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長年かけて作り上げた城が崩れ去るのを前に涙を流す郊外の主婦〜ジュリアン・ムーア〜

ACTORS PROFILE Vol. 28

ジュリアン・ムーア
「メイ・ディセンバー ゆれる真実」


1960年アメリカ生まれ。長年かけて作り上げた城が崩れ去るのを前に涙を流す郊外の主婦。

 グレイシーはかつて世間を騒がせた女性だ。何でも子供のスクールメイトで、当時13歳のジョーとのロマンスがバレて、逮捕・収監されたのちに獄中でジョーとの子供を出産したらしい。20年が経った今、二人は子供たちと一緒に閑静な町で暮らしている。だが当時の事件を映画化するためにグレイシー演じる俳優がリサーチのために夫婦のもとを訪れることになる。

 ▲ムーアと本作の監督トッド・ヘインズは切っても切り離せない強力なコンビだ。1995年の「SAFE」以来、「エデンより彼方に」「アイム・ノット・ゼア」「ワンダーストラック」と、ヘインズ監督作に出演してきたムーア。この二人にかかれば一見して、美しく平穏で退屈な郊外の生活も美醜入り混じる蠢きをもって浮かび上がってくる。

「SAFE」より。

「SAFE」は閑静な郊外に住む主婦が突如として、身の回りの環境に対して精神的にダメージを受け始めるという物語で、「エデンより彼方に」は50年代を舞台に完璧に思えた暮らしをしていた主婦が夫がゲイであったことを発端に、その暮らしや環境に歪みを感じ始める物語だ。この二作品でムーアは時代は違えど、その郊外での平穏な暮らしに波を立てる存在の主人公を演じていた。

 ▲だから「メイ・ディセンバー ゆれる真実」でのグレイシーの役柄は、彼女の持つ過去に重大な違いはあれど、郊外に住む主婦という設定はヘインズ作品ではいつものテリトリーに見える。だがグレイシーの未成年との関係という過去が、過去作でのキャラクターに一線を引く。エリザベスが役作りのリサーチを進めるごとに、本心の分かりづらいグレイシーの表層を徐々に剥いていく。真に迫っていくエリザベスに対して動揺を隠せないグレイシー。

 ▲グレイシーが作り上げた城がだんだんと崩されていく。ムーアはそのメロドラマな様子をもろく繊細に魅せて、作品のレヴェルを引き上げることに成功している。


ジュリアン・ムーアとアカデミー賞

・第70回アカデミー賞(1997)助演女優賞候補:ブギーナイツ

 「ショート・カッツ」や「42丁目のワーニャ」「SAFE」など批評家に愛された演技を連発したムーアだが、ポール・トーマス・アンダーソン監督の「ブギーナイツ」ではじめてのオスカー候補入りを果たした。ポルノ業界を舞台にした今作で子供の親権を争う女優アンバーを演じた。自暴自棄になりドラッグに手を出す荒んだ様子だが、撮影チームの母的な立ち回りで温かさもある演技だった。それでも受賞は「L.A.コンフィデンシャル」で物語のカギを握るミステリアスな女性リンを演じたキム・ベイシンガーだった。ハリウッド黄金期のクラシカルな雰囲気で、間違いなくベイシンガーのベスト演技。素晴らしい。

・第72回アカデミー賞(1999)主演女優賞候補:ことの終わり

 ニール・ジョーダン監督の「ことの終わり」で2年ぶり2度目のノミネートを獲得したムーア。レイフ・ファインズ演じる主人公の作家とかつて関係のあった女性サラを演じた。官能的なムード溢れる本作で、第二次世界大戦後のイギリスの空気に溶け込むパフォーマンス。受賞したのは「ボーイズ・ドント・クライ」のヒラリー・スワンク。悲劇的なトランスジェンダーのブランドンを演じた。壮絶すぎる今作は、今見ても衝撃的だ。

・第75回アカデミー賞(2002)主演女優賞候補:エデンより彼方に

 名コンビのトッド・ヘインズ作品「エデンより彼方に」で3度目の候補に挙がったムーア。この年は「運命の女」のダイアン・レイン、「シカゴ」のレネー・ゼルウィガー、「フリーダ」のセルマ・ハエック、「めぐりあう時間たち」のニコール・キッドマンと大混戦。前哨戦も受賞者が割れた。誰にも受賞チャンスがある接戦だったが、「めぐりあう時間たち」のキッドマンにオスカーは渡った。3つの時代に分かれる物語のため、114分の尺でキッドマンの出演時間はわずか23分ほど。それでもヴァージニア・ウルフ役で憂鬱全開の演技は胸を締め付けられた。

・第75回アカデミー賞(2002)助演女優賞候補:めぐりあう時間たち

ムーアダブルノミネート達成。「めぐりあう時間たち」で、50年代ロサンゼルスの郊外に住む、恵まれているものの満たされない気持ちをじわりと滲ませる主婦を演じた。それだけ彼女に勢いがあったこと、作品に恵まれていたことを証明する。この年の本命は「シカゴ」のキャサリン・ゼタ=ジョーンズ。大方の予想通り彼女が受賞した。オープニングからグッと掴む圧巻のミュージカルパフォーマンス。触れるな危険のヴェルマ・ケリーをデンジャラスに演じた。ムーアはこの年、手ぶらで家に帰ることとなった。

・第87回アカデミー賞(2014)主演女優賞受賞アリスのままで

 12年という長い間、オスカーと縁遠くなっていたムーアだったが、「アリスのままで」で若年性アルツハイマーを診断される言語学者アリスを演じた。徐々に記憶がなくなっていき、何をしようとしていたのか、周りにいる者が誰なのか、自分が誰なのか分からなくなり、困惑し、悲しむアリスを熱演した。受賞するのも納得。初のノミネートから17年、初めてのオスカーに輝いた。おめでとう。

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