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<生存の不可能性>についての覚え書き、あるいは熾天使の遺骨と豚の睾丸の終末論的乱交パーティ、

三月十二日

現実には「労働力」という商品は、それだけを独立に配送することはできない。それは「労働をする人間」から一寸たりとも切り離すことはできない。すなわち「労働力」を売る人間は、それを行うためにはその場に行かねばならず、「労働力の発現としての労働」と一体となって動いてなければならない。
結局、人間が売り買いされるのである。「労働力」という「特別の商品」という断り書きだけでは、論争の場以外の実際社会では、何の救いにもならない。逆にむしろ「労働者」は自分のもつ「労働力」の付随物として絶えず「労働力」に依存していなければならない。販売主体どころではない。「疎外」問題が起こるのは当然である。

藤田省三『全体主義の時代経験』(みすず書房)[原文傍点→太字]

午前十一時五十六分。山本五十六。ブーゲンビル島。モーニングアタックシャミ4発。紅茶、コーヒー、ハンバーグ、イネ科植物の種子を水に浸しながら加熱したもの。このごろ起床後に空嘔が出そうになる。出るんじゃなくて出そうになる。「さとり世代」とかいう言葉が死ぬほど嫌いだ。他者規定においてであれ自己規定においてであれそういう紋切り型世代論にはつねに耐えがたい欺瞞臭が漂っている。たぶんそうした「世代」に属しているほとんどの人間は「最低限の生活さえ送れればいい」なんて素朴には思っていない(そもそも「最低限の生活」が送れるだけでもかなり恵まれているのだけど)。誰もが大なり小なり諦念とは程遠い感じで藻掻き苦しんでいるだろう。かりに悟ったように見える人間がいたとしてもそれはただの抑鬱症状。「いまどきの若者」などいったいどこに存在しているんだ。「欲望が無い」というのはどういう意味だ。ジジイどもはひっこめ。マーケティング戦略野郎どもはひっこめ。ああ旅に出たい。「ねえなぜ旅に出るの」「苦しいからさ」「あなたの苦しいはちっとも信用できません」「正岡子規三十六尾崎紅葉三十七斎藤緑雨三十八嘉村磯多三十七芥川龍之介三十六・・・」「それは何」「あいつらが死んだとしさ、ばたばた死んでる、俺もそろそろだ」。論理的に考えて生き続けることは不可能だ。このことを理解している人間はほとんどいない。というかいない。俺は「生存の不可能性」を直観することの出来た最初の理性人かもしれない。「真正の厭世者」は俺だけだ。俺以外の人間はみな「なんちゃって厭世者」に過ぎない。たまたま自分の境遇に不満があるからこの世を呪っているに過ぎない。眼を見れば分かるんだ。哲学の歴史は俺からはじまる。ソクラテスなんか話にならない。酔っ払いを乗せるのは誰だっていやだよね。こんなふうに道のど真ん中で泣いてるのも迷惑だよね。イスラエルのパレスチナ人虐殺を報道するのに「憎しみの連鎖」なんて馬鹿な言葉を使うのは止してくれ。「どっちもどっち」的な印象を人々に与えるだけだから。今回のハマスによるイスラエル攻撃に至る前史を見ないでそれだけに注目してしまう不条理さ。1948年からのイスラエルの歴史はジェノサイドの歴史といってもいい。気が滅入る。戦争、紛争、虐殺、拷問、独裁、人種差別、病気、地震、水不足、環境破壊、異常気象、搾取、パンデミック、火災、飢餓、生存競争、労働疎外、経済格差、学習性無気力感、強迫神経症、失業、ホームレス、毒親、貧困、いじめ、嫉妬、抑鬱、パワハラ、モラハラ、不登校、社会的孤立、依存症、<剥き出しの生>、交通事故、多重債務、ルッキズム、引きこもり、自殺、絶えざる不安、苦しみの共有不可能性、ネグレクト、家庭内暴力、倦怠、寒さ、老衰、死。人生は素晴らしい。

本質的なものに触れたのは落伍者だけだ。なぜか。人間の条件のもっとも近くにいるのが彼らだからであり、彼らのうちにのみ、私たちの現実の姿が見られるからである。落伍者は私たちと同じような人間だが、しかし彼は、その秘密を守ることができず、それを洩らし、それを見せびらかす。だからこそ、私たちは落伍者を恨み、彼を避ける。つまり、私たちは、ルールを守らなかったと言って落伍者を非難し、私たちを裏切ったと言って彼を咎めるのである。

E.M.シオラン『カイエ:1957-1972』(金井裕・訳 法政大学出版局)[原文傍点→太字]

俺の書くものは後世必ず読まれるだろうか、とつい考えてしまう。俺の厭世思想は死後に発見されるだろうか、と。「厭世的青少年たちの偶像」になれるだろうか、と。たぶんそうはならない。賭けてもいい。自分の凡庸さに俺は気付きつつある。俺はあまりにも明晰なのでそのへんの愚人のように己惚れることが出来ない。俺が周囲の人間を見下すような文章を書きたがるのも自分の凡庸さに気付いているからなのです。ビールが飲みたい。でもこれから図書館に行くんだ。アスファルトに咲くトリカブトの花。

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