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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』 (19)桃子! お前、案外かわいくて美人だな。

権代喜三郎は現代のプロレスのあり方に疑問、否、不満を持っていた。格闘技のバックボーン(基本)もないのに、飛んだり跳ねたり相手の協力なくしては絶対決まるはずのない大技を連発。特に聞いていて赤面するようなくさいセリフでのマイクパフォーマンスは唾棄してやりたい程だ。
” 格闘技を騙った肉体芸人ではないか“

そんな権代とてプロレス界に長年席を置いており、業界内の約束事に則ったプロレスをやってきた。でも、道場では別である。ちょっとばかり人気になって勘違いするレスラーがいれば、シメてやることも少なくない。権代は実力あっても現代のショー化されたプロレスからは地味で受け入れられずメインイベンターには程遠い。

けっ!そんな肉体芸人みたいな練習ばかりしてるから女にやられるんだ…。
今度は道場でセメントを磨いてきた俺があの女をぶっ倒しに行ってやる。
昭和プロレス最後の継承者、権代喜三郎がNOZOMIの待つリングに向かった。彼とてシュートマッチは初体験なのだ。

NOZOMIは保守的な権代の考え方には賛同できないが、頑固一徹、自分の信じる道を貫く姿には好感を持っていた。
彼女は “これは切ない試合になる” と思っていた。権代は実力があっても、その不器用な生き方から日の目を見ない。それは古い考えに固執するからだ。

”もう昭和プロレスの時代じゃないの、プロレスは最強を目指す格闘技ではなくなったの。あの時代は総合格闘技といえばプロレスを指していたかもしれない。現に様々な格闘技をバックボーンにしたシューターはいっぱいいたようね? でも、現代ではMMA等の格闘技が出てきて枝分かれした。頑固にストロングスタイルばかりを追求していれば、権代さん、アナタのプロレス界での居場所がなくなってしまう”

NOZOMIがこの試合が “切ないものになる”
と思う理由は二つあった。
権代が信奉する、昭和先人レスラーから受け継いできたストロング・スタイルのプロレスはもう過去のもの。彼の信じてきたものを自分の手で打ち砕いてしまうことが切なかった。新旧の相克の中で敗れるものは淘汰される運命なのだ。
時代は昭和ではない! それはNOZOMIの目指す『格闘技ジェンダーレス』の考えに通じるものがある。女は男より(格闘技)弱いという昭和の固定観念をなくしたい。

それと、切ない試合になりそうなもう一つの理由? NOZOMIはセコンドに就いてきた鎌田桃子の横顔をチラッと見た。彼女は権代喜三郎の顔を心配そうに凝視している。

ゴングは鳴った。

この試合の詳しい模様は、本編 『女豹の恩讐』(52)関節技の鬼〜(53)初恋?鎌田桃子
をご覧下さい。

試合開始早々、NOZOMIのジャブが権代の鼻筋にヒット。その鋭いジャブに権代は驚きの表情を隠せないが、ニヤッと笑うと顔を突き出してきた。
それを見たNOZOMIのセコンド鎌田桃子は目を覆った。“ 権代さん、これはプロレスじゃないの、、真剣勝負で、ましてやNOZOMIさんを相手にそれをやっちゃだめ!”
案の定、顔を突き出した権代の左側頭部にNOZOMIの右ハイキックが飛んできた。
いくら、道場内でセメント(ガチンコ)を磨いてきたとはいえ、長年プロレスだけをやってきた権代であり相手の技を受けてしまうというくせは抜けない。

あの強烈なハイキックを食らっては、いくら頑強なプロレスラー言えども立ち上がれる筈はない! と、リングを這っている権代を見ながらNOZOMIは思った。
しかし、不敵な面構えで権代は立ち上がると、逆に突進してきた。ショルダータックルからNOZOMIをコーナーに追い込みボディースラム。そのままプロレス流のラフファイトが続く。NOZOMIの逆襲も平然と受け止めるタフさに呆れるしかない。

“ 私はプロレスを侮っていたのかも? 重くてタフだ、、権代さんは44才? 彼が10若ければ私は勝てない?かもしれない…”

MMA等の真剣勝負格闘技は、いかに相手の攻撃を避けるか、そして出来るだけ早く仕留めるかという練習に徹する。
しかし、プロレスは違う! 相手の技を受けいかに脱出するか? それを客に魅せることが最も大切なのだ。受けてこそ成立するプロレスという世界。必然的にその肉体は頑強になり受け身がとにかく上手い。
関節技の鬼と称される権代のプロレス流サブミッション、必殺脇固めにNOZOMIの関節が悲鳴を上げそうになる。このサブミッションは柔術における関節技とは別種のもので流石のNOZOMIも焦りを感じる。
しかし、雌蛇のようなNOZOMIの身体の柔らかさはそれを極めさせない。驚いたような表情の権代がラフファイトに出る。

ジワジワとNOZOMIが反撃の機会を窺っている。44にもなる権代はスタミナが消耗してきたようだ。雌蛇NOZOMIの肉体がニュルニュルと権代の身体を這いながら絡み付いてきた。両腕が権代の首に、両脚が胴に大木に巻き付く蔦のように巻き付く。
無間蛇地獄の完成だ! それでも驚いたことに権代は抵抗している。他の格闘家ならばあり得ないプロレスラーのタフさ。

NOZOMIはプロレスラー権代喜三郎の強さに正直驚いていた。でも、いくらセメントの鬼と言っても、権代のプロレスはプロレス内シュートであって古い。プロレスから枝分かれ?した、競技化されたMMA等の総合格闘技は日々進化してきたのだ。
しかし、純プロレスの方向性は違うところに向かっている。単に強さだけを追求するならば総合格闘技を目指すべき。しかし、権代喜三郎は若くはなく、心の底からプロレスを愛しているのだ。それは戦っているNOZOMIも、それを見守っている鎌田桃子も痛いほどよく分かっていた。

“もう昭和の幻想は通用しないの。でも、権代さんの信じるストロングスタイルのプロレス、そのスピリットは不滅です”

権代さん、ごめんなさい!

NOZOMIは勝負を決するため非情なる鉄槌を下す。絞め上げた状態で権代の顔面を容赦なく殴打する。次第に顔が変形し血に染められてゆく。そんな権代をリング下から鎌田桃子が涙まじりに見つめている。

レフェリーストップ!
NOZOMIがTKOで権代喜三郎を下した。

うつ伏せで失神している権代。
セコンドのウルフ加納が号泣しながらリングに飛び込もうとした時だった。
なんと、NOZOMIのセコンドに就いていた鎌田桃子が、NOZOMIを祝福するより先に倒れている権代喜三郎に近づきその背中に触れた。そして大声で泣きながら叫んだ。

「権代さん、ナイスファイト!!!」

NLFSでNOZOMIの片腕として、そこの所属選手兼鬼コーチも努めている鎌田桃子は、この物語進行時点、権代喜三郎所属する帝国プロレスに派遣選手として定期的に参加していた。プロレスという他の格闘技と異なるものに興味があり、そこから何かを学び NLFSに役立てたいと考えていた。桃子は女子ながら身長180cm、ウェートも80㎏を超え肉体も頑強だ。男子レスラーと相対しても全く遜色ない。女子レスラーとしてではなく、男子レスラーと同じリングに立っていた。女子相手では力が違い過ぎて試合にならないからだ。

桃子はプロレスに夢中になっていた。
彼女の参加で帝国プロレスのリングも活気を呈し客足も伸びていった。そんな桃子を何かと面倒を見てかわいがってくれたのが権代喜三郎であった。

「桃子! お前が来てからうちのリングも盛り上がってきたな。きちんとした格闘技の基本もあるし、うちの若い連中にも見習ってもらわないとな、ワハハ!」

桃子は気取ることのない権代に好感を持っていた。とても良い人だと思った。

「桃子! お前、、よく見ると案外かわいくて美人だな。ワハハハ!」

酔った勢い?で、権代は照れくさそうに桃子にそう言った。
男性にそんなことを言われたのは初めてだった。ジョークであっても、悪い気はしない。それどころかドキドキしてしまう。
格闘技一筋の桃子は、自分が女であることなんて捨てていた。恋なんて、ましてや結婚だなんて考えたこともない。

権代も44になるまで独身を貫いている。
否、貫いているというより、シャイで不器用な彼は好きな女性に自分の気持ちを伝えることなんて出来る筈もない。

「俺は女に負ける訳にはいかない。お前ンとこの大将(NOZOMI)をぶっ倒すけど許せ。俺が勝ったら結婚してくれないか?」

桃子は試合前夜、権代にプロポーズを受けていた。ハートがキュン!としたが、それには黙って頷いた。

NOZOMIの無間蛇地獄からの絞め技と顔面への殴打で、血の海に沈み失神している権代から離れられない桃子の様子を見ながらNOZOMIはそっとリングを降りた。

意識を取り戻した権代は、桃子と目が合うと悔しそうに呟いた。

「女にガチで負ける男なんて、お前と所帯を持つ資格なんてないな…?」

桃子は大きく首を横に振った。
彼女としても、NOZOMIの魔女的強さは知っていたので、こういう結果になることは想像していた。しかし、勝てないまでも、権代喜三郎の戦う姿、その男の闘魂に桃子は惚れてしまったのだ。こんな気持ちは初めてだった。鎌田桃子の初恋であった。
後に、この二人は結ばれる。


さて、いよいよ次回からは堂島龍太、麻美兄妹の物語となっていきます。
更新は今週後半の予定。



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