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【歴史小説】北風の賦 全6章+付録

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「今に見とれよ、お前を一介の御用聞きとして、目の前に這いつくばらせたるからな」……兵庫津の北風荘左衛門は、旧友瓦林加介の誘いに乗り、荒木村重の反乱計画に加担する。狙うは、魔王織田… もっと読む
歴史小説「北風の賦」を、まとめて読んでいただくことができます!「まえがき」「英雄のいない摂津 〜『… もっと詳しく
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「北風の賦」まえがき

 この小説は、現在の神戸港に当たる、兵庫津を舞台にしています。  その地には、南北朝時代以来、「北風家」という商家がありました。  明治維新に至って、その財力で大いに尊攘の志士を助けたものの、ついには身代を傾け、倒産・絶家してしまったといいます。  しかし初めから商人だったわけではなく、そもそも武士として立身し、それに挫折したことで、やむなく商売を始めた、ということのようです。  室町時代の半ばに、北風家は二流に分かれました。  一方は「嫡家」、もう一方は「宗家」を名乗り、相

北風の賦 第一章【総集版】

「あんた、どこ行くんよ」  妻の於福ときたら、すっかり眠り込んだとばかり思っていたのに、とんだ狸寝入りじゃないか。  のっそりと筵から起き上がる気配がして、暗がりの向こうで声がしたものだから、北風荘左衛門は途端にビクつき、土間の簀子のところでハタと動きを止めた。  思わず目を落とすと、着流した小袖の裾から、おのれの痩せた毛脛が覗いている。 「どこにも行きゃあせんわ」 「行きゃあせんたって、あんた、草履を履こうとしとうやんか」 「ちょっと厠まで小用」 「ウソ。今まで裏の厠まで行

北風の賦 第ニ章【総集版】

 未の三つ時(午後二時過ぎ)に家へ帰ってくると、於福は桶と柄杓を手に、門前の白洲へ水を撒いていた。 「今帰ったで」  ご挨拶なことに、ブスッとむくれ返って、亭主の方を見やりもしない。背後の雑木林で、黃鶲がのんきに啼いている。 「帰ったで、ちゅうとんのや」  近寄りざま、むんずと豊かな臀を掴み上げてやると、キャッ、と娘っ子のような声を出した。 「何をしとうんじゃ」 「何も糞も、夫婦の挨拶やんか」 「先だってから、六右衛門さんがいらッしとうよ」  目尻を怒らせ、やや受け口の唇をと

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北風の賦 第三章【総集版】

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北風の賦 第四章【総集版】

 荒木村重は、天正元(1573)年に上洛してきた織田信長を逢坂関で出迎え、 「摂津一国十三郡、それがしに切り取りをお命じあらば、一身を顧みずこれを鎮める所存」  と大見得を切ったとされる。  信長意地悪くニンマリして、腰の本差を抜き放つと、膝元の饅頭を三つばかり突き刺し、村重へ差し出してのたまうには、 「食ってみろ」  と。 「有り難く頂戴いたす」  鋭く睨み返しつつも、体ごと口を運んでパクパクとやった次第の荒木である。  信長もこの豪胆には大喜び、呵々大笑して、即座に摂津一

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北風の賦 第五章【総集版】

「中川瀬兵衛まで、寝返ったと言うのか」  甲山の谷間に、瓦林加介の叫びが響き渡った。  早瀬に浸かった草鞋の足指が、凍るように冷たい。息は吐いたそばから白く膨らんでいく。 「おい、チイとは声を潜めろや。郷民どもが聞きつけたら、うろたえてまうやろうが」 「ああ、左様であるな」  北風荘左衛門の方からたしなめるなど、長いつきあいの中でもほとんどなかった。加介が無頼から足を洗い、武家の末裔ぶった生き方を始めてからは、なおさらのことだ。 「確かな話やろうな。出任せやったら、その素ッ首

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北風の賦 最終章【総集版】

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英雄のいない摂津 〜「歴史小説・北風の賦」あとがきにかえて+参考文献

 どんな土地にも、郷土の英雄、というものがあるかと思います。  中部地方の三英傑を筆頭に、薩長には維新の三傑が、土佐には坂本龍馬が、甲信越にも武田信玄や上杉謙信がいます。  もう少し全国的な知名度を下げても、徳島には三好氏が、栃木には足利氏が、山口には大内氏が、岩手には奥州藤原氏が、江戸には太田道灌、和歌山には雑賀孫一、……などなど、名の知れた歴史上の有名人がいるものです。 (県民意識と違っていたらごめんなさい)  しかし、古代から長らく先進地帯だったはずの摂津国、今の大阪

【エッセイ】845年目のイニエスタ

 地下鉄和田岬駅の二番出口から地上へ出ていくと、JRの線路の車止めが目の前にあった。 「これはここで終点なんだよ」  と、ポワールが指さした。 「へえ」  と私はうなずく。 「和田岬線は、兵庫と和田岬の二駅しかないんだよ。ずっと昔は、鐘紡前駅とかあったみたいやけどな」 「ふうん」 「鐘紡って、あの化粧品のカネボウ。今のクラシエ」 「はあー」 「神戸大空襲で壊滅的な被害を受けてから、再建されなかったらしい」 「それは、ほんとに昔やね」  ポワールは、別に鉄ちゃんではない。兵庫県