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第85話 藤かんな東京日記⑨〜AVの仕事のおかげで危機を免れた〜


婦人科で異変を知らされる

 2023年11月20日、渋谷の婦人科へ行った。翌月のAV撮影のための性病検査だ。AV撮影では男優女優ともに、撮影の1ヶ月以内に性病検査をすることが義務付けられている。
 検査はいつも淡々と進んでいく。まず綿棒で口内粘膜を採られ、次に採血をする。そして触診台に仰向けに座り、膣内の粘液や組織片を採られる。問診はあってないようなもので、「何か気になることはありますか?」「いえ、ないです」と簡単な会話で終わる。
 これがいつもの流れだった。しかしこの日は違った。診察室を出る前に先生に呼び止められた。
「右足の付け根に、発疹がありますね。いつから?」
 先生は私の目を見ず聞いた。
 昨夜、風呂に入る前に、右足の内腿に赤い発疹ができているのを見つけた。小さな水膨れがプツプツあり、不気味だったが、すぐに治るだろうと気に留めていなかった。
「昨日からです」
 そう答えると、先生は私の目を見て、「皮膚科に行ってください。できれば今日中に」と言った。
 その目に妙な緊迫感を感じ、「わかりました」とだけ答えて、診察室を出た。

皮膚科で危険を宣告させる

 婦人科の帰り、家の近所の皮膚科に行った。平日の昼だったのもあり、院内は空いていた。すぐに診察室に呼ばれ、先生に内腿の発疹を見せた。
「水疱性の帯状疱疹ですね」
「ええ!」
 思わず声が出た。帯状疱疹は神経性の怖い病気だと聞いたことがあったので、まるで余命宣告をされたような絶望感を覚えた。
「痛みはないですか?」
 先生は少し同情した表情で聞いてくる。そういえばここ1週間前くらいずっと右半身がピリピリしていた。小さな針で刺されるような感じである。その旨を伝えると、「間違いなく帯状疱疹ですね。このウイルスは神経に潜んでるから、発症すると神経痛を起こすんですよ」と説明された。あれは神経痛だったのか。
「危ない病気なんですか?」
 恐る恐る聞いた。「危ない病気です」と言われても困るし、「後遺症が残ります」なんて言われたら、どう反応していいか分からない。聞いても不安を増長させるだけだと分かっているけれど聞いてしまった。
「大丈夫です。発症から気付くのが早かったのでちゃんと治ります」
 先生は少し微笑んでくれた。肩の力が抜けるのを感じた。
「抗ウイルス薬と、神経の状態を整える薬を出しておくので、必ず飲み切ってください」
 診察が終わろうとしていた。
「感染るんですか?」
 3週間後にAV撮影がある。仕事に支障が出れば大変だと思い聞いた。
「患部をゴシゴシ触ったりすれば感染りますが、そこまで神経質にならなくても大丈夫です。唾液で感染するので、同居人に小さい子供や高齢の方がいれば、食事は別にした方がいいですね」
 帯状疱疹は水疱瘡を起こすウイルスが原因らしく、過去に水疱瘡に罹った大人はみんな、このウイルスを体に持っているとのことだった。なので、ウイルスをまだ持っていない幼児や、免疫の低い高齢者は症状が出やすいらしい。
「帯状疱疹は体が疲れて免疫が下がった時に出るのもなので、できるだけ休んでください」
 最後にそう言われて、診察室を出た。
 1週間前、13日間にわたるエイトウーマン写真展があった。私はそこで毎日スタッフとして受付をしていた。そして写真展の様子をnoteの記事にして、毎日公開するということをしていた。写真展開催中はそこまで疲れを感じなかったが、多少無理はしたかもしれない。
 寝不足と疲れやな。そう思いながら皮膚科を出て、近くの薬局へ行った。

「抗ウイルス薬は、今すぐ1回分を飲んでください」
 受付で薬を用意してくれた年配の女性の薬剤師が言った。「今すぐ」の言葉に緊張した。
「やっぱりこれって危ない病気なんですか」
 また聞く必要のないことを聞いた。もはや怖いもの見たさ、いや怖いもの聞きたさかもしれない。
「危なくはないです。でも発症から2日以内に薬を飲んだ方がいいんです。早ければ早い方がいいです。放っておくと神経麻痺を起こす場合もありますからね」
 ええ、神経麻痺。むっちゃオオゴトやん・・・・・・。
 薬局を出て早速、2センチくらいの大きな錠剤を2個、唾液だけで飲み下した。

AVの仕事のおかげで救われる

 3週間後、無事にAV撮影日を迎えた。帯状疱疹は完治し、内腿の発疹もすっかり消えていた。
「調子はどうですか」
 現場へ向かう車の中で東さんが聞いた。
「そういえば、帯状疱疹になったんですよ」
 笑いながら答えると、彼は「ええ!」という顔をしていた。
「大丈夫だったんですか!? 痛みなど残ってないですか!?」
 やはり彼も危ない病気として認識しているようだ。私は帯状疱疹発見からの一連の話をした。
「性病検査のおかげで、早期発見できてよかったです」
 東さんはホッとしていた。
 本当に彼の言う通りだ。性病検査に行かなければ、婦人科の先生が気付かなかれば、皮膚科には行かず、帯状疱疹を放置していただろう。そうすれば跡が残ったかもしれない。最悪の場合、神経痛が残ったりしていたかもしれない。
 撮影前の性病検査が義務化されていて良かった。AVの仕事のおかげで救われた。

 この話には少し続きがある。
 撮影も終わり1週間ほど経った頃、ある男からラインが来た。
「元気ー? またご飯行こうよ」
 彼は私がAV女優になる前に勤めていた会社の先輩で、年は5つほど年上。会社勤めしていた頃も何度かご飯に行っていて、それなりに大人の遊びをする仲だった。私が会社を辞めてからは彼と一度も会っていなかったし、一切連絡も取っていなかった。
 ちなみに以前勤めている会社の人はほぼ、私がAV女優であることを知っているらしい。おそらく彼も知っているのだろう。
「元気やで」
 私の個人情報を言いふらされても困るしなあと思うと、既読無視もできず、簡単に返事をした。
「またご飯行こうよ」
 彼は再度誘ってきた。
「帯状疱疹出てるから、行かれへん」
 もう完治しているが、断るのには良い口実だと思って言った。
「帯状疱疹!? それって普通の大人は罹らへん病気ちゃうん」
 普通の大人は罹らへんってどう言うことや。
「大人で罹る人はほとんどいないんやろ? 免疫低い赤ちゃんと高齢者しか罹らへんって、ネットに書いてるで!」
 むっちゃむきになってくるやん。
「免疫が下がったら大人でも出るねんて。ヘルペスみたいなものやねんて」
「ヘルペスって何!? 俺、そんなん罹ったことない!」
 知らんがな!
 それ以降、連絡は途絶えた。
 彼はおそらくAV女優なんて仕事をしているから、帯状疱疹という得体の知れない病気にかかったのだと思ったのだろう。AV女優に近づきたくて連絡したが、変な病気にかかっている。怖い! と思ったのではないだろうか。これはあくまで私の推測に過ぎないが。

「AVって精度の高いリトマス試験紙やねん」
 いつの日か社長が言っていた。
「AVしてるって知ると急に態度の変わる人間はたくさんいる。あなたをAV女優として見る人なのか、そうでないのかすぐ分かる。その人の本質が出る」
 また1人の本質を見抜いてしまったな、と思い、彼のラインをブロックした。


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