国との比較」についての知見を得ることが、文献の主な選択理由である。

〈内容〉
 まず、日本の名目賃金はエネルギー価格などの上昇によって伸びを高めている消費者物価と比べると低い伸びにとどまっている。(賃金がインフレに追い付いていない。)2000~2019年における日本の賃金・物価動向は、名目賃金と物価の伸びは共に低い状況が続いていた。一方、米欧では賃金の伸びが物価上昇上回っていた。物価と労働生産性を加えた賃金版フィリップス曲線から、日本は特に2010年以降一人当たりの名目賃金が上がりにくい状況が続いていたことが分かった。
 続いて、コロナ前から日本の名目賃金を上がりにくくしていたと考えられる要因を、米欧と比較しながら整理する。この論文では、①家計の労働供給、労働市場の二重構造 ②企業の労働需要・賃金設定行動、➂業種別の要因、雇用流動性、④低インフレの定着と指摘している。①については、長期的雇用体系の労働者と短期的な雇用流動性の高い労働者の二重構造のことである。1990年代以降、日本のパート労働者比率は継続的に上昇しており、これは同時期の米欧にはみられない動きである。また、一般・パート労働者間の賃金格差は縮小傾向にあるものの、米欧と比べると大きい。これらのことから、賃金が相対的に低いパート労働者の増加(女性や高齢者)によって、一般・労働者を合わせた平均賃金は継続的に下押しされてきた。次に②については、企業側から賃金ないし人件費を抑制した要因を分析している。労働生産性の低下による不確実性が高まっている状況下で、企業は特に正社員などの固定的な人件費を抑制するスタンスを強めた。また、これは女性や高齢者の弾力的な労働供給と相まってパート労働者の増加につながったと考察している。日本は人件費だけでなく、人的資本投資も抑制しており、このことが労働生産性のさらなる低迷につながるという悪循環に陥っていた可能性もあると指摘している。G7構成国や北欧諸国と比較すると、日本は公的支出だけでなく企業の0ff-JT支出も大きく見劣りしている。また、労働市場や製品市場の競争環境の変化も、賃金・価格設定行動に大きく影響していると考察している。日本企業は価格マークダウン率(販売価格が限界費用を上回る比率)を圧縮する一方、労働市場では賃金マークダウン(賃金は限界生産物収入を下回る比率)による賃金抑制傾向を強めることで、利潤の確保を図ってきたと推測している。(価格を安くして、賃金を低下する?)
 また、企業の社会保障増大などによって労働分配率は上昇しており、これが人件費増加の抑制につながっていると考察している。③については、一部業種に特殊な要因や、業種間ないし企業間の雇用流動性の低さによって、平均賃金の上昇が抑えられた可能性について考察している。日米欧の業種別の賃金動向は、製造業ではグローバル化によって各国間の賃金が連動しているが、非製造業では連動性は低い。特に日本の医療・福祉業でサービス価格が抑制されてきたこともあって、賃金上昇性は米欧比で抑えられている。製造業は卸売・小売業や医療・福祉業と比べて、全業種の平均賃金への波及度合いが大きいことから、このメカニズムが働けば国内の平均賃金も高まると指摘している。しかし、米国と比較すると、日本の製造業の賃金の全業種平均賃金への波及度合は小さめである。(マクロ的な波及メカニズムが十分に作用していない)この業種間の賃金の波及の弱さは、日本の雇用の流動性の低さとも関係するのではないと推測している。日本の他の先進国と比べて流動性の低さは年功賃金・長期雇用制度や生産性が低下ないし停滞している業種で雇用が増加している傾向があることも要因であると考察している。

〈総評〉
 今回、文献の選択理由として挙げた「日本の賃金が上がりにくくしていた要因」について確認できたことが大きな収穫となったと考える。今後は、ヨーロッパと日本では、有期雇用と非正規雇用者への見解が全く違うので、比較検討しようと思う。



〈内容総括・選択理由〉
今回取り上げた文献は、吉岡富夫の「時代背景から見たアベノミクスの政治・経済分析」という論文である。この論文は、当時の安倍政権が掲げた「アベノミクス」の政治や経済政策を、その時代背景から分析している。今回は、研究の手始めとして「アベノミクスを構造的に理解する」ことが、文献の主な選択理由である。

〈内容〉
まず、アベノミクスは経済成長の推進力として三本の矢を掲げていた。①金融政策、②財政政策、➂成長戦略である。この論文は、三本の矢の具体的な実施内容を分析し評価している。金融政策の実施内容は、日銀は政府の意向を受けて2%のインフレ目標を掲げ、政策手段として量的緩和政策をとった。具体的には、マネタリーベースを今後二年間で二倍にするというものである。実施方法は、日銀が民間銀行から信用力のある金融資産を買い取り、その代金として現金や日銀預け金として供給した。これによって、民間銀行の資金調達のコストが低下、銀行が融資を行いやすくなるというメリットがある。他にも、市場に流通するお金の量が増えるため、金利が低下し積極的金融活動が広がるという期待を込めて量的緩和政策が行われた。結果として、円安の影響で、日本企業の海外事業の収益が上昇し、企業全体の業績の向上への期待から、日本株式市場に対する需要が高まり、株価が上昇した。同時に、企業業績が向上した大企業が増えた。金融政策は成功したかにみえるが、吉岡は2015年夏以降日本のGDPの成長鈍化や株価の低迷がしていると指摘している。また、政府は公共投資を拡大することにより、経済成長を促進する財政政策を行った。消費税増税を延期するなど、景気の回復を優先する政策を取った。これに対し吉岡は、「消費税増税の延期は当面消費者心理の改善に寄与するかもしれないが、早晩、政府財政の持続可能性への信認を失わせ、経済政策全体の手づまり感を強めていく恐れがある」と指摘している。そこで政府は、日本の景気を回復させ経済成長を促すために成長戦略を打ち出した。具体的な内容としては、農業やサービス業などの企業活動への規制緩和や労働力不足を補うための女性労働力や高齢労働力の活用、農地流動化、企業の参入条件の緩和、保育園の拡充、保育人材の賃金拡充や養成研修助成などである。以上の分析から、吉岡はアベノミクスを「財政拡大志向と民間経済喚起のための規制緩和を併せ持った論理整合性のない政策ミックス」であると明言する。

〈総評〉
 今回、文献の選択理由として挙げた「アベノミクスを構造的に理解する」について、具体的な実施内容が確認できたため大きな収穫となったと考える。今後は、アベノミクスが今の日本経済にどのような影響を与えているのかについて見ていきたい。

12/7/2023

今回取り上げる文献は、野口悠紀雄の「日銀の責任―低金利日本からの脱却」である。今回は、第1章ここまで弱くなった日本と第2章円安に襲われた日本の惨状である。

 現在、世界競争力ランキングで日本の地位は惨状である。全体としての評価では世界の中間あたりだが、項目によっては世界最低である。時価総額ランキングでも上位100社にはトヨタ1社しか入らない。また、日本の賃金は長期的に横這い、低下し続けている。1人当たりGDPも横ばいである。また、日本企業の競争力も低下し続けている。これらは、関連した現象であり1つの指標だけが改善することはないと明言している。そのため、賃金を上げるためには経済成長率を高め、企業の競争力を復活させる必要があると指摘する。
 物価が上昇する中で名目賃金が伸びないため、実質賃金も低下している。筆者は、物価が上昇することは、消費税は上がることと同意であることを指摘している。また、この税収は大企業に補助金として配っている。消費税増税に反対の声が大きい日本では、この状態が放置されていることは日本の政治は機能していない証拠である。具体的には、特に商社や大手製造業などの大手企業の利益は著しく増加している。また、大企業の利益が著しく増加しているのに賃金が上昇していない状況に問題視している者も多いが、筆者はさして問題でないと言及している。なぜなら、この現象は以前と変わらないからである。つまり、企業利益が落ち込んだときも賃金が一定の水準に維持されてきた。一方、しかし、資本金5000万円未満の零細企業は痛手を負っている。営業利益と経常利益は共に減少し、従業員数も減少している。補足として、零細企業の従業員数は、企業の総従業員数の38.4%を占めている。特に、製造業の零細・中小企業は原価上昇の全てを売上に転嫁できず、粗利益が減少している。
物価上昇の最たる要因は、円安であることを指摘している。また、円安が続く限り実質賃金が上昇することはありえないと明言している。しかし、日本銀行は賃金が上昇しない限り金融緩和を維持することを表明している。以下円安による悪影響を3つ述べる。1つ目は、日本の労働者と零細企業にとってマイナスである。2つ目は、外国人の労働者離れである。3つ目は、デジタル人材の海外流出である。日本の大手IT企業よりも、海外大手IT企業の方が賃金が高いため、優秀なデジタル人材は流出する。これが、二言のデジタル革新が生まれない一因である。

次回もこの本を読み進めていく。


11/30/2023


今回取り上げた文献は、山田久の「デフレ期賃金下落の原因と持続的条件」である。

筆者は、持続的賃金下落の原因をマクロ経済学と労使関係からアプローチしている。
マクロ経済学からのアプローチとは、つまり「労働需給」の観点である。2000年代半ばには、有効求人倍率は1を超え、人材不足が強まったが名目賃金は変わらなかった。以下では、労働力需要が高いのに、なぜ賃金は下落しているのかを説明する。2つある。1つ目は、アジア新興国の生産性が向上したことで日本との賃金の差が縮まったことが挙げられる。なぜなら、輸入の割合が高い産業ほど、海外の賃金の影響を受けるからだ。2つ目は、グローバル化に伴い企業の不確実性が強まったことだ。しかし、以上の2つは、日本以外の先進国にも当てはまるが、賃上げ率は上昇しているので根本的な原因でないといえる。
欧米諸国と比較して、日本の問題点は「労働生産性は上昇しているが、1あたりの所得、消費指向が下落している」と指摘する。この原因は、景気悪化したときは雇用量を維持したまま賃金で調整する傾向高いからである。つまり、このような傾向が高い日本の労働市場では、新規の正規雇用者を抑え、限界的な労働需要として非正規雇用者の割合が高いことは明白である。また、非正規雇用者の割合が高まったことで、労働組合に所属していない割合が高まったといえる。そのため、賃金の引き上げへの圧力が弱まったと、山田は指摘する。賃金への引き上げへの圧力が弱まったということは、生産性引き上げや収益性向上へのプレッシャーも少ないといえる。なぜなら、実質賃金と実質生産性には、有意水準5%で因果関係があるといえるから。
以上のことから、筆者は賃上げには「客観的な仕組み」の再構築が必要だと明言する。
この仕組みは、マクロとミクロに分かれて構築する。マクロからは、日本は米国のような労働市場が十分に発達していないため「春闘の再建」を求めている。具体的には、政労使会議の下に 有識者からなる第三者機関を設置し,それが客観 情勢を分析したうえでの賃上げの目安を示しつ つ,最終的な賃上げの決定はあくまで個別労使に 委ねるという仕組みのことである。ミクロからは、非正規雇用の平均基本給の増額も意味する。公平な分配を求めている。さらに、賃上げの原資となる生産性・収益性の向上が円滑に進むための環境整備も求めている。具体的には、不採算事業で働く人の離職を促し、採算事業への入職を促すことである。そのためには企業横断的な人材交流の場や人材育成の仕 組みの整備,企業のキャリア保障責任の強化と いった多角的な取り組みが必要だと指摘する。つまり一企業を超えてキャリアが形成できる環境が整備されれば、欧米型の職種限定型の無期雇用の導入が実現しやすいだろう。

〈総括〉
日本型雇用制度を打破するためにどうしたらよいのか分からない。
この先の研究が行き詰っている。

11/23/2023

〈内容総括〉
今回取り上げた文献は、欧州各国の福祉•雇用政策を比較してまとめている。目的は、欧州の福祉•雇用政策の特徴を学ぶことで、日本的雇用制度の変革へのヒントを得る。

スウェーデンの政策
地方分権が進んだ国で、教育や福祉は自治体の権限で行われている。失業率が悪化した際に、職業訓練などの労働者への支援サービスを提供した。
また、失業給付に関しては、職業訓練の浅い若年層の就労の重視する風潮から、失業給付の代わりに劣等条件での就労を強制できるようになり、ワークフェア的要素が強まった。しかし、税負担率が高いことが課題である。

オランダの政策
オランダは石油ショック後の深刻な経済不振から、雇用創出を目的に、正規雇用者とパート従業員の間で時間賃金•社会保険加入•雇用期間•昇進等の労働条件の格差をなくすという労働法の改正を行なった。そのため、従業員は雇用主に正規雇用者と非正規雇用者どちらも移ることを認められ、週労働時間を自分で決定できる。その結果、パートタイム雇用が増加し、失業率の低下と経済の成長(2〜4%)を維持できた。しかし、1人あたりの労働時間は減ったので、生産性の低下と企業の競争力は減退した。

デンマークの政策
スウェーデンの同じように、地方分権が進んでいる。デンマークでは、労働市場政策のみでは通常の雇用を創出することはできず、需要側からの十分な働きかけがマクロ経済全体の発展に寄与するという考え方がある。デンマークの労働市場は、高い転職率と仕事への高い意欲が特徴的である。具体的には、(労働者の30%が毎年仕事を変えている。また、1つの仕事に留まる平均年数は8年で、OECD加盟国ではアメリカ、イギリスに次いで下から3番目と低い。この原因は、雇用保護度の低さが挙げられる。具体的には、国際基準よりも求人と解雇にかかるコストは低い。雇用保護法は、失業を減少させ、既存の雇用を保護する役割がある。一方、雇用創出の機会を阻む。
雇用保護度が低いことで労働者の雇用不安を抱いている傾向はない。この理由は、手厚い失業給付と福祉制度がある。失業給付は、前職賃金の90%である。雇用保護度が低いことで労働者の雇用不安を抱いている傾向はない。この理由は、手厚い失業給付と福祉制度がある。失業給付は、前職賃金の90%である。しかし、手厚い失業給付はかえって労働意欲の減退に繋がるだろうという意見もある。しかし、これを阻止するために、失業後6〜12ヶ月の間に就職ができなかった場合は、活性化プログラムにフルタイムで参加することを義務づけられている。具体的な内容としては、職業指導、求職活動支援、個別の職業関連行動計画、公的機関もしくは民間企業の職業訓練、ジョブローテーションなどである。加えて、雇用市場政策への公的支出は対GDPで約4.5%で、それに対して日本は0.7%である。また、政労使の協調関係が顕著である。労働市場政策を具体的に決定する前には、必ず政労使間で協議がなされる。
スウェーデンとデンマークの違い
スウェーデン:労働力を生産性の高い部門へ誘導する

〈総括〉
欧州の福祉•雇用政策は、基本的に労働時間などの労働市場の柔軟化と社会扶助の関係性は、トレードオフではなく結合的な関係であることが分かった。また、これが成り立っているのは税負担の大きさが寄与する。


11/16/2023

藤井 将王
非正規労働者の増加に伴う課題と政策

〈内容総括〉
 今回取り上げた文献は、藤井将王の「非正規雇用者の増加に伴う課題と政策」である。日本的雇用制度とは「終身雇用」「年功賃金」「企業別労働組合」が特徴的である。バブル崩壊後、この制度の見直しが謳われ雇用・就業形態の多様化により非正規雇用者は増加し続けている。この文献では、日本における非正規雇用者の増加背景と、いかに歪な働き方であるかを考察している。また、この問題は他の先進国でも問題であり各国で様々な政策が打ち出されている。これらの政策を紹介し、日本の雇用・福祉政策を考察している。今回は、日本の非正規雇用者が増加した背景と、問題点を取り上げる。

〈内容〉
 まず、非正規雇用者とは、企業が短期契約で従業員を契約する形態のことで、パートタイム労働者、アルバイト、契約社員や派遣社員などを指す。非正社員は、1994年には981.4万人であったが2003年には1636.8万人と着実に増加している。また、労働力調査からすべての年齢階級で非正規雇用者の割合が高まっている。この背景として4つある。1つ目は、不景気による影響である。2つ目は、非正規雇用者の多くは健康保険や厚生年金保険などの特定の社会保険制度に入っていないことである。社会保険の事業主負担のない非正規雇用者は企業にとって魅力的である。3つ目は、解雇が簡単である。4つ目は、供給側と需要側において、柔軟な働き方であり好都合であることだ。厚生労働省の調査によると、非正規雇用者全体の約68%が今の雇用形態を希望しており、正規として働きたいと考えている人の割合は約28%である。
 非正規雇用者の増加に伴って生じた問題は3つある。1つ目は、正社員との賃金格差である。非正規雇用者の割合は、ワーキングプアの割合に比例する。また、正規雇用者への転用はあまり対応がなされていない。社会におけるワーキングプアの増加は、マクロ的な問題にもつながる。国内の消費活動が不振になり、需要減生産減となると日本経済が縮小傾向に陥る。2つ目は、社会保障の問題である。非正規雇用者は、支払い能力が低いことから社会保険料を支払うことが困難である。つまり、社会保険制度はセーフティネットの役割を十分に果たせていないと指摘する。3つ目は、正規雇用者の労働時間の増加である仕事量は変わらない(増えている)のに、それをこなす社員の数が減少している。

〈総括〉
 以上のことから、非正規雇用者の問題について理解できた。非正規雇用問題を見直す際に、今の雇用形態を希望している非正規雇用者の割合は多いので、そこがボトルネックになっていくと考える。また、増加に生じる問題点で、正規雇用者の労働時間の増加は明確な因果関係が示せれていないので懐疑的である。この点もしっかりと調査していく。


11/9/2023

日本総研「同一労働・同一賃金をどう実現するか ~日本の事情を踏まえつつ、雇用・社会制度全般の見直しを~ 」調査部 チーフエコノミスト 山田

〈内容総括〉 
今回の文献は、「同一労働・同一賃金をどう実現するか ~日本の事情を踏まえつつ、雇用・社会制度全般の見直しを~」を取り上げた。
〈内容〉
同一労働・同一賃金とは、就業形態や性別等にかかわらず、同じ仕事であれば同賃金を支払うべき、とする規範のことを意味する。いま注目される理由には、90 年代以降、不本意ながらも非正規労働を余儀なくされている世帯主の人々の、低い 処遇が深刻な社会問題になってきたことがある。そうした状況下、食料品を中心と した物価の上昇が低所得層の不満を生み出すとともに、賃上げが十分な成果を生まないなか、非正規労働者の賃金の底上げによって所得格差の是正と経済好循環の後押しの一石二鳥を図るという狙いが、安倍内閣がこのテーマを取り上げ始めた。しかし、日本で「同一労働・同一賃金」を実現するのは原理的に難しい面がある。日本では正社員と非正社員で賃金の決まり方が異なるからである。非正規労働者の賃金は就いている仕事によって決まるといえるが、正社員の多くの賃金は、そのときに就いている仕事よりも、長期雇用を前提にした「会社人としてのキャリア」に対するその時点の評価によって決まる傾向が強い。実は、欧州においても、「同一労働・同一賃金」原則は守られているわけではない。一方、同一労働・同一賃金の実現に向けて、正社員賃金における年功的要素がなくなると、欧州と異なり私的負担の重い中高年層の基礎的生活費をどう手当てするのかが問題である。先進事例を踏まえれば、わが国企業が同一労働・同一賃金に向けて取り組むべき課 題として、①まずは非正社員についての人事・評価制度を正社員との整合性を考えて整備する、②仕事の実態をみて負担・責任とのバランスをとった形で、賃金以外も含めた総合的な処遇を考える、③処遇が低下する必要性が出てきたときは、経措置や補償措置を講じることでモチベーションの低下を防ぐ、3点があげられる。
 長期的にみれば、雇用制度だけでなく、教育、住居、福祉にまたがる社会制度の見直しも必要になる。同一労働・同一賃金の議論は、単に賃金のあり方を見直せばよいという話ではなく、経済社会環境の変化に応じて雇用制度や関連する生活保障の仕組み全般を見直すことが重要である。

〈総括〉
同一労働同一賃金制度を導入していくには、日本の雇用制度も変化させる必要があることが分かった。日本の雇用制度をどのように変化させていくかが自身の研究課題である。


11/2/2023

岩本晃一「ドイツ経済を支える強い中小企業『ミッテルシュタンド(Mittelstand)』」〈https://www.rieti.go.jp/users/iwamoto-koichi/serial/013.html〉

〈内容総括〉
今回取り上げた文献は、岩本晃一の「ドイツ経済を支える強い中小企業『ミッテルシュタンド(Mittelstand)』である。選択理由は、なぜドイツは中小企業の競争優位性が高いのかと疑問を持ったからである。この文献は、ドイツの中小企業の特徴を上げ、その背景を歴史的、教育面、地域政策などの面から分析している。

〈内容〉
ドイツは、「中小企業の国」である。全輸出額に占める中小企業の割合は、日本は2.8%であるが、ドイツは19.2%である(2010年)一方、競争力のない中小企業は「ゾンビ企業」と呼ばれ、国民全体にゾンビ企業を残すという発想はないため、銀行はとても冷たく、淘汰されていく。現在、ドイツの中小企業の黒字化率は100%近くを誇っている。ドイツには、古くから「マイスター」と呼ばれる高技能の職人がいて技術力の高いドイツ製品を作り、ドイツ経済を支えてきた。彼らは、「ギルド」と呼ばれる組合を作り、政治的発言力も持ち、自らの地位向上を図ってきた。また、ドイツの教育システムである「デュアルシステム」は、職人養成コースが設けられ、充実した教育訓練である。
 ドイツの労働市場の歴史を振り返る。西独市場が拡大しており、東独の生産性は西独の約1/3であった。そのため、1989年の東西統一によりドイツの経済は不況だった。そこで、ドイツは国を挙げて製造業、得に中小企業の輸出振興に取り組み、輸出主導による経済成長が定着した。当時、中小企業は生き残りをかけて外国市場に積極的に進出していった。この背景から、「隠れたチャンピオン」が生まれた。
 ドイツの中小企業の特徴は4つある。1つ目は、外国指向が強い「隠れたチャンピオン」が圧倒的に多いこと。2つ目は、それが大都市に集中せずに全国各地に点在していること。3つ目は、ROA(資本に対する効率性と収益性を確認する指標)が高いこと、4つ目は、家族経営、同族経営が95%と多いことである。2つ目の背景は、ドイツには日本のような「系列」が存在しない。そのため、自社が立地する近郊の中小企業どうし、お互いが得意な分野を活かして連携することで競争力を高め、成長してきた。仮に、別の場所に異動すると連帰依関係が切れ、競争力を失う。一方、日本は親会社にいれば生産することができるため、移転しても問題ない。3つ目は、日本の中小企業は親会社から生産した部品を長期にわたって全量買い上げてくれるため、利益率は低い。4つ目は、創業者が高齢化し、後継者がいない場合には、利益が出ている企業でも廃業する。しかし、ドイツは企業を所有したまま、優秀な経営者を高給で雇って会社を存続させる。

〈総括〉
ドイツの中小企業は、日本と異なり、歴史的背景から果敢に市場開拓を実行している。一方、日本は下請け企業であるため、利益率は低く競争力も養えていない。疑問点は、ドイツになぜ系列がないのか、同族経営と中小企業の優位性とどのような関係性があるのか、なぜドイツは、東西統一後、大企業ではなく中小企業を推し進めたのかが挙げる。これらの疑問点を解消する。


10/26/2023


〈内容総括〉
 今回取り上げた文献は、呉 学殊の「なぜ、日本の賃金は韓国よりも安くなったのか」である。これは、日本と韓国の労使関係の比較をし、日本の賃上げが進んでいない理由を韓国の勤参法を中心に労使関係に与える影響を分析している。

〈内容〉
 1995年~2000年に日本製鉄と韓国の最大製薬会社ポスコの比較調査を実施した。当時、ポスコの賃金は、新日鉄の賃金1/3であると言われていた。しかしこれは、月収で比較した場合のことで、年収と比較すると正しくない。なぜなら、ボーナスや手当などの福利厚生費も含まれるからである。新日鉄は、国際的に価格競争力を維持するために賃上げを抑制していた。その結果、2021年度の調査によると従業員1人当たりの年収は、ポスコが日本製鉄の2倍以上高くなった。企業レベルだけでなく、全労働年収においても韓国は2015年から日本を上回り、差を拡大し続けている。
 呉(2023)は、大きく1つの要因があると考察している。1つ目は、労使関係の対等原則の希薄化・形骸化である。日本の労働基準法第2条に定められているが、2000年以降労使関係の対等性原則(労働者の力が弱い)が崩れ、企業は株主重視と内部留保の増額を進めてきたと明言している。この要因として、3つある。1つ目は、労働組合の組織率の低下である。2つ目は、労働組合の労働三権がフルに行使されていないことである。特に団体交渉権は、2000年以降労働争議件数が持続的に減少しており事実上ないに等しい。3つ目は、労使ココミュニケーションの経営資源法の未発揮である。労使コミュニケーションの活発化と労働者のやる気や帰属意識などは相関関係であることが調査で明らかになっている。日本では従業員過半数代表者制度(韓国やヨーロッパの従業員代表制とは異なる)があるが、36協定の協定書に押印・サインを行うだけの役割になっている。本来の役割は、113項目あり、労使コミュニケーションの経営資源性に資するものではない。また、賃金の決定に関してないので、この制度は賃上げに寄与することはない。
 韓国では、労働三権のフル行使である。組織率は日本よりも低いが、使用者に対して厳しい交渉を行っている。また、韓国では1980年に従業員代表制が法制化されている。また、30人以上の企業には労使協議会の設置と3か月ごとの定期会議の開催が義務付けられている。さらに、企業経営の透明性を証明する報告書の提出があったり、勤参法により、労働者は企業経営に参加できる権利が与えられていたり、使用者に対しては労働者への圧力をかけてはいけないと法律で定められており、主体性が確保されている。

〈総括〉
 韓国では日本の協調的な労使関係と異なり、緊張感のある関係性であることが分かった。また、その要因としては法律で労働者の権利が定められていることが大きい。また、ヨーロッパにも導入されている従業員代表制度と日本の従業員過半数制度は異なるので、調べていきたい。


10/12/2023の研究書評


久谷與四郎「労働組合は春闘においてどのように関わっているのか」

〈内容総括〉
今回取り上げた論文は、久谷與四郎の「労働組合は春闘においてどのように関わっているのか」である。選択理由は、春闘における労働組合の立ち位置を確認したいと思ったからである。

〈内容〉
日本は基本的に企業別労働組合、例外として電機連合は産業別労働組合である。
当初春闘の特徴は、①ストを中心にした闘争スケジュールを組織的に組み,②産業別組織
が連携して賃上げ闘争を挑んで,③一定の賃上げ水準を「春闘相場」として作り上げ,④それを広く中小の労働者にまで波及させることであった。バブル崩壊後、連合の結成とその方針から、春闘要求は「総合的労働条件」改善へと変化した。つまり、賃上げは多くの労働条件の一部として要求した。連合の春闘要求は、「賃上げ」「労働時間短縮」「政策・制度」が3本柱であり、その基礎認識は変わっていない。また春闘では基本給だけでなく賞与金についても一括交渉する流れがあった。さらに、労働組合の賃上げ要求で「個別賃金」を重視する傾向が強まった。従来は、組合平均の賃上げ要求であったため、個々の労働者の水準や産業横断的な賃上げが出来なかった。しかし、特定の職務(開発・設計職)や年齢まで設定し賃上げを要求することで、企業の枠を越えて賃金水準、横断的な賃上げが可能になった。2018年11月の春闘では、労組は中小企業と大企業、正規雇用者と非正規雇用者の格差を縮めるために、賃上げ率よりも賃金の絶対水準を重視していた。具体的には、自ら「求める賃金水準」を設定して,これをポイント様式で要求することを増やした。また、率を基準とする限り,賃金が低い中小と高い大手との間の格差は縮まることはなく,開いていくのが自然である。
 最大労働組合として「UAゼンゼン」がある。は繊維・衣料ばかりか,流通,レジャーサービス,医薬・化粧品,化学・エネルギー,福祉など,国民生活に関連する多種多様な産業の労組・労働者を結集している。しかも,組合員の構成は女性組合員が61 % を占め,短時間組合員(パートタイム労働者)が 58%と正社員組合員(42%)を上回る。日本の労組は「正社員労働組合」だと海外から批判されるが、その批判を克服している。UAゼンゼンは多様な業種の労組が結集しているため、産業ごとに求める賃金、労働条件が変わる。春闘では、製造産業,流通,総合サービスの部門ごとに展開される。

〈総括〉
2018年の春闘における労働組合の関与の状況は以下である。②賃金、一時金をはじめとする労働条件の決定,および向上に,幅広く関与している。(ポイントでの個別賃金要求の普及、大手より中小、非正規の賃上げが上回った。)②春闘で取り上げる労働条件の幅が非常に広い。➂春闘は、日本の「総学習システム」として機能している。(マクロからミクロまで経済状況を話し合う場である。)④春闘の交渉形態・闘争形態は,産別組合,個別企業労組によって様々である。(電機労組は、中央闘争委員会を中心に規制力が強い。自動車総連は、各単組の自主性を重んじている、exトヨタがベースアップを非公開に)


9/28/2023の研究書評


佐々木勝「賃金はどのように決まるのか」
*004-013.pdf (jil.go.jp)

〈内容総括〉
 今回の文献は、佐々木勝の「賃金はどのように決まるのか」である。理由は、会社や業界ごとにどのように賃金が決まっているのかを確認したいからである。本稿では、どのようなメカニズムで賃金が決まるのかを経済学的に説明している。

〈内容〉
 賃金を決める要因は、個人の生産能力と労働市場の環境、労使間の賃金交渉の環境である。労働市場の環境に関しては、企業と労働者の需要と供給の関係が、市場参加者が無数にいる場合と供給よりも需要の方が大きい場合では、同じ生産能力を持つ人でも賃金は異なる賃金は市場によって決まり、各企業はその決められた賃金を与件として採用人数を決定している。
 各企業は与えられた賃金のもと利益を最大にするために労働者を何人雇用するかを決定する。もう1人雇用した場合に得られる追加分の収入が追加支出の賃金に上回っている場合は、さらに雇用する。逆に下回った場合は、雇用者数を削減することで利益が増大する。つまり、企業は、前者と後者が等しくなるような雇用者の水準をとる。例えば、ある一企業の労働需要から考えると、生産ラインに配置する従業員を増やすにつれて全体の生産量は増加するが、追加分の生産量、また限界収入(1人追加した場合に得られる収入)は減少し、それと等しい賃金も減少する。よって賃金と労働需要量は負の関係である
 賃金が均衡賃金水準より一時的に乖離しても、市場の力によって自然と均衡水準に収束していく。仮に賃金>均衡水準の場合は、労働供給が労働需要を上回る超過労働供給の状態にある。つまり、企業が賃金を減少しても雇用することができる。この市場採用によって賃金が減少する。また、賃金が減少すると減少した賃金よりも留保賃金が高い労働者は労働市場から退出する。その結果,労働供給は減少する。このメカニズムで賃金は減少し続けて労働需要と労働供給が等しくなるような均衡賃金に収束する。
※均衡賃金・・・市場全体の労働需要曲線と労働供給曲線の交点で決まる。
その賃金で働いてもよいと思う労働者全員がその賃金を支払うすべての企業に雇用されていることを意味する。つまり、均衡では失業者は存在しない。働いていない労働者は均衡賃金よりも留保賃金(労働者にとって働いてもいいと思う最低賃金)が高い人であり、均衡賃金では働く意思がない人である。
 ※完全競争市場・・・・無数の企業と無数の労働者がいる中で,自らが影響を与えることができない市場の大きな力に任せて賃金が決定する市場
完全競争市場でも政策によって失業者が発生する。政府が最低賃金を均衡賃金よりも高く設定する場合、超過労働供給の状態となる。→失業者が増える。(非自発的失業)つまり、最低賃金の引き上げは雇用されるとメリットになるが、失業率が高まる可能性がある。(最低賃金と失業率の正の関係)
「買い手独占モデル」が成立するのは、雇用流動性が高くないときである。なぜなら低い賃金と雇用のまま維持できるからである。根拠として、買い手独占企業がもう1人雇用者を追加する場合,その対象者はこれまで雇用していた人よりも留保賃金が高いため追加分の費用は高くなる。同時に雇用者にも同等の給与水準にしなければならない。つまり、雇用抑制のインセンティブが強くなる。また「買い手独占モデル」の企業は、労働市場の流動性が低いことにつけこみ、労働者の賃金を低くするのには要因がある。なぜなら労働者は身につけた技能が無駄になるので、他の職種に移ることに躊躇するからである。

〈総括〉
賃金がどのように決まっているのか経済学のメカニズムから論拠している。次回は、同一労働同一賃金や、他国の大企業と中小企業の関係性についての論文を読み進めていきたい。


6/29/2023の研究書評

竹内規彦「中小企業の雇用慣行に関する調査研究―愛知県下の中小企業勤労者・経営者の意識調査結果の分析を中心にしてー」社会学部紀要、第75号、p163-197, 1996年

〈内容総括〉
今回の文献は「中小企業の雇用慣行に関する調査研究―愛知県下の中小企業勤労者・経営者の意識調査結果の分析を中心にしてー」である。企業が賃上げに応じない理由の仮説の一つとして日本の雇用制度、終身雇用・年功序列制度が原因で労働市場の流動性の低下を指摘している。しかし、日本人の70%は中小企業に勤務しているため中小企業の賃上げを実現させないと大半の日本人の給料が上がらない。そのため、中小企業を対象とした賃上げの仕組みづくりをテーマする予定であるが、中小企業の雇用システムは終身雇用制度ではないと聞いて、中小企業の雇用システムを確認しようと思ったからである。

〈内容〉
 まず、終身雇用、年功賃金という日本的雇用慣行は日本の大企業において存在するのが定説である。日本的雇用慣行が中小企業に存在するか否かを実証した先行研究では、日立工場の第一次下請けにおいて確かに存在することを確認した。また、日本的雇用慣行が存在する条件として経営基盤の安定が挙げられる。つまり、経営基盤の安定した中小企業においては日本雇用慣行が広い範囲で存在する可能性を示唆している。しかし、津田は工業化社会から情報ネットワーク社会への産業構造の転換が中小企業の雇用慣行に大きな影響を与えたと指摘している。なぜなら、1986年の円高不況期において親企業(大企業)が雇用維持のために下請け部品を内製したこと、また海外現地生産の拡大、先進国、NIES諸国からの部品輸入も進んだことで大企業との共存・共栄関係がほとんど消滅したからである。情報化社会によって中小企業の経営基盤の変化から、中小企業の雇用慣行が「終身雇用」から採用・解雇の波動を繰り返す「雇用自由」に変化していくだろうと推測した。ここで津田が示唆する「雇用自由」とは企業側の柔軟かつ流動的な雇用(正規従業員の雇用維持にこだわることなく、中途採用、雇用調整等が自由に実施できることを前提とした雇用形態)のことであり、従業員側の雇用流動化への姿勢(定年まで1社勤務にこだわることなく自由な企業間移動が可能であることを前提とする雇用形態)は含まない概念のことである。
 サービス業・小売り業(100人未満の企業)は転職経験者が極めて高い業界なので終身雇用制度はほとんど存在していないといえる。一方製造業においては転職経験の割合が最も低いため終身雇用が存在していることが分かる。また、年功序列制度が存在しているかを確認するために「人事・処遇」を分析している。経営者・従業員は個人の「年齢」が「人事・処遇」に強く影響していることが分かった。また、若い経営者、従業員の年功制度を希望する割合は低い、今後維持されないだろう。
 次に中小企業の雇用自由の進行度は、企業全体に浸透していることが分かった。終身雇用を希望する割合が経営者、従業員とともにきわめて高いことが分かった。すなわち中小企業は終身雇用よりも年功制の方が崩壊しているといえる。

〈総括〉
今回の文献のデータは1996年のもので古いところ懸念点である。中小企業では終身雇用制度よりも年功序列賃金制度が崩壊しつつあることが分かった。また、雇用自由度は中小企業全体に浸透しているが、ここでいう雇用自由度は経営者側にメリットのある流動的な雇用制度であるため、賃上げの効果は期待できないといえる。次は、大企業の賃上げは中小企業にどれだけ波及効果があるのか?を確認するため、大企業の賃上げ率と中小企業の賃上げ率の違いを分析しようと思う。また、賃金は業界によって決まるのか、同業種の企業規模間で賃金格差は生じているのかも疑問である。中小企業の賃上げ問題を考察する上で本当に中小企業の雇用流動性は低下しているのかや労働市場の需要・供給曲線、ルイスの転換点など詳しく調べたい。

6/22/2023の研究書評

Dore, R. P. (1973). British factory–Japanese factory: The origins of national diversity in industrial relations. London: Allen & Unwin. 邦訳, ロナルド・ドーア (1987) 『イギリスの工場・日本の工場:労使関係の比較社会学』 山之内靖, 永易浩一訳. 筑摩書房.

〈内容総括〉
 今回の文献は、ロナルド・ドーア (1987) 『イギリスの工場・日本の工場:労使関係の比較社会学』の第三章の賃金体系である。内容は、イギリスと日本の賃金体系の違いや日本の職務給の実態である。選択目的は、日本とイギリスの違いを分析して、日本で職務給制度が進まない理由を確認することである。

〈内容〉
 まず、日本は賃金、年功、学歴、会社内での協調性など多くの要素を考慮する。一方、イギリスは市場が賃金を決める。理由は、正当な価格であること以外に労働者が他の企業に流れないようにするためである。つまり、技能の基準価格が市場で決まっているからである。日本は会社単位の賃金交渉、一方イギリスは産業単位で賃金交渉を行う。個々の労働者への賃金分配の原則も全く異なる。イギリスは、3つの要因がある。1つは、需要の大きさ(他の会社が個々の技能を支払う賃金額によって示される)、2つ目は、稀少性、個々の仕事がどれくらい複雑な仕事であるのか、3つ目は生産コスト(個々の技能の訓練にかかる時間と技能を売るときのお金の相対的コストである。日本は多くの要因がある。教育水準、勤続年数、年齢、性別、上司による勤務評定、扶養家族、会社内での職務(建前上)が挙げられる。また、昇給制度も異なる。イギリスは、労働者の種類に応じて2つの異なる金銭的刺激(インセンティブ)がある。給料制の労働者は、より棒給の高い別の職務に昇格か、あるいは同じ職務につきながら実績を認められて昇給するパターンがある。これは実績と報酬の間に上司の主観的な評価が生じるため間接的刺激と呼ばれる。イギリスでは間接的刺激はあまりなくレアなケースである。一方、出来高制の労働者は、自己の産出高と賃金額が直結する直接的刺激と呼ばれる。日本の金銭的刺激の特徴は、階級が違っても(現場労働者、管理者いずれも)刺激は同一であること、ほとんどが間接的刺激である、様々な評価が何度も行われる。(ex,昇進のための評定は年1回、査定給のための評定は月1回、ボーナスのための評定は年2度)
 以上の日本とイギリスの賃金体系を比較して分かることは、日本の賃金制度は属人的であるが、イギリスは職務に依存している。日本では、効率的な生産が目的であれば元来の賃金制度を廃止するべきだという声も多くあがり、職務給に移行した歴史がある。50~60年代に職務給を取り入れ始めた。しかし、職務給の多くはその中に年功的要素がかなり含まれている。筆者は、賃金総額中の職務給の部分に充てられる比率を制限している要素を分析している。アンケート調査で「やっている仕事が同じでも勤続年数の長い人は短い人より高い賃金をもらうべきだと思うか」という質問に72%の日本人が「はい」と答えている。その理由の回答で最も多かったのは、「経験年数が長く仕事により習熟しているから」である。しかし、急速な技術革新の時代には経験の重要度は低い。また年を取るにつれて適応力や体力、学習能力などは衰えてくる。特に労働市場の流動化が進んでいない日本では、生産能力と給料が見合っていない勤続年数の長い労働者を相対的に減給しても文句はいわれないだろうと指摘している。また、「これまでこうやってきたから」「会社に尽力してきたから」「年をとると家族への責任も重くなるから」という他の回答も強い。他にも、賃金制度の変化によって影響を受けるのは年配の労働者であるが、この人たちは労働組合において大きな影響力を持つ。そのため、職能給の交渉への抵抗がある。

〈総括〉
今回の研究書評で、今もなお日本で年功賃金制度が残っている理由には、経験の重要度が高いことと保守的な考え方、労働組合内での年配者の影響力が高いからであることが分かった。賃上げを妨げる要因の一つである、日本国民の「保守性」をどのように無力化にさせられるかが研究課題である。

6/15/2023の研究書評

Dore, R. P. (1973). British factory–Japanese factory: The origins of national diversity in
industrial relations. London: Allen & Unwin. 邦訳, ロナルド・ドーア (1987) 『イギリスの工場・日本の工場:労使関係の比較社会学』 山之内靖, 永易浩一訳. 筑摩書房.
岸 保行「Ronald Dore がみた日本の工場:日本とイギリスの工場の 克明な実態比較調査から何がみえてきたのかー経営学輪講 Dore (1973)ー」

〈内容総括〉
 今回取り上げた文献は、ロナルド・ドーア (1987) 『イギリスの工場・日本の工場:労使関係の比較社会学』の書評「Ronald Dore がみた日本の工場:日本とイギリスの工場の克明な実態比較調査から何がみえてきたのか」である。日本とイギリスにおけるそれぞれ二つの工場、すなわち日本の日立製作所の日立工場と多賀工場、イギリスのイングリッシュ・エレクトリック社 (EE 社) のブラッドフォード工場とリバプール工場とを比較している。そこから、日本とイギリスの労使関係の違いについて書かれている。今回は、第一部のイギリスと日本の雇用システムの違いを取り上げている。目的は、イギリスと日本の雇用形態を比べることで、日本の年功序列賃金の根本的な要因を確認することである。

〈内容〉
 まず、第一部では日本の日立制作所とイギリスのEE社の工場の実態を、労働者の構成、採用・訓練方法、賃金体系、労働組合の構成員と組織化、日英双方の労使関係に至るまでを比較している。具体的には、日立は終身雇用であるのに対し、EE者は非終身雇用である。日立にとっては、採用はある集団(学校や家族)がその一員を他の集団(会社)に譲り渡過程であるのに対して、EE 社の場合には、採用は純粋に個人対会社の問題である。賃金に関しては、日立は年功賃金であるのに対し、EE社は出来高制度である。労働組合、労使関係に関しては、日立の労働者は、企業別組合に加入しており(古里工場労働組合か多賀工場労働組合)、それらは日立製作所労働組合総連合の下部組織である。一方、EE社の労働者は、電気工組合(ETU)や運輸・一般労働組合(TGWU)のような多様で独立的な全国組織の組合に加入している。また、労働組合の組織形態は、日立の方が官僚制的組織で、規則に頼る度合が強いのに対して、イギリスは慣習や慣行、組合役員の裁量で決めることが多い。また、筆者は、日本の労働者は会社への帰属意識がとても強いと指摘している。その根拠として、日立は従業員の家族は「日立一家」の準構成員であるのに対し、EE社は家族と会社の接触はほとんどない。これらのことから、日立では、終身雇用や年功序列賃金、企業内組合など会社をベースとした同系統を現象(階級的意識が強い)を読み取れるが、一方EE社は流動的な労働市場、産業別組合、公共機関による職業訓練など市場をベースとした同系列の現象を読み取れる。
 以上のような雇用システムの違いは、基礎になる組織原理の違いから来ており、その違いを日立の「組織志向型」に対して EE 社を「市場志向型」として区別したのである。一般的には、イギリスの雇用システムを成熟した大人の男らしいやり方として捉えられ、日本は家父長主義的なやり方であると捉えられてきた。しかし、著者はこれを否定している。日立の職務的地位は業績に基づいており、帰属意識はベースでないと指摘している。なぜなら、仮に家父長的人間関係が形成されている場合には、労働者が最優先させるべき義務は雇主への忠誠であり完全に「個人対個人」の社会関係であるのに対して、日立では、「総体としての会社への忠誠」が強調される。また、日本の労使関係は無限定的である。しかし、日立は労働者の面倒を見るための取り決めは制度化されており、契約として雇用関係に組み込まれている。例えば、福利厚生という特典は、取得日数などの配分は規則によって縛られており、従業員の権利として制度化されている。さらに日立の労働者の場合、感情性が二つの面に分かれているという。1つは、労働者にはコミュニティとしての会社に所属しているという意識があるということである。二つ目は、顔を突き合わせる職場での関係が、単なる目的・手段関係以上のものになっていることである。垂直的な関係だけでなく、同僚との横断的な関係が強い。そのため、会社としての一員という意識が強い。家父長制の場合は、労使関係で感情面は排除される。以上のことから、著者は日本の組織システムを、組織志向型の福祉企業集団主義に根差した労働組織、イギリスの組織システムを市場志向型の労働組織と定義している。

〈総括〉
今回、EE社と日立の雇用形態の違いを確認して、日本は組織志向型、イギリスは市場志向型であることが分かった。日本の労使関係は、縦の関係が強いと思っていたが、イギリスよりも同僚などの横のつながりも強く、労働者の感情面が組織志向型に寄与していることが分かった。次回も比較を意識してこの本の続きを読んでいく。

6/8/2023の研究書評

山田久「露呈する『官製春闘』の限界と新たな賃上げの手法 ~2020 年春季労使交渉の論点~」日本総研、2020年1月24日〈https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/viewpoint/pdf/11521.pdf〉

〈内容総括〉
 今回の文献は前回の文献の続きである山田久の「露呈する「官製春闘」の限界と新たな賃上げの手法 ~2020 年春季労使交渉の論点~」についてである。今回の書評の内容は、成果主義の歴史的背景と筆者の賃上げの仕掛けの見解についてである。
目的は、官製春闘の限界とその根拠を確認することである。

〈内容〉
 まず春闘の賃上げは、基本給の縦横的な賃上げである「ベースアップ」および各時代のリーディング産業、企業が全体の賃上げをリードする「パターンセッター方式」を基本としている。この前提として、職能資格制度(職務遂行能力を基準にして人事評価すること)とよばれる年功型賃金を支える人事評価制度が普及している。1990年代から2000年代前半にかけて人件費の高騰に伴って「成果主義」がブームとなり、職能資格制度は縮小され、脱年功賃金の動きが広がった。しかし、これにより等級が上がらなければ賃上げしにくい仕組みになった。また、企業の厳しい業績とグローバル競争激化によって「ベア・ゼロ」(一律の賃上げが0円)が当たり前になった。ベア・ゼロは、不景気だけでなく個人の成果に基づいて昇給するという成果主義の副作用でもある。具体的に、2002年の春闘でトヨタが業績好調にも関わらずベアなしで終わった。つまり2000年前半に、春闘を通じた賃上げの仕組みは機能不全に陥った。それを復活させようとしたのが「官製春闘」である。表面上「ベア復活」と言われてきたが、実態は「一律ベア」ではなく、労働者の属性によって賃上げ率は変化する。またパターンセッター役を期待された自動車・エレクトロニクス産業はグローバル競争の激化によって賃上げ率をリードする体力や意思がなくなっていた。そのため、大手企業の高い賃上げを中小企業に波及させるという仕組みは、もはや過去のものになっていると指摘する。このようにすでに従来型春闘が機能する前提条件が大きく揺らいでいる状況下で、「官製春闘」を復活させても十分な賃上げは実現できない。米国では、労働市場の流動化によって人材確保のために賃上げ圧力が自然と生まれ、欧州では産別労組が賃上げにこだわることで実現している。そのため賃上げの原動力になる仕組みを考察しなければならない。
 成果に応じて処遇する「成果主義」によって生産性を高め、賃上げを実現する有効であるという考え方が経営サイドにある見解らしい。成果主義は失敗に終わった。企業は人材削減と労働分配率(企業の利益に対する人件費の割合)を低下させることでイノベーションを喚起したが実現しなかった。なぜなら成果主義は外部から新しい要素を取り入れる「破壊型イノベーション」を図ろうとしたが、日本の保守的な雇用制度とはマッチしなかったからである。以上のことから、山田は雇用制度の見直しが賃上げに重要であると指摘する。ここでいう「雇用制度の見直し」の方向性は従来の「就社型」(従業員が職種よりも会社に帰属意識を持つこと)と「ジョブ型」のハイブリッドである。
 また、山田はベースアップの必要性も主張している。理由は2つある。1つは、日本企業の競争力の根幹は高い品質であり、組織力や現場力が大きく寄与しているからである。2つ目は、基本給の持続的な上昇はデフレ阻止に必要不可欠であるからである。日本は人口減少問題があるため、企業の売上を増加するためには商品、サービスの単価引き上げが必要である。つまり、ベースアップは緩やかなインフレの条件である。
 山田は賃上げの新たな仕掛けとして、有識者からなる第三者機関による賃上げの目安を提示する仕組みの創設である。経済団体と労組が自主的に協議を行い、中期的な視点で望ましい賃上げ率を提案する第三者機関である。個別労使は提示された賃上げ率を基準に賃金交渉を行うことになり、一定の賃上げ率の上乗せの実現が期待できると言及している。また従来型の「ベースアップ」の形を変え、新型ベースアップも提案している。これは、「物価上昇分」と「生産性向上対応分」に分けて配分することである。また「生産性向上対応分」は会社、部署、個人の三層で考える。また、優秀人材への重点配分も¥の必要性も主張している。

〈総括〉
筆者が主張する有識者からなる第三者機関による賃上げの目安を提示する仕組みについては、意味がないと考える。なぜなら、官製春闘の機能不全は明らかであるからである。また、提案された賃上げ率は労働者の要求に適合するとは限らない。

6/1/2023の研究書評

山田久「露呈する『官製春闘』の限界と新たな賃上げの手法 ~2020 年春季労使交渉の論点~」日本総研、2020年1月24日〈https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/viewpoint/pdf/11521.pdf〉

〈内容総括〉
 今回取り上げた文献は、山田久の「露呈する『官製春闘』の限界と新たな賃上げの手法~2020 年春季労使交渉の論点~」である。内容は、安倍政権の下での「官製春闘」の経緯を振り返り、綻びが目立ってきた背景を明らかにする。そのうえで、日本型雇用慣行の見直しの方向性、ポスト官製春闘の賃上げのあり方、労使主導の働き方改革について考察している。選択理由は、政府が賃上げを先導するべきでない根拠を確認したいからである。目的は、官製春闘の綻びを確認し、官製春闘の限界を理解することである。

〈内容〉
 まず、安倍内閣発足以降の春闘の状況を振り返る。2013年秋、政府、労働組合リーダー、経営者団体の代表、有識者を集めた政労使会議で賃上げ要請が行われた。これに対し、2014年の主要企業の春闘賃上げ率は13年ぶりに2%台に回復し、翌2015年には一層の高まりをみせた。しかし、2015年後半期には円安と海外景気の下振れで企業業績が悪化し、2016年の賃上げは鈍化した。その後、2017年、18年と政府による賃上げ要請は続くが、実際に賃上げ率は上がらなかった。特に、18年の春闘では政府は「3%の賃上げ」という具体的な目標を掲げたが、ベースアップ(基本給の増額)は起こらず、賃上げの勢いは加速しなかった。しかし、2019年の春闘で転換を迎える。賃上げの相場形成に影響を与えていたトヨタ自動車が2018年交渉後にベースアップの金額を非公開にし、次年度もその方針を踏襲すると決定した。この背景には、世間からの注目が集まることで、個社レベルでの合理的な賃金決定が難しくなったことや、トヨタの水準が上限となり、企業規模間格差の解消を阻む要因になっていたからである。(トヨタの高い水準に他の企業が追い付けない)これに対し、自動車総連は2019年の春闘でベースアップの統一要求額(労働組合が企業に対して一律に求める賃金の引上げ額)を示さなかった。経団連も政府による賃上げ要請をけん制し、自主的な賃上げを目指す方針を明らかにした。そのため、2019年の春闘では、政府の露骨な賃上げ要請は行われず、結果として大手企業の賃上げ率は2.43%と前年(2.53%)をやや下回る結果であった。以上のことから、山田は2020年春闘では賃上げ率の鈍化を予測しており、官製春闘前の「ベア・ゼロ時代」への復帰の助走になることを懸念している。
 こうした状況下で、春闘の地殻変動も生じている。トヨタ労組が、個人の評価に応じてベアを配分する制度の提案を検討していることが明らかになった。同社の2019年交渉では、経営サイドから「一律はフェアではない」として横並びベアの見直しの問題提起が行われていた。これは、「ベースアップ」という全員底上げ重視の春闘の基本構図の見直しが始まる契機になる可能性が高いと指摘している。実際に、近年「ベースアップ」に替えて「賃金改善」という言葉が使われるようになったため、その片鱗が見える。また、山田は「ベースアップ」ではなく、年金雇用を含む日本的雇用システムの見直しが賃金問題の焦点であると主張している。

〈総括〉
 今回、は、安倍内閣の下での春闘の状況、また企業側が官製春闘の見直し、と賃上げは企業が先導してやっていくものだという主張があることが明らかになった。一律の賃上げの問題点は、生産性と賃金が見合っていない労働者もベースアップすることや企業規模間格差の拡大であることが分かった。しかし、自分の研究内容に日本の雇用制度の見直しの内容を入れてよいのかが分からなくなった。(研究の要素が多すぎるのではないか?)次回もこの文献の続きである、ベア・ゼロの時代から官製春闘が復活した経緯、賃金問題と雇用制度の関連性、山田が主張するベースアップの必要性とその改革を確認する。


5/25/2023の研究書評


浅見和彦「日本の労働組合の変貌と現況」社会政策学会誌『社会政策』第11巻第3号〈https://www.jstage.jst.go.jp/article/spls/11/3/11_57/_pdf/-char/ja

〈内容総括・選択理由〉
 今回取り上げた文献は、浅見和彦の「日本の労働組合の変貌と現況」である。この論文では、日本の労働組合の組織と活動の変貌と現況について、民間大企業の中核労働者、中小企業の労働者、国家・地方公務員、専門職・技能職、そして非正規雇用者に分けて分析し、それぞれの労働組合が直面している問題と改革のための主要な議題を議論している。私の研究では大企業と中小企業を中心に議論するので、ここでは中小企業、大企業、非正規雇用者の労働組合についてまとめている。また選択理由は、企業別労働組合の問題点を把握するには、全体ではなく主要なセクターごとに分析する必要があると考えたからである。今回の研究書評の目的は、セクターごとの労働組合の問題点を把握し、どのような改革が必要かを考察することである。

〈内容〉
 まず、日本の労働組合の推定組織率と組織総人員は毎年低下傾向である。コンに8地の日本の労働組合には、労働者階層や部門ごとに不均等な発展がみられる。
 民間企業分野における連合系の工業部門の企業別組合の衰退には二つの要因がある。一つ目は、労働組合の組織人員と組織率の低下である。従業員1000人以上の大企業における組織率は、2005年に初めて50%を割って、非正規労働者を中心とした未組織労働者が大企業に流入したことが分かる。二つ目は、団体交渉機能の低下である。厚労省の調査によると、「3年間に団体交渉を行わなかった」組合の半数は、従業員規模5000人以上大企業である。これは、一つの事業が成長し発展する過程では団体交渉の集権化していることと、労使協議を行うによって団体交渉に代替しているからである。また、中小企業では7割から8割強の単位組合で団体交渉を行っている。これらのことから、大企業は労協議を重視しており、中小企業では団体交渉を重視していることが分かる。大企業における団体交渉の欠落によって、政権による経団連などへの賃金引上げ要請である「官製春闘」が行われるようになった。大企業における団体交渉と労使関係の不在を改革するためには、労働組合組織の分権化が必要であると指摘している。また、組織率の低下については、企業内における労働者組織を、正規雇用者だけでなく非正規雇用者も結集した労働者組織として確立するべきだと言及している。 
 中小企業は、長期的企業関係と下請け問題を抱えている。中小企業の81.6%が「下請けの仕事がある」と答えており、売上額に占める下請け取引の割合も71.2%である。これは、国際的にみて日本は企業規模間の賃金格差が大きく、大企業に比べて処遇の大きな格差が生じている。これは、中小企業は、大企業や公務・公共部門に比べて組織率が低いことが原因である。この解決方法として、未組織労働者で「職場」・「産業」・「地域」の3つの相互関係を規制しうる労働組合を確立することが重要であると指摘している。このような労働組合組織を確立・強化するためにはナショナルセンターが指導し、①産業別地方組織と全国組織の強化、②個人加盟の労働組合組織の拡大、新設、➂技能職・専門職などでは職種別の部会の組織化と狩る同、④産業別組織の合同と資源の結集が必要であると指摘している。
〈総括〉
 今回の文献で大企業と中小企業の労働組合の問題点とその解決方法について確認できた。しかし、専門用語の多用と説明が足りないところもあり完全に理解することが出来なかった。次回は、「官製春闘」の限界を分析しようと思う。


5/18/2023の研究書評

松村文人「企業横断賃金交渉と産業別組合論―戦後日本の産業レベル労使関係―」『特集3日本の産業別組合機能の研究と手法』、6巻、2号、2015,p80-90〈https://www.jstage.jst.go.jp/article/spls/6/2/6_KJ00009928204/_pdf/-char/ja〉

〈内容総括・選択理由〉
 今回取り上げた文献は、松村文人の「企業横断賃金交渉と産業別組合化論」である。政府が企業に賃上げを要求しても、企業が実行しない理由の一つとして日本の企業別労働組合制度がある。そこで、今回の目的は、「日本では産業別組合はなかったのか?もしあったなら、なぜ衰退してしまったのか」について確認することである。現在日本は、企業別労働組合として定着している。この文献は、賃金に関する産業レベル交渉を中心に、産業別組合化論も視野に入れて戦後、日本において企業の枠を形成された労使関係の実相を明らかにしている。分析対象は、私鉄総連、全国ビール、全国金属、全繊同盟、炭労、海員組合である。また戦後日本の主要な産業レベル交渉の発展、後退、終了の過程を明らかにしている。

〈内容〉
 日本は、企業別労働組合として定着している。これは、産業内すべての労働者を組織化対象とする欧米の産業別労働組合とは異なっている。日本では、企業別組合が交渉主体であり、企業内の正規社員のみを対象とする企業別交渉が主流であり、賃金交渉は企業別に行われている。これは、民間企業だけでなく自治体などの公務公共部門の組合も同じある。また、企業別交渉が行われるのは大手・中堅企業が中心であり、組合がない小零細企業では交渉は行われない。そのため、産業内で賃金の均一化が図れず、賃金格差が大きい。
 戦後いくつかの産業では、産業別労使団体が企業の枠を超えて交渉の主体になった。しかし、日本において産業別組合と呼ばれてきたものは、欧州型ではなく、独立性の強い企業別組合が産業別に連合したものである。(産業内の特定領域に限られている)日本では、企業横断交渉は産業全体を範囲とした交渉ではなく、繊維、私鉄、海運のような産業の枠内で業種ごとに行われていた。業種の中で、さらに大手、中小、小零細などの規模別に分かれて展開されていた。日本の企業横断交渉が産業別にではなく業種別、企業規模別にしか成立できなかった理由は、経営団体の組織化が業種ごとに行われ、組合側と対立する交渉主体として業種別経営団体が中心的な役割を果たすように政策で位置づけられたからと指摘している。この歴史的背景として、戦後初期に、経営者は、産業別組合と対立せねばならない産業別交渉を避けて業種別の「分断交渉」を原則とした。これに対し、産業別組合は業種別経営団体が交渉相手となるのであれば、賃上げ要求が通りやすく、賃上げ妥結しやすいと考えた。また、業種の中で企業の規模別に成立した理由は、経営側が大手と中小を同一の交渉グループにすることを拒否し、組合側は規模間格差ごとに交渉グループを作って、大手の賃上げを中小、小零細に波及させ産業全体の賃上げを図ったからである。すなわち、日本の企業横断交渉、労働組合が賃金平準化の可能性が高い交渉グループを組織し、(=業種別)連携して産業全体の賃上げを図ろうとしたと考察している。
 企業横断賃金交渉が後退・終了した理由は4つある。1つは、交渉グループ内の企業経営格差である。(ビール)2つ目は、ストライキを回避するために経営者は統一交渉から撤退し、交渉参加会社が減少したからである。(私鉄)3つ目は、経営者団体が解散したからである。(海運)4つ目は、国内産業の縮小、企業の減少である。(炭労、全繊、金属)以上のことから、企業横断賃金交渉が成立するには、統一賃金交渉に対する強い意志と組織力や統制力が必要不可欠であることが分かる。

〈総括〉
 今回分かったことは、企業横断賃金交渉は存在していたが、欧州型の産業別組合とは全く異なるものであり、交渉が及ぶ範囲は限定的であったこと、企業横断交渉が成立した目的は、産業内の賃金平準化ではなく、産業全体への賃上げの波及であったことである。企業別組合の賃上げの限界と産業別組合の弱点について詳しく分析することで、企業が賃上げを実行しない理由を深堀することができると考える。また、韓国における企業別組合から産業別組合への移行の過程を分析することで日本における産業別組合形成の可能性を探ることができると考える。


4/27/2023の研究書評

尾崎達哉・玄田有史「賃金上昇が抑制されるメカニズム」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、2019年7月12日

〈内容総括・選択理由〉
 今回取り上げた文献は、尾崎達哉・玄田有史の「賃金上昇が抑制されたメカニズム」という論文である。この論文は、人手不足が深刻さを増す一方、賃金の顕著な上昇が見られない背景について最新データを用いて考察している。今回は、政府が企業に対して賃金上昇を要請しているが、企業がそれに応えない背景を理解することが、文献の主な選択理由である。

〈内容〉
 日本経済は平成時代の30年間、ほとんど実質賃金が変動しない状況が続いてきた。また、完全失業率の低下や有効求人倍率の上昇など労働需要が上昇しているが、供給が行き詰っている状況下で、著しい賃金の増加が見られなかったことが、直近の日本の労働市場の特徴である。賃金が上昇しない主な理由として、「非正規雇用の増加」が挙げられるが、総務省の労働力調査によると、2010年代後半以降非正規比率は37~38%で安定していることが分かった。労働供給の賃金弾力性が高い場合、賃金が上昇すると、労働者の供給量が増加するため(労働市場に供給される労働者が増えすぎて、需要を上回ってしまうため)賃金の上昇効果が相殺される。そのため、労働供給の拡大が収束し非正規雇用の労働供給が枯渇すれば、(ルイスの転換点が起これば)賃金は今後急速に上昇すると明言している。
 行動経済学を踏まえた先行研究から、労働者は賃金が下がることを嫌うが、賃金が下がらないのであれば賃金増加にさほど執着しないことが分かっている。これは、労働者の心理や行動のメカニズムに少なからず組み込まれていると言える。実際に、企業の立場から考察すると、一度賃金を上げてしまうと、将来不足の事態が生じ業績が悪化した場合賃金を下げることが難しい。(これは、先ほどの労働者のメカニズムが働くためである。)そのため、賃金を上げることに企業は慎重となり、現行の賃金水準の維持を優先することになる。
 日本は、毎月支払われることが契約され、かつ残業手当等を含まない「所定内給与」に関しては、上方硬直性(賃金が上がりにくい)を持つ。しかし、ボーナスに関しては、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると一般労働者の年間給与総額に占める「年間賞与その他特別給与額」の割合は18.7%と決して小さくないと言及している。そのため、先行きの不透明感から定期的な月給の引き上げに慎重な企業でも、一時的なものであるボーナスであれば柔軟な支払いを行う可能性もあると指摘する。特に、人手不足が謳われる労働市場で、ボーナスを離職抑制の方法に活用する可能性があると指摘している。
 次に、ルイスの転換点に到達することで、結果的に実質賃金は大きく上昇する可能性について考察している。この研究では、潜在的な労働供給が枯渇する状況に近づいているかの考察を、実際の賃金と留保賃金との関係を比較する方法で検証している。大阪大学社会経済研究所が2003~2013年に毎年調査したアンケートをもとに無業者の留保賃金を考察している。調査結果から、女性の留保賃金は1000弱と最も低い水準であり、実際の女性のパートの自給平均は1000円を超えて、平均的な留保賃金を上回っている。これらのことから、女性無業者は、報酬面には満足いっているが、子育て等の何らかの別の理由で就業に至っていないと考察している。また、女性のパート自給が平均1100円まで上昇した場合、約90%以上の女性の留保賃金の水準を上回るため潜在的な労働供給拡大の余地は、男性や高齢者に比べて限界に近付いていることが分かった。(時給で働かないのではなく、別の理由で働かない女性が多いから)また累積90%からは女性の労働供給の弾力性が大きく減少している(賃金が上がっても労働者は増えにくく、逆に賃金が下がっても労働者は減りにくい状態)ため、女性の労働供給がさらに増加するには大幅な時給上昇は不可欠であることが分かる。(?)→労働供給の弾力性が低いのであれば、大幅な賃金上昇しても無意味なのでは?以上のことから、女性はルイスの転換点に近づいていると評価できる。

  • ルイスの転換点・・・従来の安価な労働力を用いた経済成長モデルから、安価で大量に雇用できる労働力が減少することで、高賃金の労働力を必要とする経済成長モデルに移行すること。

  • 留保賃金・・・労働者がある水準以上の賃金ならば就職し、それより小さければ職探しを続ける場合の賃金、基準 Ex,実際の賃金が留保賃金を上回る場合に労働サービスの供給を実現する。

  • 労働需要 企業が人を欲している

  • 労働供給の賃金弾力性が高い=賃金が上昇すれば労働者の供給量が相対的に多くなること

〈総評〉
 アンケート調査によって、女性労働を中心に潜在供給が枯渇する「ルイスの転換点」に近づきつつある可能性が示唆されたが決定的なことは言えないため、実際の労働供給がどのように推移しているのかを分析することで本当にルイスの転換点に近づいているのかを検証したい。また、所定内給与の賃上げではなく、ボーナスによる調整の可能性についても検証したい。

4/20/2023の研究書評

内閣府「労働市場の流動性と賃金動向」〈https://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh22-01/pdf/s1-22-2-1-2.pdf〉

〈内容総括・選択理由〉
 今回選択した文献は、内閣府「労働市場の流動性と賃金動向」である。選択理由としては、前回書評した「わが国の賃金動向対する論点整理」で、日本における賃金上昇率の低さは雇用の流動性の低さが関係しているのではないかと推測していたため、これを検証するためである。アメリカの労働市場と賃金の動向を分析することで、賃金上昇と労働市場にはどんな関係性があるのかを確かめることが目的である。
〈内容〉
労働市場の流動性を阻む要因として、①労働法制(解雇コストの存在)、②職種に応じた資格制度、➂情報収集コスト等の転職に伴うコスト、④賃金以外の仕事の属性に対する選好の違いが挙げられる。
労働市場の流動性に対する意見は分かれる。流動的な労働市場であれば、労働者が持つ技能や知識が職位で求められるものと合わないケースが少なくなり、個々の労働者の生産性の上昇につながりやすいとの指摘がある。しかしこれに対し、頻繁な労働移動は企業に技能や知識の蓄積を損ない、企業のマネジメントの効率性を低下させ、企業の生産性に悪影響であるとの指摘もある。
 労働市場の流動性について国別で分析する。アメリカの転職者率は20%超と高水準である。理由として、アメリカは従来、流動的な労働市場で生産性の高いベンチャー企業への転職が活発に行われることで、高い賃金上昇率を実現してきたと指摘している。実際に、若年層、中堅層(08以降)共に継続就業者より転職者の方が賃金上昇率は高い。また、低賃金層(賃金水準は下から25%)にとって、転職が賃金上昇の起因あるのに対し、賃金水準が一定以上になると、継続就業よって蓄積された知識や経験が賃金上昇に反映されていること示唆する。90年代以降、若年層や低賃金層を中心に転職者の賃金上昇率が高く、平均賃金を底上げしていることが分かった。これに対し、専門性の高い職種では、転職者の中でも他職種よりも同職種からの転職者の賃金の方が、上昇率は高い。先進国では、2000年前後以降の賃金上昇率は鈍化しており、継続就業者の賃金上昇率の低下が原因である。
 日本とアメリカで比較すると、08年~20年の間で、消費者物価上昇率の影響で、実質賃金上昇率はアメリカよりも日本の方が高かった。アメリカの転職入職者の前職と比べた賃金変化率は、1割未満の増加が最も多く、日本と比べてアメリカでは、転職は賃金上昇に大きな影響を与えることがわかった。
 
 〈総評〉
今回、文献の選択理由として挙げた「アメリカの分析を通じて賃金上昇と労働市場の関係の有無」について確認できたことが大きな収穫となったと考える。今回の文献では、労働市場の流動性を阻む要因について詳細に書かれていなかったので、詳しく確認したい。

4/13/2023の研究書評

大久保友博・城戸陽介・吹田昂大郎・高富康介・幅俊介・福永一郎・古川角歩・法眼吉彦(2023)「わが国の賃金動向に関する論点整理」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、p1-12

〈内容総括・選択理由〉
 今回は取り上げた文献は「わが国の賃金動向に対する論点整理」という文献である。前回までの書評を終えて不足部分として挙がった、「日本の賃金が上がりにくくしていた要因(コロナ前)」及び「他国との比較」についての知見を得ることが、文献の主な選択理由である。

〈内容〉
 まず、日本の名目賃金はエネルギー価格などの上昇によって伸びを高めている消費者物価と比べると低い伸びにとどまっている。(賃金がインフレに追い付いていない。)2000~2019年における日本の賃金・物価動向は、名目賃金と物価の伸びは共に低い状況が続いていた。一方、米欧では賃金の伸びが物価上昇上回っていた。物価と労働生産性を加えた賃金版フィリップス曲線から、日本は特に2010年以降一人当たりの名目賃金が上がりにくい状況が続いていたことが分かった。
 続いて、コロナ前から日本の名目賃金を上がりにくくしていたと考えられる要因を、米欧と比較しながら整理する。この論文では、①家計の労働供給、労働市場の二重構造 ②企業の労働需要・賃金設定行動、➂業種別の要因、雇用流動性、④低インフレの定着と指摘している。①については、長期的雇用体系の労働者と短期的な雇用流動性の高い労働者の二重構造のことである。1990年代以降、日本のパート労働者比率は継続的に上昇しており、これは同時期の米欧にはみられない動きである。また、一般・パート労働者間の賃金格差は縮小傾向にあるものの、米欧と比べると大きい。これらのことから、賃金が相対的に低いパート労働者の増加(女性や高齢者)によって、一般・労働者を合わせた平均賃金は継続的に下押しされてきた。次に②については、企業側から賃金ないし人件費を抑制した要因を分析している。労働生産性の低下による不確実性が高まっている状況下で、企業は特に正社員などの固定的な人件費を抑制するスタンスを強めた。また、これは女性や高齢者の弾力的な労働供給と相まってパート労働者の増加につながったと考察している。日本は人件費だけでなく、人的資本投資も抑制しており、このことが労働生産性のさらなる低迷につながるという悪循環に陥っていた可能性もあると指摘している。G7構成国や北欧諸国と比較すると、日本は公的支出だけでなく企業の0ff-JT支出も大きく見劣りしている。また、労働市場や製品市場の競争環境の変化も、賃金・価格設定行動に大きく影響していると考察している。日本企業は価格マークダウン率(販売価格が限界費用を上回る比率)を圧縮する一方、労働市場では賃金マークダウン(賃金は限界生産物収入を下回る比率)による賃金抑制傾向を強めることで、利潤の確保を図ってきたと推測している。(価格を安くして、賃金を低下する?)
 また、企業の社会保障増大などによって労働分配率は上昇しており、これが人件費増加の抑制につながっていると考察している。③については、一部業種に特殊な要因や、業種間ないし企業間の雇用流動性の低さによって、平均賃金の上昇が抑えられた可能性について考察している。日米欧の業種別の賃金動向は、製造業ではグローバル化によって各国間の賃金が連動しているが、非製造業では連動性は低い。特に日本の医療・福祉業でサービス価格が抑制されてきたこともあって、賃金上昇性は米欧比で抑えられている。製造業は卸売・小売業や医療・福祉業と比べて、全業種の平均賃金への波及度合いが大きいことから、このメカニズムが働けば国内の平均賃金も高まると指摘している。しかし、米国と比較すると、日本の製造業の賃金の全業種平均賃金への波及度合は小さめである。(マクロ的な波及メカニズムが十分に作用していない)この業種間の賃金の波及の弱さは、日本の雇用の流動性の低さとも関係するのではないと推測している。日本の他の先進国と比べて流動性の低さは年功賃金・長期雇用制度や生産性が低下ないし停滞している業種で雇用が増加している傾向があることも要因であると考察している。

〈総評〉
 今回、文献の選択理由として挙げた「日本の賃金が上がりにくくしていた要因」について確認できたことが大きな収穫となったと考える。今後は、本文内で指摘されていた、業種間の賃金の波及と雇用の流動性、転職市場の活発化が若年・中年層を中心に賃金上昇につながる可能性について詳しく確認したい。

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