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旅の終わりに 第2話

「こんにちは。」
声を掛けたが、誰も出てこない。人いるのかな。いつまでたっても、誰もでてこない。やっぱりダメか。諦めて帰ろうとして振り返ると、目の前に女の人が立っていた。
「うわっ。」
全然、気配がなかったので、びっくりした。

「お泊りですか?」
「はい。」
「一泊ですか。」
「はい。」
この人、全然表情ない。幽霊みたいだ。髪の毛長いし、前を隠して白い衣装きたら、あの怖い映画の人みたいだ。大丈夫なのかな。

「夕食と朝食付きで、8千円です。」
「あ、はい。」
安いな。金額的にはうれしいけど、まだ、不安の方が大きい。当然、客は俺だけだろうな。

「部屋は203号室、あの階段を上がって2つめです。」
「わかりました。」
「食事はあそこの食堂です。夕食は6時、朝食は7時です。」
「はい、ありがとうございます。」
この人、声にも表情がない。ほんと、怖いんですけど。

 203号室の部屋に入ると、なんかじめっとしてる。お蔭で布団もなんか湿っているような気がする。夜中になにか出そうな感じ。窓の外は木々の林でそれ以上は何も見えない。ひどい雨降りをのがれられているのだけが、この宿の長所なのかも知れない。そういえば、先ほどのロビーのそばに本がたくさん並んでいたな。俺は特に何もすることがないので、行ってみることにした。

 そこはお客が自由に過ごせるスペースになっていた。本も小説から漫画までたくさんあった。恐らく、ここのオーナーの蔵書なのだろう。俺は本を選んでソファーに座った。これで、夕食までゆっくりできる。

「何かお飲みになりますか?」
ぎょっ。この人いつの間にか、そばにおる。
「ホ、ホッ、ホットコーヒー、ありますか?」
「わかりました。」

 全然、気配を感じないのに、そばに来るなんて、本当に幽霊じゃないかと思うんですけど。俺は彼女の行方を目で追った。食堂の方へ消えていった。じゃあ、今度は食堂から来るんだろうな。これでいきなり後ろに立っていたら、絶対、幽霊だ。

「うわっ。」
本当に彼女が立っていた。
「驚かせてすみません。なにか、お飲みになりますか?」
「えっ?さっき・・・」
「ああ、妹がすでに対応してたんですね。」

 彼女たちは双子の姉妹だった。びっくりしたよ。お姉さんの方は割と普通なんだが、妹さんはちょっと怖い。でも、二人とも同じ格好だから、遠目にはどっちなんだか、わからない。

 妹さんがコーヒーを持ってきてくれた。俺はそのコーヒーを飲みながら、本に目を走らせた。まあ、たまにこんな時間もいい。

 いつの間にか夕食の時間になって、食堂にいくと、すでに、料理はテーブルにあった。山菜料理が中心みたいだ。この近くで取れるのだろうか。まあ、精進料理っぽくて、それなりにうまい。

「いかがですか?お口に合いますでしょうか?」
「ありがとうございます。美味しかったです。」
お姉さんとは普通に話せる。だが、妹さんはどうも苦手だ。

 食後にまた、コーヒーを頂いた。
「どちらからいらっしゃったんですか?」
「○○県です。」
「そうですか。旅行は長いんですか?」
「いえ、まだ始まったばかりですよ。」
「そうなんですか。でも、あいにくの雨ですね。」
「まあ、そんな時もありますね。」
「旅行することは多いんですか?」
「ええ、もう何十回も。」
「すごいんですね。」
「いえ、いえ、たいしたことないですよ。」

 今日はどうやら俺しかいない。そんな宿ばかりだ。おかげで、俺と話をしたがるみたいだ。
「ここは、お二人で切り盛りしているんですか?」
「はい、お客様は少ないですが、お蔭さまでなんとか成り立ってます。」
「そうですか。」
「それに、お客様のお話しを聞かせて頂くことが、私も妹も楽しみなんです。」
妹さんも楽しんでいるのか。でも、全然表情が変わらないんですけど。

「お客様は独身なんですか?」
いつもこれ、聞かれる気がする。
「ええ、気楽な独身貴族です。」
「いいですね。」
「ははは。」

 そんなこんなで、一旦部屋に戻った。今日は雨だし、外の景色楽しめないし、お風呂にでも入ってこよう。宿の醍醐味は食事とお風呂。俺は少なくとも、そう思っている。

 お湯はやや熱めで、効能が書いてあったので、温泉を引いているんだろう。ゆっくり浸かって、気分が良くなったところで、お水を頂こう。

 食堂に行くと、苦手な妹さんがいた。
「あの、お水を一杯、頂けませんか?」
「はい。」

 この際、苦手と言わず、ちょっと話してみようか。
「あの、おふたりはずっとこちらに住んでいるんですか?」
妹さんは、ビクッとしてしばらく黙っていたが。
「はい。」
「ここと違う場所で住まれたことはないんですか?」
「はい。」
ん~、お姉さんと違って、話が続かない。
「そうですか。でも、いいとこですよね。」
「はい。」
全然、だめだ。

 俺は水を飲みほすと、自分の部屋に戻った。しかし、あんな調子でよく宿なんてやってるよな。ん~、でも、最初は事務的に話をしてくれたっけ。そういう意味では大丈夫なのか。なんとなく、妹さんの方が気になってしまう自分がいた。俺は早々にベッドに横になった。

 夜中に喉が渇いて、目が覚めた。どうしよう、食堂に行っても、誰もいないだろうな。ふと、部屋の机に目をやると、水が置いてあった。あれ、寝るときなかったのに。気が利くと思えばいいのか、なんとなく、怖いと思えばいいのか、良くわからない。でも、助かった。一杯飲んで、そのまま、また眠りについた。

 翌朝、水の容器をもって、食堂へ行った。
「これ、ありがとうございました。助かりました。」
「はい。」
妹さんだ。夜中に持ってきてくれたんだ。俺はそう思った。

「あの・・・」
「なんでしょうか?」
「今日はどうなさいますか?」
「なんか、天気予報では一日中雨みたいなんで、もう一日お世話になってもいいですか?」
「はい。」

 まあ、宿賃も安いし、もう一泊しようと思っていた。ずっと、雨じゃ、あまり出歩きたくないしね。今日は本でも読んで一日過ごそう。こんなまったりな一日でもいいかと思った。

 朝も割と山菜料理中心だった。まあ、自分で作るんじゃないし、コンビニ弁当でもない、こういう宿の食事は結構いける。

 食事のあと、例の本の場所に行って、好きな本を選んで、のんびりソファーに座った。
「どうぞ。」
また、いきなり、まったく気配なく、俺のそばのテーブルに飲み物が置かれた。毎回、ドキッとさせられる。でも・・・これ、スムージー。

「これはサービスではないですよね。おいくらですか?」
「いえ、無料です。どうぞ。」
そういうと、妹さんは食堂に戻っていった。

 いいんかな。でも、これ、おいしい。たぶん、俺のからだが欲していたみたいだ。よく、わかったな。ちょっと、感動を覚えてしまう。

 こんなお客のいない日は、彼女たちはどうしているんだろう。玄関が開いて、カッパ姿のお姉さんが帰ってきた。籠を抱えている。食材の調達かな。俺を見つけるなり、こう言った。

「おはようございます。明日は晴れるみたいですよ。」
「そうですか。今日もお世話になります。」
「はい。ありがとうございます。」

 だけど、一泊、8千円くらいで大丈夫なんだろうか。そういえば、お昼のこと考えてなかった。宿の食事は朝と晩だけ。お昼はどうしようか。
「お昼は一緒に食べましょうね。」
お姉さんが声を掛けてくれた。
「えっ、いいんですか?」
「もちろんですとも。こんな雨の中、外にでるより、一緒に食べましょう。」
「ありがとうございます。」
「いいえぇ。」
いい人たちでよかった。俺、絶対に恵まれているよな。

「お昼は私たちと食べて頂けるので、サービスです。」
「それじゃ、赤字でしょ。払いますよ。」
「心配しないで下さいね。大丈夫ですから。」
本当にいいのかな。
「そのかわり、ざっくばらんに無礼講でいいかしら。」
「もちろん。」
なんか楽しそうな昼食だ。

 お昼は精進料理じゃなく、イタリアンだった。へぇ~、こんな料理もいいもんだ。スパゲッティにピザに野菜サラダ、鶏肉のソテーという感じだった。
「うわ~、おいしそうだ。いただきます。」
「どうぞ、どんどん召し上がって下さい。」
「うん、おいしい。最高ですね。」
「そういって頂けるとうれしいですわ。」

「青山さん、実はね・・・」
「姉さん。」
「ん?なんですか。」
「妹が青山さんのこと、気に入ってるの。」

 えっ、そうなんか。妹さんは、下を向いている。恥ずかしそうにしている。今まで、表情がなかったのがうそのようだ。

「そうなんですか。いろいろ、気を遣って頂いていたんで、気になっていたんですよ。」
「気になっているって。」
「はずかしい・・・」
消えそうな声だった。

「ところでおふたりはおいくつなんですか?」
「レディにそんな・・・無礼講でしたっけ。」
「はい。」
「私たち、26です。青山さんは?」
「俺は32です。」
「なんかもっと若く見えますね。」
「そうかな。」
「自由に生きているって感じですね。」
「まさにその通りです。」
「ふふふ。」

 そんなこんなで楽しい昼食の時間も、あっという間に過ぎていった。俺は昼からも、本を読みながらゆっくりさせて頂いた。何も言わないのに、3時過ぎに妹さんはコーヒーを持ってきてくれた。悪い気はしない。初めは怖かったけど、今は可愛く見える。今までは、単にはずかしかったみたいだけなんだろう。

 次の日、予報通り、天気は快晴。俺はこの宿を後にした。

 数日後、湖のほとりに俺はいた。海と違って、波はあまりない。山々の景色は湖面に映って、いい感じだ。ふと見ると、ひとりの女性がうずくまっている。どうしたんだろう。なかなか動かない。俺は、声をかけた。

「大丈夫ですか?」
「足をくじいたみたいで・・・」
医者の心得なんて全然ないけど、歩けないなら、医者につれていくしかないな。

「歩けますか?」
「だめみたい。」
「それなら・・・」
俺は彼女を抱き上げた。
「えっ」
彼女はびっくりしていた。まあ、スカートじゃないから、いいだろう。

「病院まで連れていきますよ。」
「いいですよ、そんな。」
「あそこに俺のくるまもあるしね。」
俺は彼女をくるまに乗せて、病院を探した。案外、近くに整形外科があるもんだ。運がいい。

「保険証、持ってます?」
「あります。」
「OK。」
俺は彼女を抱き抱えて、病院に入っていった。
看護師さんにあとを頼んで、俺は病院を出た。

 なんか、いいことをした気分で気持ちがいい。俺はまた、湖のほとりへ出かけていった。ここの景色をもう少し眺めていたい。

 夕方、松葉杖でびっこを引いている女性を見かけた。あのときの人だ。俺の方にくる。
「もう、大丈夫なんですか?」
「もう、あなたったら、どこかにいっちゃうんだから。」
「へっ?」
「こうなったら、何かの縁だから、私に付き合いなさいよ。」
なんでそうなるの?まいったなぁ。

「今から私の行きたいところに連れていってよ。」
「ちゃんと病院に連れていったでしょ。」
「だからよ。」
どんな理屈だ。
「あなたは地元の人?」
「いや、違うけど。」
「じゃ、なんでここにいるの?」
「ひとり旅だよ。」
「予定は?」
「特に決めてない。」
「じゃ、私に付き合うのに問題ないわよね。」
「もう病院まで付き合ったでしょ。」
「いいじゃない。お願いね。」
困った人だ。彼女は渡辺鈴江さんといった。どこか感じが、木島朱里さんに似ている。苦手なタイプだ。

「じゃ、青山さん、××美術館に連れていって。」
「俺はアッシーか。」
「そうね、よろしく。」
××美術館は、ここらへんで有名は美術館。まあ、付き合うか。

 松葉杖の渡辺さんをエスコートして、美術館に入った。絵画と焼き物が中心の美術館だ。こんなのが好きなのかな。
「青山さんは興味ある?」
「そんなには。」
「しっかり、目の保養したほうがいいわよ。」
強引な人だ。俺は自然の景色の方がいい。でも、まあ、たまには、こんなのを見るのもいいか。

 まだ、閉館まで時間があるので、ゆっくり見て回れた。渡辺さんもひとり旅のようだった。次はお腹が減ったからと言って、食事にいくことになった。
「ほらほら、あそこのお店、感じよさそうじゃない。行こう。」
「はい、はい。」
なんか、自分でガンガン決めていく。ほんと、強引な人だ。

 そこのお店は、シャレた感じで雰囲気がいい。一瞬でよくわかったな。
「私の目に狂いはないのよ。」
「そうですか。」
でも、結構高い。さすがにこりゃ俺には無理だ。

「私のおごりならいいでしょ。」
「まあ、それなら・・・」
というわけで、一緒にお昼を食べることになった。
「青山さんには彼女いないの?」
毎回聞かれるこのセリフ。
「特にいませんよ。」
「じゃ、しばらく、私が彼女ということにしときなさいね。」
なんでそうなるの?でもまあ、お昼おごってもらったし、しばらく付き合うか。

「ねえ、いつまで旅してられるの?」
「お金が尽きるまで。」
「あとどのくらいで尽きる?」
「3、4ヶ月くらいかな。」
「そんなに、ゆっくりして首にならない?」
「今、働いてないから大丈夫。」
「つまり、派遣かなにか?」
「うん、お金を貯めて、旅にでる。これが俺のライフスタイル。」
「かっこつけちゃって。ところで、何歳?」
「32。」
「私より若いんだ。」
「あなたは?」
「年を聞かない。」
「自分は内緒かよ。」
「まあ、そういうこと。」
こいつ年上か。どうりで高慢なんだ。

「で、今日、泊まるとこは?」
「まだ、ない。」
「じゃ、私と泊まりなさい。」
「強引だな。」
「いいでしょ。宿代浮くわよ。」
なんか、見切られてる。おもいっきり、手玉に取られている感じだ。

 それから、あちこち指示されて、俺は振り回された。やっぱり、自分ひとりの方がいい。
泊まるところはホテルだった。いったい、どうするんだ?
「渡辺様、2名様、承っております。ご案内します。」
ん?なんで、2名?まあ、いいか。俺たちは部屋に案内された。そこに広がる光景は、ダブルベッド???なんで?

「はい、ありがとう。」
ボーイは帰っていった。
「ちょっと待って、これは?」
「まあ、いいじゃない。」
「よくないよ。」
「あなただってそのつもりでしょ。」
そんなわけないだろ。
「シャワーあびてくるわ。」

 俺はその間に荷物を持って出て行った。こんな女に付き合わされたら、たまったもんじゃない。今日はくるまで車中泊するか。

(つづく)

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