見出し画像

この日常の退屈さに立ち向かう英雄性、シニシズムと厭世と冒険と、

四月二九日

ある疲れはてた戦慄的恐怖とともに、限界点は踏み越えられる。希望とは、疲労が世界の必然性に寄せる敵意のごときものだ。

ジョルジュ・バタイユ『内的体験』(出口裕弘・訳 平凡社)

午前十時五二分。濃緑茶(能力茶)、日清チョコフレーク。いつもより早めに起きたのでいつもより余裕をもって書けそうだ。きょうは昭和の日ということです。裕仁の誕生日。裕仁という人物は研究対象としてはひじょうに面白い。そういえば高橋源一郎がさいきん『DJヒロヒト』という小説を出した。たぶん読まないと思うがね。この人の小説はいつもタイトルだけで満足してしまう。『ジョン・レノン対火星人』も読んでない。いまは小説よりも句集や歌集を読むほうが楽しい。衆院の三つの補選で自民党が「全敗」したとさっき知った。なんであれ私は「マジョリティ的傲慢さ」が嫌いだ。「自分がその正当性を説明しなくても誰かが説明してくれる」という蒙昧な集団意識やその知的怠慢が嫌いだ。きのうはバスマットなどを洗濯をしてシンク下を整理した。ブリゴキの死骸がなくてよかった。あとニート論の原稿書きを開始した。いま俺に一万二千円を借りている爺さんが夕方、春巻きと缶ビールを持ってきた。夜八時ごろアオキでカナダ産豚バラスライスとネギを約四五〇円で買った。深夜それらを炒めて食った。ネギの青い部分を捨てる人がいるようだけど信じられない。その部分は炒めるとたいへん美味だし見た目も美しい。ネギを買い物袋からはみ出させているのはみっともないと思っている人が少なくないようだが、俺はむしろはみ出させたい。だからネギを買う時はわざと小さめの買い物袋(エコバックという言葉は好かん)を持って行く。前も書いたけど「いろいろやってる感」を出したいんだよ。これからは「生活感」の半端ない人間を目指していくよ。
西川一三『秘境西域八年の潜行』(芙蓉書房)の上下巻を通読した。
これを買ったのはあの大風邪を引く前日だったので、たぶん三月の終わり近くか。げんざいではなかなか入手しにくい本だそうだが四〇〇円で買えた。これだから古書店通いはやめられない。本書、日本人による「探検録」のなかでも屈指の出来栄えで、このまま凡書の山に埋もれて忘れられてしまうのは惜し過ぎる。著者はいわゆる探検家ではない。彼は日本の特務機関の一員だった。軍の命令で、蒙古人のラマ僧(ロブサン・サンボー)になりすまし、寧夏省や青海省、チベットやネパールなどを潜行(密偵)した(最終的にはインドで逮捕され、日本に送還された)。その長く過酷な行路は「盛ってるだろ」と思わせるような珍談奇談の連続。個人的には、下巻に出てくる、「モンキィ・ポケット(猿の袋)」なるものを奥歯の奥に持っている囚人魔術師の話がいちばん面白かった。その袋の作り方が書いてあるので引用する。

それによると、まず飴玉のような鉛玉を糸に吊し、その鉛玉に炭酸を塗って下奥歯の根もとに置く。そしてしばらくして糸を引いて鉛玉をだし、また鉛玉に炭酸を塗って前のところに載せる。それを幾回となく繰り返しているうちに、鉛玉を載せた部分の肉は炭酸でしだいに腐蝕して、鉛玉の重みで歯肉に穴ができてゆく。穴ができると塩水でよくうがいをしては穴を清潔にし、そして鉛玉に炭酸を塗っては穴に入れる。幾回となく繰り返すと、穴は鉛玉の重みで下へ下へと掘られて、猿のように奥歯の奥に袋の穴を造ることができるのである。

この袋の持ち主はそこに宝石などを隠して密輸するらしい。こんな話は冒険でもしないと聞けない。井上靖が「大いなる嫉妬」を感じたのも分かる。西川が生まれたのは一九一八年で没したのは二〇〇八年。沢木耕太郎は彼に会っていて、『天路の旅人』という本を書いている。大陸で何度も死線をさまよう大冒険を終えた西川は帰国後、この「手記」を書き上げたのち、盛岡に移住し、化粧品卸の店を営みながら地味に暮らしたという。

三週間以上もかけて読んだのは久しぶり

この日本には日常の退屈さに耐えかねて冒険を企てる人間が少数ながらいる。ほとんどの人間はひごろ冒険に憧れながらも冒険できないでいる。息を吸うように「損得勘定」している人々からすれば身の危険も顧みずに行動してしまうような人々はただの馬鹿だ。冒険はいつも危険と背中合わせであり、どこかでテロ組織の人質になどなろうものなら、「バッシング」を受けかねない。いまバッシングに括弧をつけたのはそういう社会現象には実体などないと直感しているからだ。ちなみに飲食店でバッシングといえば食事の済んだテーブルを片付けること。非難のバッシングはbashingで片付けるほうのバッシングはbussing。liceはシラミでriceはコメもしくは国務長官。河口慧海の『チベット旅行記』を再読したくなった。さんざめく川底。論理的に考えるペニス。シャープペン・はうえる。ミッテランの陰毛。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?