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占い師ケン 第3話

 小声とはいえ、オレにはしっかり聞こえた。オレの善意は、あの映画の犯人と同じなのか。あまりにショックだった。おもいっきり、落ち込んだ。その日は部屋で寝込んだ。誰の電話も出なかった。翌日も寝込んだ。食事も採る気もなかった。その次の日、オレの部屋のドアのベルが鳴った。何回も、何回も・・・そのうち、ドンドンと音がした。でも、オレは出る気が起こらなかった。だが、しばらくしてドアは開かれ、人が入ってきた。

「ケンちゃん、大丈夫なの?」
「あれ?ゆうこママ?恵子も?」
「ほんと、心配したのよ。」
「兄ちゃん、どういうことなの?」

ゆうこママがGPSで、オレのスマホから部屋を突き止め、やってきたとのことだった。でも、鍵もないし、開かなかったので、ドンドンやっていたらしい。その時、恵子がたまたま来て、ドアを開けてくれたということだった。

「電話も出ない、占いもやってない、みんな心配したのよ。」
「ごめん。」
「兄ちゃん、何があったの?」

オレは、ことの経緯を話した。

「なんてひどいの。親切に持っていってあげただけのに。」
「ちょっと、ひどいわね。」
「いくらあの映画を彷彿とさせる行動だったからって、ひどすぎるわよ。」

 オレの身内は、みんなオレの味方だが、オレは未希さんをあんまり悪く言われたくない。

「未希さんを、そんなに悪く言わないでくれよ。」
「だって、兄ちゃんがこんなになってるの、初めてだよ。腹も立つわ。」
「そうね、どちらの気持ちも理解できるわ。で、いつまでそうしてるの?」

だよな、そろそろ復帰しないとな。

「明日からはまた占いに戻るよ。」
「そう、わかったわ。」

でも、恵子はなんか気に入らない様子だった。

 オレが占いに復帰した日、知り合いのママさんたちに声を掛けられた。

「気を落とさないでね。」
「大丈夫、きっといい子が見つかるから。」
「何だったら、私が彼女になってあげようか。」
「案外、純なのね。」

 なんか、繁華街のスナックのみんなに、知れ渡ったみたいだ。これには、ちょっと恥ずかしかった。確かに、他人へはズバズバ言いまくってたオレだが、自分のことになると借りてきた猫なのか、からっきしだめ人間なのか、人が変わったようになってしまう。まあ、仕方がない。それがオレなんだからな。でも、やっぱり未希さんが忘れられない。思い出すとキュンキュンしてしまう。

「師匠は当分恋煩いから抜けられないようですね。」
「まあ、ほっといてあげましょう、時間薬なんだから。」

ゆうこママの店では、そんな風に言われている。

「はぁ~。」

オレはため息ばっかりついている。本当に時間薬なのかな。

 しばらくして、恵子から連絡があった。

「明日、いつもの喫茶店に来て。」
「まあ、その時間なら空いてるからいいけど、何?」
「来たらわかるわ。」

なんじゃ、そりゃ。まあいいか、恵子の頼みだもんな。翌日、オレは恵子とよく会う、いつもの喫茶店に出掛けた。店に入ると、恵子が手を挙げたのが目に入った。

「おう。」

 だが、そこには恵子だけじゃなく、未希さんもいたのだ。なんで?

「えっ、なんで?」
「私が話をつけに行ってきたのよ。」

なんでも、恵子はやっぱり腹の虫がおさまらず、〇〇物産に出向き、室田未希さんに会ってきたとのこと。で、その誤解を解いてくれたらしい。

「ごめんなさい。パスケースを届けてくれた親切なあなたに、あんなこと言ってしまって。」
「いえ、そんなこと。」

オレは想像していなかったシチュエーションに戸惑っていた。未希さんとまた話ができたうれしさに、心臓がどうにかなりそうだった。

「妹さんにいろいろ聞きました。」

どんなこと、言ったんだ?

「一度、お食事にいきませんか?」

オレは本当に心臓が爆発するかと思った。

「は、はい。」
「良かったね、兄ちゃん。じゃ、私はこれで。」
「えっ。」

二人にするのか。これからどうしたらいいんだ。

「あの時の占い師さん、なんですってね。」
「あ、はい。」
「私、ずっと信じてなくって、ごめんなさい。」
「いえ、みんながみんな信じるわけじゃないので。」
「でも、ちょっとひどかったって、反省してます。」
「いえ。」
「でも、私の友達はちゃんと信じてるから、安心して下さい。」
「はい。」
「じゃ、私のことも、わかるんですか?」
「みましょうか?」
「お願いします。」

 未希さんのことは、本屋でみたのでわかっている。

「直属の上司のパワハラに悩んでますよね。」
「すごい、それは誰にも言ってないです。」
「それと、同僚の女性同士のことも、ちょっと。」
「なんでもわかるんですね、すごいです。」
「でも、そのあと、どうしたらいいのか、霧がかかってわからないんです。」
「え、だって、友達にはあんなにスラスラと言ってたのに?」

 オレには、未希さんのその後が見えない。オレは自分のことと、自分に関わってくる人についてはわからないんだ。つまり、未希さんはオレに関わってくるということだろうか。そう思うと、なんかドキドキしてきた。

「なぜか、人によってできないこともあるんです。」
「あの、どういう占いなんですか、星うらないとか、四柱推命とか・・・」
「私の場合、頭にその人のことが浮かんでくるんです。だから、統計学的な占いではないです。」
「超能力ってことかしら。」
「そうかもしれません。」
「わかりました。ありがとうございました。」
「話は変わって、今度の日曜のランチでいいですか?」
「はい、大丈夫です。」

 オレはもう気持ちが浮かれてしまって、大変だった。多分、傍から見てたら、気色悪いに違いなかった。何をしていても、日曜日が待ち遠しかった。こうなると、時間が遅い。待てども待てども進まない。オレは自分のことでいっぱいになっていて、恵子へのお礼のメールさえ、忘れていたくらいだった。

 約束の日曜になった。昨日は全然寝れなかった。なんか、初恋を知った学生のような気分だ。早く会いたいような、会うとドキドキが止まらないようなパニックしている自分がいる。約束の場所へ行くと、まだ30分も早い。いるわけないだろ。オレはそこら中を歩きまわって、ようやく数分前に約束の場所についた。未希さんは来ていた。

「ごめんなさい、遅くなって。」
「いいの、私も今来たところだから。」
「すみません。」
「私の行きたいところでいいでしょ。」
「はい、大丈夫です。」
「じゃ、行きましょう。」

彼女がお昼に選んでくれたのは、オシャレはイタリアンの店だった。オレは全然オッケーだ。

「ここ、美味しいのよ。」
「はい。」
「知ってた?」
「いえ、初めてです。」
「よかった。」

パスタが美味しいということで、オレたちはパスタ料理を注文した。

「あなたの妹さん、えっと・・・」
「恵子?」
「そうそう、恵子さんから、あなたが私に好意を持っていることも、聞いているの。」

げっ、そんなことまで言いやがったのか。オレは顔が火照ってくるのを感じた。

「安心して、私、今ひとりだから。」
「そうなんですね。」
「そう、でね、付き合ってもいいわよ。」

オレは噴火した。

「本当に?」
「ええ、いいわよ。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、その畏まった言い方はやめようかしら。」
「あ、はい。」
「そうじゃなくって、もっとタメでいいから。」

えええええ、こんな展開になるなんて、オレはなんて幸せなんだろう。

「ケンくんは、毎日夜の2、3時間だけ、占いをしてるのよね。」
「そうなんです。それ以外はフリーです。」
「いいわねぇ。個人事業主って自由で。会社勤めは週5日、8時間勤務だから、自分の時間があまりとれないでしょ。」
「そうですよね。」
「私も独立しちゃおうかな。」
「手伝いますよ。」
「私のこと、本当に占えないのよね。」
「ですね。」
「う~ん、残念。」
「ごめんなさい。」
「いいわ。でも、ケンくんは、ずっと仕事してるのよね。」
「そうですね、ほぼ365日。」
「それもすごいわね。」
「まあ、ほかにすることないので。」
「することがあれば、休むの?」
「そうですね。」
「土日や祝日は、そんなに人、来ないでしょ?」
「確かに。」
「だったら、休みにしちゃえばいいのに。」
「ですね、自分で決めれますしね。」
「そうしよ。一緒に遊びにいけるじゃん。」
「一緒に・・・」

もうオレ、だめ。倒れるかも。

「いいでしょ。」
「はい。」

 その晩、ゆうこママの店に行った。

「あら、ケンちゃん、いらっしゃい。」
「こんばんわ。」
「師匠、いつものでいいですか?」
「うん。」
「何かあったのね。」
「わかりますか?」
「だって、そんな顔してるもん。」
「ははは。」
「さあ、白状なさい。」
「実は未希さんと付き合うことになりました。」
「え~っ、急展開ね。」
「おめでとうございます、師匠。」
「リンちゃん、シャンペンでお祝いね。」
「は~い。」

 考えてみれば、ゆうこママは、オレのことを本当に親身に考えてくれている。オレが凹んだときは心配してくれ、オレが喜んでいるときは、一緒になって喜んでくれる。なんか、オレの本当の身内みたいな気がした。

「どうしたの?変な顔して。」
「いや、ゆうこママがね、オレの本当の身内のような気がしてさ。」
「何言ってるの。とっくにそうじゃないの。」
「あれ?そうだっけ?」
「おかしなこと言ってるのね。」
「いつも、ありがとう。」
「はい、はい。」

そのうち、未希さんを連れてこないといけないな。

 それからオレは、未希さんの休みに合わせて占いを休みにして、未希さんと食事をしたり、買い物に行ったり、夜景を見に行ったり、楽しんだ。未希さんといると心地良い。オレはそれだけでよかった。

 しばらくして、未希さんにこう言われた。

「ねえ、ケンくんの部屋に入れてくれないの?」
「ああ、いいですよ。来ます?」
「一度、行ってみたいな。」
「じゃ、今日でも行きましょうか?」

オレは例のワンルームじゃなく、オレの部屋に招くことにした。まあ、割ときれいにしておいたので、いつでもオッケーだ。

「うれしいな。」
「女性は身内しか、入れたことないんで、未希さんが初めてになりますね。」
「身内って妹さん?」
「そうですね。」
「そうなの。」

 オレは、オレの部屋に案内した。

「さあ、どうぞ。」
「お邪魔します。」
「広いのね。」
「2LDKです。」
「ここに一人で住んでいるの?」
「ええ、そうです。」
「淋しくない?」
「今までは独身を謳歌してましたからね。」
「今は?」
「未希さんと付き合っているから淋しくないですよ。」
「そうじゃなくって。」

何を言いたいのだろう。

「ん?」
「もう、にぶいわね。私と一緒に住みたくないか、聞いてるのよ。」

えっ、未希さんと一緒に、ここで住むのか。そんなことしたら、心臓がぶっ飛んでしまうぞ。

「いや~、それはちょっと。」
「嫌なの?」
「いえ、いえ、そんなことは・・・」
「じゃあ、何?」
「ドキドキし過ぎて、心臓が止まりそうなんで・・・」
「その一線を超えたら、大丈夫になるわよ。」
「そんなもんですか。」
「そうよ。」

そう言うと、未希さんはオレに抱き着いてきた。オレは初めてのことなので、ドキドキが止まらない。オレは未希さんにされるがまま、ベッドに倒れ込んだ。

 オレは二人で住むということが、こういうことなんだとようやくわかった。もう子供じゃないんだし、オレは彼女を受け入れることにした。

「未希さん、ありがとう。オレ、全然わかってなかった。一緒に住もう。」
「やっとわかってくれた?」
「オレ、恋愛に関してはまるで中学生だった。」
「ちゃんと、大人の恋愛しましょ。」
「うん。」

(つづく)

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