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ほっといてくれ! 第4話

 ボクは相変わらず、倉庫業務にいそしんでいた。ある時、先輩がパレットにダンボールを積んで、ラップもせずにフォークで運んでいた。あれ、危ないなと思ったところ、急にカーブしたもんだから、積荷のダンボールが落ちた。そりゃ落ちるだろ。

「竹内、何しとんや?こっち、来い。」
「へっ?」
なんで?
「お前のせいで、こんなんなったんや。」
「意味がわかりません。」
「だから、お前のせいだ。」
「ラップもまかないで、急カーブしたら、落ちるでしょ。」
「何言ってんだ?お前がやっただろ?」
はっ?この先輩、何言ってんだ?意味わかんない。

「自分のやったことをオレになすり付けようなんて、十年早いんだよ。」
この人、自分の中でどんどん事実を捻じ曲げてる。
「なんでウソをつくんですか?」
「オレは事実しか言ってない。」
こまった人だ。
「落ちたダンボールの中、大丈夫なんですか?」
「自分でやっておいて、よく言うよ。」
 ボクはかなりカチンときている。よくも、ここまで言うな。怒りの感情が抑えられるだろうか。その騒動を聞きつけて、他の先輩もやってきた。

「こいつがよぉ、ダンボール落としたんだ。」
「ボクじゃないですよ。」
「ウソつくな。」
「信じて下さいよ。」
「ん~、そのフォークは竹内クン、乗ったことないよね。」
「はい。」
お、わかってくれた。確かに、ボクが乗るフォークは決められていた。
「それ、真島が乗るフォークだよな。」
「いや、オレのフォークだからって言っても、こいつが勝手に乗ったんですよ。」
「新人の竹内クンがそんなことをすることはないね。」
「こいつだってば。」
いくらそう言っても、みんな、信じてない。あとから聞いた話だが、この真島先輩はたまに後輩に嫌がらせをするらしい。困った人だ。

 社会に出ても、変な人はいるもんだ。ちょっとは、まともな人になるのかなと思ったら、学生時代と同じじゃないか。そのまま年齢を重ねていくから、いい歳のおじさん、おばさんでも何を仕出かすか、わかったもんじゃない。考えてみれば、毎日のニュースでいろんな事件の報道があるけど、そういった人たちがやらかしているんだろうな。

 今の世の中、まともな人はどれくらいいるんだろう。ん~、「まとも」という表現は曖昧すぎるな。要は他人に迷惑をかけない人ってことかな。人に嫌がらせをする人だよな。まあ、そんな人はまだまだ結構多いような気がする。現に真島先輩だって、後輩に嫌がらせをしてるしね。その心理はいったいどういうもんなんだろう。ボクにはさっぱりわからない。

 数日後、またボクは栗原さんに会っていた。どうも、彼女の会社の同僚も、ボクのところの真島先輩のような人がいるらしい。

(大丈夫なん?)
(もういい加減にしてって感じ。)
(なんとかなるの?)
(もう私がターゲットになっちゃったみたいなの。)
(かなわないね。)
(ほんと。いやんなっちゃう。)
(なあ、提案なんだけど・・・)
(なぁに?)
(この際、ボクらの能力使って、仕事しない?)
(どんな?)
(例えば、調査会社とか・・・)
(起業するの?)
(それもありかもって、気がするんだけど、どう?)
(ちょっと考えてみるわ。)
(わかった。気が向いたら連絡してよ。)
(うん。)

 ボクは最近・・・っていうか、栗原さんのようにはいかないけど、人の考えていることがわかる。栗原さんは自分で制御してないと、まわりのすべての人の心の声がなだれ込んでくるらしいけど、ボクはそうじゃない。集中することで、ターゲットとする人の心の声が聞こえてくる。そんな能力を使えば、調査会社を立ち上げてもうまくやっていけるような気がするんだ。

(どう、その気になった?)
(このまま会社勤めでは、いつまでたっても嫌な気分のままだし、私もその考えにのるわ。)
(よっしゃ、やりましょか!)

 そういうことで、ボクらは今の会社を辞めて、調査会社を起業することになった。今の時代、ネットがあるので、いろいろと楽に宣伝できる。事務所も格安の物件を借りられたので、ボクらの持ち寄った資金でなんとか3か月くらいは収入がなくてもやっていける。社名は事務所のある町名をそのままつけて、「松ノ木調査会社」とした。

(お客さん、くるかな?)
(なんの根拠もないけど、大丈夫でしょ!)
(何日も依頼がないと不安になるわよ。)
でも、そんな不安はすぐに消し飛んだ。

(あ、お客さん来る!)
(第一号だね。)
玄関の扉が開いた。来たのは女性客だった。

「あの~、松ノ木調査会社さんはここでしょうか?」
「はい、こちらです。」
「どうぞ、こちらへお座り下さい。」
話をするのはボクで、栗原さんは心の声を読み解いていく。
「ずいぶん、若いんですね。」
「まあ、そう言われますけど、大丈夫ですよ。」

(かなり、心配してるわ。)

「申し遅れましたが、私、竹内と申します。」
「あ、私は上田と言います。」

(浮気の調査よ。)
(わかった。)

「今回はどのような調査を?」
「実は、主人の浮気を調査してほしいんです。」

(旦那さんは黒ね。会社の女子社員と浮気してる。)
(もうわかったの?)
(うん、あとは現場の写真なんかを撮ってこないとね。)

「わかりました。では、連絡先を教えて下さい。」
「はい、これです。」
「1週間以内に連絡できると思います。」
「えっ、でも私、細かなこと、まだ話していませんよ。」
「大丈夫です。」
依頼者はかなり疑心暗鬼で帰っていった。

(旦那さんは今日、19時待ち合わせで、浮気相手と食事して、ホテル行くみたい。)
(オッケー、その時間に写真撮ってきます。)
(相手の女性の名前も住所、電話番号もわかるわよ。)
(完璧だ。)
(でもふたりの写真だけで大丈夫かな?)
(音声も取ってくるよ。)

 さすがに音声はボクらの能力では無理なので、事前に浮気相手の女性の行動を確認して、彼女のカバンに発信機をこっそり入れさせてもらった。これくらいの小さなものは、感情的になっていないボクでも動かせる。翌日、依頼主の上田さんに来て頂いた。

「すっごく、早かったですね。昨日の今日ですよ。」
「はい、たまたま昨日密会がありましたので、すぐに裏がとれました。」
「では、これを。」
そう言って、写真を数枚見て頂いた。
「主人です。この女は?」
「同じ会社の社員で、名前、住所、電話番号はここに。」
「そこまでわかったんですか?」
「はい、で、昨日の音声も録音しています。」
その音声を聞いて、上田さんは絶句していた。これで証拠は完璧だ。
「今後、もし弁護士をということでしたら、ご紹介できますので、いつもで言って下さい。」
「ありがとうございました。」

(こんなことで、お金もらっていいのかな?)
(だって、調査会社だぜ、当然でしょ。)
(実際に動いたのって、ちょっとでしょ。)
(だからいいのさ。)

 最初の3か月くらいは、結構、浮気調査が多かった。世間ではそんなに浮気しているのか?とびっくりするくらいだった。その中で、人探しも割とあった。

(あ、依頼者が来た。)
栗原さんにはすぐにわかる。

「あの、松ノ木調査さんはこちらで?」
「そうです、どうぞ、こちらへ。」
「ありがとうございます。」

(お兄さんを探してるのね。)

「人探しですか?」
「えっ、なんでわかるんですか?」
「そんな顔してますよ。」
「はぁ?」
「で、誰をお探しですか?」
「兄を探しています。」

 この女性は、施設で育った人で、同じ施設にいたお兄さんを探していた。情報はかなり少ない。

(かなり、小さい時の記憶しかないけど、わかる?)
(ちょっと、待ってね。)

「では、一応1週間、時間を下さい。それまでに連絡します。」
 彼女が帰った後、栗原さんがいろんな人の心の声を聴いて、メモを取っていた。

(どう?)
(わかったわよ。)
(もう?すごいね。)
(お兄さんは、施設から引き取られたって言ってたので、その施設の、その当時を知っている人の声を聴いて、引き取った人の声を聴いて・・・)

栗原さんはすごい。そんな風に声をたどって、もう見つけてしまった。あとは、実際にお会いしに行くだけだ。

 翌日、依頼主に連絡した。
「すっごく、早かったんですね。」
「早く調査結果を報告するのが、ウチの会社の特徴なんです。」
「ありがとうございます。」
「では、住所と電話番号。今は一人で暮らされています。」
「わかりました、行ってみます。」

(特に問題を抱えている人ではないので、突然、会いに行っても大丈夫だと思うわ。)
(ありがとう、ほとんど栗原さんの能力のおかげだね。)
(でも、具体的な資料の方は、竹内クンにお願いしないと、私ではちょっと。)
(いいコンビってことかな。)
(そうね、これからもよろしくね。)

 週に、2~3件の案件を対応するくらいがのんびりやれていいんだけど、集中するケースもある。だけどまあ、なんとかうまくやっていける目途も立ったし、会社勤めよりストレスは少ない。起業して1年が経った頃、見覚えのある人がやってきた。

(あっ、あの時のマスコミの人。)
(ん?)

 ドアが開いた。そこに見覚えのある顔が見えた。

「やあ、ひさしぶりだね。」
「あなたは・・・」
「多分、また会うことになるって言ってたろ?」
「マスコミの・・・」
「そうそう、よく覚えてたね。」
「今日はなんでしょうか?」
「ここの調査会社が評判でね。なんでも、とっても早く調査してくれるということでね。」

(さすがはマスコミだね、鼻が利くな。)

「で、テレビに出てみない?」
「いきなりですか?出ませんよ。」
「一回でれば、行列のできる調査会社になって、有名になるよ。」
「そんなことしなくても、十分食べていけるんで。」
「じゃ、取材させてよ。」
「それもお断りします。」
「なんで?」
「だから、そんなことしなくても、十分ですから。」
「だけど、どうしてそんなに早く調べられるの?」
「企業秘密ですよ。」
「まあ、そうだろうけどね。」

(この人、今後も来るつもりよ。)
(困ったもんだね。)

「依頼でないのであれば、お引き取り下さい。」
「わかった、また、来るよ。」

 ボクらは、1日1件までしか取り扱わないことにした。たくさん来ると余裕もなくなるからね。ここ1年の平均は、1件あたり15万円ほど。1ヵ月平均8件ほどなので120万円、諸経費を引いて、ボクら、それぞれ25万円ほどの月給と、当然、会社に内部留保をしているから、何かあった場合の蓄えも万全だ。今のところ、順調に会社経営できている。

 そんなある日、あんまり関わりになりたくない人がやってきた。

(警察よ。刑事さん。)
(なんだって?)

「こんにちは。」
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ。」
「今日はどのようなご用件で?」
「ここは、かなり優秀な調査会社らしいね。」
「ありがとうございます。」
「どのくらいの人数でやってるの?」
「私たち2人ですが。」
「えっ?ふたり?」
「はい。」
「そんなんで、よくできるね。」
「おかげ様で。」
「月どれくらい依頼があんの?」
「刑事さんは、何をお聞きになりたいのですか?」
「えっ?なんで、オレが刑事だとわかったの?」
「ここまでのやりとりで、なんとなく。」
「そっか、すごいね。」

この刑事さんは、この調査会社はボクらふたりだけでやっていることに驚いてた。

(この刑事さん、いろんな情報がほしいみたい。それに専属でやってほしいみたいよ。)
(そっか、テレビの刑事ドラマみたいだな。)
(専属と言っても、自腹みたい。)
(了解。)

「刑事さんの専属の情報屋ってことですか?」
「えっ、そこまでわかるの?」
「1件、2万円です。」
「うう、痛いな。」
「警察という組織との契約なら、月契約30万ですね。」
「いや、オレだけでいい。」
「じゃ、依頼があったときごとの契約でお願いします。」
「わかった、で、早速だけど、この写真の人物を探してほしいんだ。」

(村上五郎、36歳、窃盗の疑いだって)

「わかりました、この写真、お借りしても?」
「いいよ。」

(どう?すぐわかりそう?)
(大丈夫。もう、わかった。)

「じゃ、昼過ぎに来て下さい。」
「そんなんで、わかるの?」
「まずは試したいんでしょ?」
「わかってるねぇ、また、昼から来るわ。」

(村上五郎の住所がわかった。で、今は付き合っている女の人のところ。)
(そっか。)

さすがに栗原さんはすごい。あっという間に、つながりのある人の心の声をたどって、たどり着いてしまう。

(さっき言った金額でいいよね。)
(そうね。個人で本当に出すのね。ドラマみたい。)

(つづく)

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