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Number_i「GOAT」MVのすごさを映画オタクの視点で解説してみた


正月早々話題のMVがすごかった

当方、音楽と映画が好きで色んなMVを見るのが好きな人間です。年明けから話題になっていたNumber_iのデビュー曲で結構な衝撃を受けました。
元々彼らに対する知識は浅く、
・キンプリの3人が脱退後に結成した
・平野くんの身体能力と思考回路がただものではない
くらいしかありませんでした。どんな路線で来るかと思いきや、J-POPもK-POPもすっ飛ばしてバリバリのアメリカンな全編ラップのHIPHOPをかましてくるとは。そしてMVの凝り方が凄かったです。

昨年最大の衝撃だったMVは櫻坂46の「Start over!」でしたが、それとは別のベクトルでガツンと印象に残るMVでした。

非常に複雑なストーリーで、内容の考察などはとても追いつきませんが、テクニカルな面だけ見ても発見と驚きが多数ありました。ちょこっと感想をつぶやいたところ通知が止まらなくなる勢いで拡散されてしまい、こうなったらがっつり記事にしようと決心した次第です。

すごさその1:とんでもなく統一性のない画面

とにかく感じたのが「ごっちゃごちゃ」であること。数分間のMVとは思えないレベルで様々なシーンが入っていて統一感がありません。
・画面サイズ
・フォント
・カラーリング

これらが幾重にも入り乱れて、さらに展開の目まぐるしいラップと合わさるおかげでカオス状態になっています。

まずは画面サイズから。このMVでは3通りの縦横比の画面が使われています。

上下にも左右にも黒線が出ないスタンダード画面
上下に黒線の入るワイド画面
左右に黒線の入るテレビっぽい画面

基本的に映画やMVは統一した縦横比の画面で制作されるので、この時点で相当奇抜です。
続いてフォントですが、これも本当にバラバラ。

縦長のサンセリフ体(いわゆるゴシック系統)
丸みのあるかわいらしいサンセリフ体
横長で太いサンセリフ体
セリフ体(明朝系統)

これだけ多数のフォントを使い分けるMVってすぐに思い浮かびません。
カラーリングも

モノクロ
自然で鮮やかなパステルカラー
青みの強い寒色
赤みの強い暖色

と様々です。
今回のMV監督は椎名林檎や東京事変とのタッグで有名な児玉裕一さんですが、こういう撮り方をするイメージはありませんでした。作品ごとにテイストは異なりますが、作品内での映像表現は非常に統一的で堅実な作りをされる印象だったので、クレジットを見て驚いた覚えがあります。

これだけ多様な見え方で撮影をするには、シンプルに撮影場所、カメラ、照明機材などを多数用意する必要があり、かかる時間とお金と手間が増えるので、並々ならぬ予算と準備と気合で取り組んだことがうかがい知れます。しかも、これだけごちゃごちゃに乱立していますが作品としての世界観は崩れずに済んでいるところがすごい。メンバー3人のパワフルなストリートダンスがブレない軸として貫かれていることも要因でしょう。驚異的な攻めと守りのバランス感覚だと思います。
象徴的なのが、やはりグリーン岸くん(勝手に命名)のラップパートでしょう。SNSで拡散され、おそらく当初の意図を外れて人気の発端を担ったと言ってもよいシーンです。

それまでのダウナーな低音中心のラップと(途中にビルの屋上を挟んではいますが)重めの映像から一転して、甲高いラップと開放的な空が背景の映像になります。そしてこのタイミングで画面がアナログテレビを彷彿とさせる縦横比に変わり、ビジュアルも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「チャーリーとチョコレート工場」のようなファッション、路上に打ち捨てられたごみやコーン、無骨な橋など、レトロな80年代のアメリカらしい風景を見事に作り出しています。

すごさその2:目まぐるしいカメラワーク

その1とも関連しますが、とにかくカメラワークの目まぐるしさ、せわしなさが半端ではありません。特にビビったのがここ。


わずか5秒程度の1カットで、3人のダンスに合わせてこれだけ縦横無尽にカメラが高速移動しています。どうやって撮ったのか分かりません。ゆっくり踊りながら撮影して早回ししているのでしょうか…
また、別々のシーンをカットで大胆につなぐディゾルブという手法も多用されています。ゴルフカートのような乗り物に3人が合流していくシーンで顕著です。

車の屋根の上や、会議室の机の上でジャンプする動きに合わせて車内に降り立つ動きを入れ、時空をすっ飛ばして車内に収まる描き方を作り上げています。最初の平野くんは同じカメラなのでまだ自然ですが、岸くんは場所も画面サイズもカメラのレンズも違うという、破綻寸前の強引な繋ぎ。なぜやろうと思った。ほめてる。
そしてクライマックスの一つである、LEDボードの上でのダンスパートでもトリッキーなカットが用いられています。基本的に動きながらのワンカットなのですが、途中で一瞬メンバーが消え、その後位置を変えて現れるのです。

あくまで推測ですが、このシーンの撮り方としては
・消える直前までと再び現れて以降は別カットで、カメラをぴったり同じ位置にセットしてつないだ
・全体が同じカットで、途中の部分で人物除去処理をして人が消えたように見せた
の2通りが考えられます。回転しながらの動画で人物除去ってできるんでしょうか。教えて、偉い人。いずれにしても、カメラとLEDと体の動きを合わせなければいけない点から非常に難易度が高そうです。

すごさその3:豊富な洋画オマージュとSF的な世界観

MV公開当初から、多くの洋画へのオマージュと思しきカットが指摘されてきました。まず、冒頭とラストに登場するのは「2001年宇宙の旅」に登場するコンピューターHAL9000とみて間違いなさそうです。

また、Number_iのロゴが表示される緑の古びたディスプレイは「ブレードランナー」「GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊」「マトリックス」の作品群を思わせます。

先ほども取り上げた赤みがかった画面や、暗がりにがれきが転がった閉鎖的な空間もこれらのSF映画シリーズにかなり近いものと言えます。

また屋外のシーンでは、パステルカラーの衣装に左右対称な建築物という組み合わせがウェス・アンダーソンの「アステロイド・シティ」などの作品群に近そうです。全体を通してSFやファンタジー、強い虚構の世界観が貫かれています。

すごさその4:徹底した「周りの目」の強調

このMVではもちろんメンバー3人が主役ですが、それを取り囲む「周りの目」が常に付きまとっています。
・HAL9000
・冒頭の記者たち(おそらく終盤の石像と同じ)
・メンバーを撮影するカメラそれ自身
・監視カメラ、バーコードリーダー、レーザー
・魚眼レンズ
・会議室の社員たち
・何かに気づいたようなドアの隙間
などがその一例です。

特に会議室のシーンでは、メンバーの後ろに3匹のヤギ(GOAT)の絵画があり、白い衣装を着たメンバーとの関連性を強く匂わせます(直接関係ないとは思いますが、絵画のヤギというと村上春樹の「羊をめぐる冒険」にも近いシチュエーションです)。
また後半からアナログの巻き戻し演出が多用され、一連のストーリーそのものを相対化するような突き放した雰囲気も感じられます。しかも巻き戻されている最中のカットに、前半では見られなかったものが入っています。

近年ではKing Gnuやaespa、キタニタツヤでも出てきたように、カメラが人物と相互作用して作品の一部になったり、カメラそのものが入れ子になったりすることで視聴者と画面の境界を跨ぐMVが多く見られますが、それにしても今作はこだわりの強さが顕著だと思います。

これはあくまで推測ですが、常に他者から見られ、メディアとして押し込まれ消費される姿を虚構とオマージュに満ちた映像で際立たせることで、これまでメディアに翻弄され続けてきたメンバーを自ら風刺して見せているのではないか?「自分たちは絵の中のヤギ(スケープゴート、あるいは西洋では悪魔の象徴として扱われることすらあります)であるけれども、それでもGREATEST OF ALL TIMEだぞ、強気に行くぜ?」という意思表示の表れではないか?と感じました。
巻き戻し画面で視聴者に見落とされていたかのような新しいカットが出てくる演出や、冒頭では好き放題に暴れていた記者が終盤では何も言わない石像と化した中を闊歩していくメンバーたちの姿からも、「お前ら俺たちを知った気になってない?」といういい意味で挑発的、挑戦的な勢いを感じ取ることができます。

まとめ ボーダレスな挑戦を象徴する異端児映像、それがGOAT

昨年センセーショナルに報じられた分裂劇や、その後の事務所の諸問題など、様々な波乱の中で生まれたNumber_i。そのデビュー曲としてこの曲、この映像が出てきた意味と影響は非常に大きいと思います。
近年では藤井風、imase、BABYMETAL、米津玄師など、J-POPアーティストが海外で活躍する事例も増えてきており、おそらくNumber_iもその流れを意識していると思います。ダンスグループは韓国をはじめとするアジアで展開することが多いですが、曲や映像の雰囲気からしていきなりアメリカに立ち向かっていきそうな感じすらあり、従来の国内音楽シーンから見ても異質な勢いです。
昨年は櫻坂46の「Start over!」を「映像芸術の教科書」と評していましたが、それに対比するならば「GOAT」は「映像芸術の異端児」と言ってよいでしょう。今後の展開に注目です。
(スタオバも最高にキレキレのかっこいい映像なので良かったら見てください!)


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