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三角比と三角関数、どこで躓きやすいかを考えてみた。学びたい人の参考になりますように

2022年5月中旬頃、Twitterを中心に「三角関数」が話題となりました。
 
ことの発端は、とある議員の方の発言です。
 
Twitterで「三角関数よりも金融経済を学ぶべきではないか」と語ったため、さまざまな議論が巻き起こりました。

三角関数は、なにかと不要なものとして話題になりやすいトピックなので、「また三角関数か……」と思った人は少なくないと思います。
 
「なぜ、三角関数が話題になりやすいのか?」については、何とも言えませんが、「そこで躓く人が多いのではないか」という仮説があるようです。
 
私自身も、文系学部出身の方から「三角関数、わからなかった」と言われたことが、何度かあります。
 
「三角関数で躓く人が多いか否か」について真偽は不明ですが、ここでは「躓く人が多い」と仮定して、高校の数学における三角関数の躓きポイントを考えてみたいと思います。
 
できるだけ前向きな意味を持つ記事にしたいと思って書いたものであり、これから三角関数を学ぶ人や、過去に躓いてしまったけれど学び直しをしたい人にとって、何かしらヒントになれば幸いです。
 
また、本記事では「三角比(数学Ⅰ)・三角関数(数学Ⅱ)」の両方とも扱っていきます。
 
※私は「三角関数完全理解者」ではないので、足りない観点や誤りもあるかと思います。「これについては言及したい」というプロの方がいましたら、コメント等をお願いいたします。
 
※本記事では、「高校課程をどうするべきか?」といった話はしません。ご了承ください。


定義と事実の切り分け

高校数学の美しい物語」という、著名な数学サイトがあります。扱っているトピックが多岐に渡り、1つ1つの記事がコンパクトにまとまっていて、とても読みやすいサイトです。
 
そのサイトの運営者・難波博之さんの著書「学校では絶対に教えてもらえない 超ディープな算数の教科書」(SBクリエイティブ)では、数学を学ぶ際には「定義(難波さんの著書では「ルール」と呼ばれています)と事実の切り分けが重要である」といった内容が語られています。
 
定義と事実とは、以下のようなものです。

《ルール(定義)》
・数学における決まりごと。
・「誰かがそのように決めたもの」なので、すべての人が納得できる明確な理由はない。
・この先、変更される可能性がある。

《事実(定理)》
・すでに学術的な証明がされている。
・前提となるルールが変わらない限り、内容が変更されることは絶対にない。

難波博之「学校では絶対に教えてもらえない 超ディープな算数の教科書」(SBクリエイティブ)p.21

例えば、三角比の最初で言うと、直角三角形の辺の長さの比によって、sin・cos・tanを「定義」していきます。これが、定義(ルール)です。あくまで決まりごとなので、変更される可能性があります。
 
一方で、余弦定理や正弦定理は、事実となります。
 
これらの切り分けは非常に重要なのですが、難波さんの著書では、以下のように語られています。

数学の世界には、決まりごとである「ルール(定義)」と、すでに学術的な証明がされている「事実(定理)」があります。
じつは、小学校に限らず、中学や高校の教科書の内容も含めて、ルールと事実がごちゃまぜに扱われているんです。

難波博之「学校では絶対に教えてもらえない 超ディープな算数の教科書」(SBクリエイティブ)p.19

私の場合、「ルール」と「事実」を明確に区別して意識するようになったのは、大学に入ってからでした。
数学の研究者や、大学で数学を専攻した人にとっては、「ルール」と「事実」の存在は「常識」ですが、世間的にはほとんど知られていない話だと思います。
[中略]
数学をテーマにした書籍を読んでいても、書き手がルールと事実の違いをきちんと理解できていないのではないかと疑問に感じる文章を目にすることがあります。
「ルール」と「事実」をきちんと区別して教えている学校の先生というのも、かなり少ないのではないでしょうか。

難波博之「学校では絶対に教えてもらえない 超ディープな算数の教科書」(SBクリエイティブ)pp.19-20

以上の記述について、私も概ね同様の意見を持っています。
 
そして、私自身が「定義と事実の切り分け」を意識し始めるきっかけとなったのが、高校数学の三角関数でした。
 
後で述べますが、三角比・三角関数は、定義と事実をしっかり切り分けないと、話がグチャグチャになってしまいやすい単元だったので、「定義と事実の切り分け」を意識する必要があったのだと思います。
 
また、難波さんの著書では「定義と事実の切り分け」について、算数のトピックを例にしながら、わかりやすく解説されているので、ぜひ読んでみてください。

定義が変わっていく

三角比・三角関数では、sin・cos・tanの定義が変わっていきます。すごく平たく言えば、ルール変更が起こっているのです。
 
最初は「直角三角形の辺の長さの比」で定義しますが、三角比の途中から「半円を用いた定義」となり、三角関数からは「単位円を用いた定義」となっていきます。
 
なぜ、定義の変更が起こるのかというと、考えられる角度の範囲を拡張するためです。
 
「直角三角形の辺の長さの比」では、0°より大きく、90°未満の角度でしか、sin・cos・tanを考えることができません。しかし、「半円を用いた定義」によって、0°以上180°以下の範囲にまで広げられ、「単位円を用いた定義」によって、負の角度を含めて、さまざまな角度を扱うことができるようになります。

単位円を使った定義について解説するねこ

このような定義の変更が起こっているので、定義と事実をしっかり切り分けないと、勉強しているときに迷子になってしまう可能性があります。 

ゲームなどでも、慣れたころにルール変更があると混乱しがちだと思うので、この点が躓きやすいポイントとなっているのかもしれません。しかも、ルール変更があったことにすら気づけていないとしたら、さらなる混乱を招くことでしょう。

 そのため「途中で変更されるよりも、最初から『単位円を用いた定義』で考えた方がわかりやすい」と感じる人も多いと思います。 

また、高校の範囲外ですが、上記のほかに「無限級数を用いた定義」などもあります。 私としては、さまざまな定義があり、矛盾なく拡張され、それらが関わり合っているのは、面白いと感じるところです。

覚えるべき公式が大量にある(ように見える)

教科書や参考書を見ると、三角比・三角関数では、大量の公式が書かれていると思います。
 
それら全部を試験前に丸暗記して、なんとか乗り切ろうとする場合、苦行となることでしょう。
 
実際には、すべて覚える必要はなく、定義などから即座に導かれるものも少なくありません。
 
受験生時代の私は、余弦定理・正弦定理・sinとcosの加法定理を覚えておいて、他のものは必要に応じて導いていたと思います。
 
$${\sin^2\theta+\cos^2\theta=1}$$は、「覚えている公式」のような気もしますが、単位円の定義から即座に導けるので、「丸暗記している」といった類ではないと思います。
 
また、sinの2倍角は「2サインシータコサインシータ」と語感がいいので、なぜか記憶に残ってしまいました(加法定理から即座に導けるものではありますが)。
 
私は緊張しやすく、試験中などに焦ってしまうため、「よく使うもの」と「導出に若干時間がかかるもの」は覚えておくようにしていました。余弦定理・正弦定理は前者で、sinとcosの加法定理は前者かつ後者という認識です。
 
もしかすると、上記の公式でも覚えすぎかもしれません。Twitterで有識者の投稿を見ると、加法定理を覚えていない人も少なくないようです。
 
また、余弦定理・正弦定理も、(場合分けをしなければ)導出に時間がかかるものではないので、覚えなくても良いかもしれません。
 
「一つも公式を覚えない」とまでいかなくとも、「覚えておく公式」は、かなりコンパクトにおさまると思います。しかし、取捨選択することなく「とりあえず公式全部丸暗記して、なんとかしよう」とすると、暗記力に自信がない場合、とてつもない苦行となってしまうことでしょう。
 
そうならないためには、定義に戻りつつ、各公式の導出をするなど、「急がば回れ」で勉強する必要があると思います。
 
とはいえ、「試験前や締切前ギリギリに、力技で無理矢理なんとかする」というのは、私自身も身に覚えがあるので、説教くさいことを言える立場ではありません……。

四則演算で出力されない関数

三角関数は、それまでの単元とは、ちょっと違った類の関数になっています。
 
例えば、一次関数$${f(x)=5x+4}$$は「入力した数を5倍して、それに4を足して出力」、二次関数$${f(x)=x^2}$$は「入力した数を2回かけて(2乗して)出力」といったもので、なんらかの四則演算によって、数を出力しています。
 
一方、三角関数は「入力した数を角度として、単位円周上の座標を考えて出力」といったもので、幾何学的な観点を経由して、数を出力しています。
 
もしかしたら、学校によっては「関数とは何か?」について掘り下げる機会もないでしょうし、そんな中で、四則演算で出力されない関数と出会うため、慣れない対象に困惑してしまうのかもしれません。

さまざまな見方が必要

三角関数では、1つの対象をさまざまな見方で解釈していく必要があると思います。
 
これは、三角関数に限ったことではないのですが、高校で学ぶ数学からは、徐々にこのような傾向が強くなるように感じています。
 
最初は幾何学的な定義からスタートしますが、方程式や不等式が出てくるので、式を代数的に処理しなければなりません。最終的には、波のようなグラフを描くことになっていきます。
 
サイン・コサイン・タンジェントを、図形として見つつ、式として見つつ、さらにはグラフとして見つつ、それらの関わり合いを見つつ……と、多角的に対象を見る必要がある単元です。
 
そのため、部分的にブツ切りで学んでしまうと、「直角三角形なの? 円なの? 波なの? しかも、なんか公式いっぱいあるんだけど……! 意味わからない!」と、なんだか捉えどころのないものになってしまうのかもしれません。

さいごに

色々と書きましたが、ただ単純に「なんかアルファベットや記号が並んでいて難しく感じる」など、見た目上の問題もあるようにも感じています。
 
とはいえ、「1つ1つ『急がば回れ』で勉強していくことで、意外と多くの人が理解できる単元なのかもしれない」とも思います。
 
しかし、焦って勉強してしまう気持ちもわかりますし、ギリギリで詰め込もうとする気持ちも、すごくわかります。
 
多くの高校生は、勉強・部活・人間関係・文化祭などのイベントで、日々盛りだくさんでしょうし、優先順位もあると思います。そのため、「三角比・三角関数がよくわからなかった」ということは、十分にあり得ます。
 
それに、得手不得手もあり、理解に時間がかかる人もいらっしゃるでしょう。私自身も、苦手なことがたくさんあります。
 
もしも、あまり数学に詳しくない方で、この記事を読んでくださったのだとしたら、本当にありがとうございます。そして、数学に詳しい方も、ありがとうございます。
 
私も苦手なことをがんばりますので、少しずつ、さまざまな知識や技術を身につけられると良いですよね。
 
三角比・三角関数は応用例がたくさんあるので、少しでも身につけてみると、世の中を見る解像度が上がると思いますので、ぜひ。実社会への応用例などを紹介しているサイトなどを、以下に記載しておきます。

これは参照してみてほしい! 文献やサイト

①難波博之「学校では絶対に教えてもらえない 超ディープな算数の教科書」 | SBクリエイティブ
 
「定義と事実の切り分け」について、算数のトピックを例にしながら、わかりやすく解説されている本です。本記事でも引用しました。

②@drken「三角関数は何に使えるのか 〜 サイン・コサイン・タンジェントの活躍 〜」 | Qiita

三角関数の有用性を、多岐に渡って紹介している力作記事です。「三角関数って、何の役に立つの?」という疑問を持った人方は、読んでみると面白いと思います。

③グレブナー基底大好きbot「三角関数禁止法」 | カクヨム

三角関数の有用性を感じられる小説です。「今日から三角関数を使ったものは危険因子とみなす! 全員牢屋にぶちこめ!」など、パワーワードが飛び出す作品で、楽しく読めて、とても勉強になると思います。個人的には、ゲーム会社の社長が強制連行されるところが好きです。

④マスオ「ド・モアブルの定理の意味と証明」 | 高校数学の美しい物語
複素数平面の単元で出てくる「ド・モアブルの定理」について解説されています。「ド・モアブルの定理」を知ると、三角関数についての見通しが良くなると思います。複素数平面、あなたがいてくれて良かった!

⑤予備校のノリで学ぶ「大学の数学・物理」「【大学数学】フーリエ変換の気持ち【解析学】」 | YouTube
フーリエ変換について、解説している動画です。高校で学ぶ内容外ですが、②③の理解に役立つと思います。10分程度の動画です。

⑥マスオ「オイラーの公式と複素指数関数」 | 高校数学の美しい物語
こちらも高校で学ぶ内容外ですが、やはり三角関数と言えば、「オイラーの公式」は欠かせないと思うので、紹介しておきます。

注意

最初に言及した「とある衆議院議員の方のツイート」についてですが、批判する場合は、あくまで「意見」を批判し、誹謗中傷などはやめましょう。