見出し画像

朝靄(あさもや)の気配

漆黒の夜がじわりじわりと明けはじめて、空がゆっくりと白んでくる。朝靄(あさもや)の時間がおとずれた。

早起きは苦手なのだが、たまに朝方の早い時刻に起きられることがあって、この朝靄に出くわすと、えもいえない気持ちになる。
今回は、この気持ちの正体を明らかにしたい。

--

瞼がひらく。そこに意思はない。おのずと、瞳がしかるべき動きをとる。
すぐ後に、無意識の奥からゆっくりと意識が顔を出し、世界が拓けていく。

カーテンの隙間から、白く淡い光が、静かに差し込んでいるのを認識する。まだ部屋は暗いはずだが、視界の先はうっすら白味がかっていて、なんだか透き通っているようにもみえる。

次に呼吸がひとつ。呼吸は私の胸を撫で下ろすようにして、一直線にお腹まで駆け降りて行く。全身に酸素が行き渡り、生き返るような心地がする。そして再び鼻から肺へ、目一杯の空気を吸う。呼吸の一回一回に癒されるような感覚がある。

この空間はなんだろう、幻の中に浮いているような感じだ。空間を彷徨っている。もちろん、身体は寝具に収まっているのだが。

--

私の朝靄はこんな感じでスタートする。寝る前に感じていた翌日のプレッシャーをすっかり忘れて、けたたましいアラームの音に無理やり起こされるのでもなくて、素の、生まれたての自分がそこにはいる。

この雰囲気を的確に描写した曲がある。ORANGE RANGEの「sunrise」である。

どこかに夢でも落ちてないだろうか
とか、
意味もない事を考えたりするこの雰囲気が好き

なんてこれもまた独り言 自己満足にすぎない

けして自分を見下しているわけでもなく、
ただこの雰囲気が好き


包まれてるような気がして 何もかも気にしなくて

ボーッとしているだけで 心地よく感じる


光を浴びた蝶のように 感じたい

さまよっているこの空間を ただ独り占めしたい

ORANGE RANGE 『sunrise』

こんなことを言うと怒られそうだが、ORANGE RANGEの曲には珍しく、柔らかくてコンセプチュアルな曲だ。歌詞だけでなく、曲も是非味わってほしい。えもいえない朝靄の音色が聞こえるはずだ。


--

午前5時。始発電車を目指して家を出る。

家のすぐ前の坂道をくだると、道沿いにある住宅の隙間から、坂下の街に朝靄がかかっているのが見える。

坂をくだり切ると、一軒の農家と20haほどの畑がお目見えする。ここに来ると、農家の庭に放し飼いにされているニワトリが、「コケコッコー」と鳴くのが恒例になっている。

ニワトリに言わせればもう朝なのだろう。でも世間はまだちっとも目覚めていない。

少し歩くと朝靄がかかった鶴見川にでくわす。私以外に歩いている人は一人もおらず、川の流れる音だけが静かに聞こえている。

ふと、朝の匂いがする。少し湿っぽいが、澄んでいるような気がして、大きく息を吸ってみる。空気が美味しい。

よくみれば、朝靄の鶴見川の中にアオサギが鎮座して、一点を見つめている。その姿がやけに恭しい。

--

始発電車がホームに乗り入れてくる。互いに朝靄の空間を共有しているからか、車掌さんとの一体感を感じる。

電車は丘を走っているので、窓からは、朝靄の街が一望できた。そして、住宅のひしめく向こう側も丘になっている。いつもは斜面に家がびっしりと並んでいるのだが、今は朝靄にぼやかされている。

一望している家々に住んでいる人のうち、何人とこの朝靄の気配を共有し合っているのだろうか。

そんなことを考えていると、朝靄は徐々に気配を消し始める。そして視界がクリアになってくる。

--

やがて、誰もが享受する「朝」になる。朝は活発だ。人々が動き出す。世界の歯車がギーコギーコと忙しなく回り出した。

朝靄の時間が終わって、「急に世界が動き出す感じ」は「sunrise」にもある。これがまた素敵なので紹介する。

南の島より2時間巻いて 入り込んだ夜明け
猛スピードで 車が去って
落ちた枯れ葉舞ってく

東の空は毎晩変わらず始まりを告げて
ムチ打たれるように力絞り出し 人がまた動き出す

光と闇の隙間 限られた時間
たまった全てを消化する空間

青い世界包まれながら 頭 体今cool down
でもなぜか どこか憂鬱な
この時間はあっという間

気づけば空に日は昇った

ORANGE RANGE 『sunrise』

朝になると、ムチを打たれるように力を絞り出し、人が動き出すのである。朝靄の心地よい空間は限られた時間であっという間。

本当はずっと朝靄の中に居たいが、そうもいかない。私たちは、多少頑張って、動き出す。やがて朝靄にいた「素の私」はいなくなり、少しだけ「他所行きの私」が現れる。


そして今日も「おはようございます。」

-おわり-

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?