ゼロから開発された街

新しい住まいは夫の勤務先であるマニラの経済中心部マカティから東に5キロほどの場所に位置する「BGC（=ボニファシオグローバルシティ）」という街にある。

東京で例えてみると通勤先が新宿で家が六本木ミッドタウンにあるような距離感だ。元々、BGCはフィリピン軍の軍用地（戦時中は米軍基地）であった場所を1990年代後半から財閥が主体となって不動産開発を行った街である。オフィス、住宅、商業施設がきれいに整備され、街全体が六本木ヒルズや東京ミッドタウンのような雰囲気なのである。各国のインターナショナルスクールや日本人学校などの教育施設が豊富であるため、フィリピン人富裕層や外国人、多くの駐在家庭が住む多様な国際都市である。

この20年間絶え間なくマンション、オフィスビルが建ち続けているため、価値も跳ね上り、長く住む日本人にとっては「あの時買っておけば、、、」の極み、だそう。街を歩いているとよくマンションセールの勧誘に遭遇する。一度販売価格を聞いてみたが到底手に届かない数字だった。

鉄道駅がないため交通手段は車のみ。我が家は車を所有していないためGrab（グラブ）という配車アプリを利用している。ローカルのバス路線もあるが時間が読めないので在住ファミリーには利用しづらい。また、周囲の街からアクセスできる幹線道路が極めて少なく常に渋滞しており、車で15分の距離でもラッシュ時は1時間以上を要するため若干陸の孤島の感じもある。将来的には地下鉄駅が建設される予定なのでアクセスが向上するとさらに活気があふれることになるだろう。

若々しい雰囲気の安全な街

気温と湿度が落ち着いた乾季の1月は、そこそこの暑さとカラッとした気持ちの良い風が吹く。おしゃれなカフェやレストランが立ち並ぶパブリックスペースが整備された超高層ビルの足元と、南国らしい緑に囲まれていると、フィリピンにいる気がしない。

街には、トレーニングウェアにでかいタンブラーを持って歩いている人、高級ブランドのジャージを着て日本では見かけない種類の犬を散歩させている人（首輪とストラップはブランドのロゴ入り）、モードな服を身にまとってその辺の壁を背景にスナップを撮る若者、普通の服装の人でもとにかくそこかしこでポーズを決めて自撮りしまくる人、ジェンダーレスな人、とにかくどこの国から来たのかわからない若者がたくさんいる。日本人の駐在ファミリーなんてかなり少数派だが、誰も他人のことなど気にしていないので気楽に過ごせる。文化的なノリもとても若々しく毎日が何かのお祭りにあふれている。

一方で隣接しているローカルの街との間にはあからさまな界壁が設けられているのには驚く。ホームレスファミリーやスリや物乞いもおらず、安全に過ごせてよいのだが、たまに街を出るたびに世界が違いすぎて海外旅行の気分になる。今のところこの街から徒歩で隣の街に出たことはない。

公の存在感が全くない

BGCに住み始めて真っ先に感じた違和感が図書館や市民ホールがないことだ。よくよく考えてみると、教育施設もすべて私立で公立の小中学校がない。富裕層向けの都市なのでまぁそうなるか、と思ってしまうが福祉や公共サービスがほとんどないこの街は、街づくりからして格差社会を助長していることに気づかされる。

また、街中の緑は多いが、遊具のある公園が非常に少ない。子供に滑り台をさせてやるとなると、コンドミニアムの小さな遊具か、遊具を備えた公園かモールに車で出向くか、有料の屋内のプレイグラウンドという選択肢となる。暑いのと、雨季があることから外で子供を遊ばせるという発想自体がないのかもしれない。また治安上、公の力だけでは公園の安全が確保できないのかもしれない。しかしシャングリラホテルに併設されているプレイグラウンドの年会費はなんと30000ペソ（＝78000円！）という事実には驚愕する。

実は郵便局や予防接種会場、教会などはモール内に存在する。国民の8割が敬虔なキリスト教徒で日曜には礼拝に出かける人も多いのだが、いずれも客呼びのためのデベロッパーの戦略だ。不動産系財閥の力がとても大きいとは聞いていたものの日常生活がここまで民営化（？）されていることに直面すると、商業活動至上主義を実感せずにはいられないお国柄なのである。