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第82話 藤かんな東京日記⑥〜つばさ舞が歌舞伎町を征服した〜


 2023年10月22日。21時、社長から連絡が来た。
「22時くらいに新宿来れる?」
 私は風呂から上がって髪を乾かしているところだった。
「つばさ舞がハロウィンする」
 急いで服を着て、眉を描き、リップを塗って、メガネのまま家を飛び出た。

銀の触覚の生えたつばさ舞に遭遇

 新宿歌舞伎町の某焼肉店。半個室に通されると、大盛りの白米を食べているつばさ舞ちゃんが座っていた。「かんなちゃーん」ともぐもぐしながら手を振っている。そんな彼女の頭には銀色の触覚が生えていた。

頬にはご飯粒まで付いている

「舞ちゃん・・・・・・?」 
 言葉を失った。大きく開いた胸元は豊かな胸が窮屈そうに谷間を作っていた。圧倒的に異質なものを見た瞬間、人間は本当に固まってしまうようだ。いや違う。彼女の可愛さが度を超えていて、見惚れてしまったのだ。

 何も言えないまま、とりあえず彼女正面の席に座った。
「彼女、ハロウィンの日はメキシコ旅行に行ってるから、今日、仮装の前撮りするねん」
 私の左に座っている社長が説明してくれた。舞ちゃんは「うんうん」と頷いている。銀の触覚が揺れとるわあ。
「ちなみにさっきまで撮影やってん」
「ええ!?」
 撮影だったと聞いてようやく声が出た。
 彼女はこの日朝早くからAVの撮影をやって、その後この衣装に着替えて、今ここにいるのだという。撮影後とは思えない、なんというハツラツさだ。
「現場からこの格好で歌舞伎町を歩いてきてんけど、周りの人むっちゃ見てた。ちょっと怖くなるくらい見てた」
「そうでしょうねえ!」
 そう言って、彼女の全身を見せてもらった。

 上半身は肩がむき出しのキャミソールタイプで、ほっそりとした長い腕が無防備に伸びている。ウエストはキュッと絞られていて、美しいアンダーバストの見事なライン。下半身はボリュームのあるフレアスカート。お尻が見えるか見えないかのギリギリの短さで、彼女の長い脚が最大限に強調されている。これだけ露出していたら、周囲も『見てもいいもの』としてまじまじ見てしまうだろう。
 それにしても可愛い。いや美しい。くるくる回りながら全身を見せてくれている彼女に見惚れながら、感嘆のため息をついた。

去年のつばさ舞はガンツスーツ

「そういえば舞ちゃん、去年はGANTZの仮装やってたやんな」
「そう! 去年のガンツを越えようとした結果、今年は宇宙人になってん」
 そうか、この仮装は宇宙人なのか。何の仮装かまで頭が回っていなかった。

 彼女は昨年、2022年のハロウィンで漫画『GANTZ』の仮装をしていた。仮装のクオリティが高すぎて、ガンツスーツが似合いすぎていて、Xに投稿されていた写真を食い入るように見た覚えがある。
「去年のガンツの仮装の写真は早朝に撮ったんですか? 周囲に誰もいなかったけど」
「ちゃうで。夕方の4時とかやったで。周りむっちゃ人おったけど、みんなどいてくれてん」
 社長は当時のことを話してくれた。

 彼は喫茶店の窓際の席に座って、彼女のことを待っていた。場所は大阪の南堀江。おしゃれな店が多く、歩いている人たちも落ち着いた雰囲気の人ばかりという場所だ。
 そんな穏やかな光景の中に異質な人影が見えた。ガンツスーツを着た女がこちらに向かって歩いてくる。つばさ舞だ。彼女は信号で立ち止まった。5人くらいの一般人の中に、ガンツがいる。
『こっちくるんやろな・・・・・・』
 堂々と歩いてくる彼女を見ながら、そう思ったそうだ。

「本気のガンツで来られたら、『俺も行くしかない!』と思ったよね」
 社長はそう言いながら笑っていた。
「去年のガンツスーツは既製品を買ってんけどな、今年は既製品では越えられへんと思って、衣装屋さんで作ってもらった。これ、特注」
 キラキラしたスカートを指でつまみながら、彼女はドヤ顔で笑っていた。衣装以上に笑顔が眩しい。
「むちゃくちゃ似合ってるで! ほんまにこの世のものでないかと思った!」
 私は感想を伝えることすら忘れていた。

宇宙人『舞』はみんなの視線を総なめ

 23時、焼肉店を出た。外の夜の空気は冷たかった。舞ちゃんは少し寒そうにしながらも、「ZAP」と書かれた銀色の銃の形をしたポーチを手に下げて、歌舞伎町の街を嬉々と歩いていた。あのポーチも特注なのだろうか。
 私は彼女から少し離れた後ろをついていった。通り過ぎる人々の視線が見事なまでに彼女に向けられる。顔、胸元、脚、そして彼女が通りすぎてからも視線はお尻に釘付け、特に内腿に集まっていた。まあそう言う私も彼女の両内腿の隙間をずっと見ていたのだが。
 あ、衣装の背中に翼がついている。宇宙人だけど翼あるんや。『つばさ舞』は抜かりないな。

つばさ舞だから翼があるのだろう

 歌舞伎町大通りにやってきた。
「これが眠らない街歌舞伎町かあ。なんだかアブナイ匂いがするわー!」
 舞ちゃんがキョロキョロしながら言う。そんなん言うてたらほんまにアブナイことされるで。
「じゃあ、ここで写真撮ろか」
 社長がTOHOシネマのゴジラを背景に、彼女の写真撮り始めた。周囲の人たちは波が引くように場所を開けた。彼女はまるで人類が全て滅亡した後に地球に降り立った宇宙人のようだった。周囲の人々は一体何が起きているのだろうと、まさに宇宙人を見るような表情をしていた。

歌舞伎町のど真ん中で「地球征服!」

「You are very nice !」
 欧米系の海外人が、社長の傍から舞ちゃんを動画に撮り始めた。彼女の笑顔がさらに輝きが増す。
「可愛い」
「すごいスタイル」
「脚なが」
 周囲からも声が漏れ出した。男女問わずみんなが彼女に見惚れていた。
「寒いけど、頑張ってね」
 そう声をかけてくれる女性もいた。
「すっげえ格好」
 通りすがりの男性はそう言いながらも、『ええ体しとんな』という顔をしていた。

 たっぷり写真を撮り終え、再び大通りを歩く。彼女は「寒い」と言いながらも、ずっと周囲に笑顔を振りまいていた。鼻が少し赤くなっているのも、また可愛い。
「彼女、つばさ舞ですよ! よろしくー!」
 私も楽しくなってきて、周囲にアピールする。
「インフルエンサーさんですか?」
 片目に前髪がかかった20代前半くらいの男性が、舞ちゃんを顎で差して、私に聞いてきた。
「え、知らないんですか。つばさ舞ですよ。Xでフォローしておいてください」
 彼は早速検索をし「うおー、かわいい」と感嘆の声をあげていた。
「今日からつばさ舞ちゃんのファンになるんで、握手していいですか?」
「私とやったらええで」
 そう言うと、彼はおざなりに私と握手して去っていった。ちゃんとフォローしといてやあ。

フォローしといてや

 大通りを抜け、コンビニで温かいお茶を買った。帰りのタクシーを待つ間、舞ちゃんが言った。
「かんなちゃん、今日は来てくれてありがとう。ただ写真撮るためだけにわざわざ衣装作って、寒い夜中を歩いて、ほんまアホみたいやんな。でも、むちゃくちゃ楽しかった。きっと今日のことは死ぬ前にちょっぴり思い出すと思うわ」
『人生は思い出づくり』。いつも社長が言っていることを思い出した。
 このハロウィンの仮装は彼女にとって思い出づくりなのだろう。この日の出来事は私にとっても思い出の一つになった。きっと死ぬ前にちょっぴり思い出すに違いない。舞ちゃんの思い出の一片に混ぜてくれてありがとう。
「また来年もしよね」
「えー、宇宙人超えるには何かなあ」
「うーん。ミトコンドリア」
「・・・・・・」
 そうして私たちはそれぞれタクシーに乗って帰った。

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