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#4 どこより優秀らしい、地獄の職安所。

親父は私の青春時代ほとんど仕事をせずに
親戚や知人からの借金とか母名義での借り入れで生活していて
「働かないと生活できない」
なんて感覚は持ち合わせていない人なんだと思っていた。

例え地獄に落ちて
鬼に追い掛け回されたって
煮たぎる拷問を選んで
きっともう二度とは働かない、
そういう男。
煮られる際には酒を一緒に入れてくれと
厚かましく頼むことはするかもしれないが。
そして鬼の業火で丸焼かれようとも、
考えが改まることなんかなさそうだった。
最後に私が話した親父は。

「クロムハーツ」というブランドを私が知ったのは中学生の時だったと思う。
ど田舎でまだインターネットもそこそこだった時代に、おしゃれに鼻も利かない私が
何故クロムハーツを知っていたのか?
それにはちゃんとした理由がある。

私は自宅で手を真っ黒にして
クロムハーツの偽物を制作する人間を
この目で見た経験があるのだ。


親父が兄貴と慕った
坂井という男には初婚の時に息子が1人、
光子とは再婚で、2人との間にも息子が1人いたが、その息子がまた曲者よろしくやばい男だった。
とにかく妄想妄言が酷く、
誰が聞いても「そんな話あるわけない」みたいな話をするのに
坂井は可愛い1人息子をいつも信じて甘やかす。
当然坂井をこよなく慕う親父も
毎度毎度全てを丸ごと信じていた。

坂井の息子の妄言の主となるものに、
「俺は芸能関係の仕事をしている」というのがやたらと多かった気がするのは
分かりやすく芸能界に憧れがあったんだろうと思う。

地元から一歩も出たことのない、
テレビ大好きミーハー親父なんて
そこんところが厄介だ。
圧倒的知識不足のミーハーが
「芸能界」「有名人」
みたいなよくわからないけど
自分も好きなジャンルのすごそうな話をされて
目の前でコピー品を作成して
「俺はクロムハーツのデザイナーだ」
と言われたらどうか?

調べたらクロムハーツは
本当に都会で売ってるブランドで
そんな仕事をしている人が俺を可愛がってくれている兄貴の息子だなんて。
ひとたまりもなかったと思う。

結果親父は一捻りで
家中の口座からお金を下ろし
何十万でその偽物を何度も買っていた。
買うどころでは収まらず、
親戚知り合い全員に紹介しては買わせていた。
(別に紹介料がもらえるってわけでもないくせに)

クロムハーツの偽物にしても質が低かったそれは、当然売られた人たちにもバレたらしい。
坂井の息子は訴えられたとかどうとか聞いたけど、ちゃんとお金が返せたかまで、私は事件の全容を追っていない。

親父は最後まで本物だと信じていたから
もちろんお金を返してもらっていないことは確かだが。

病院で十数年ぶりにあった時だって
着の身着のまま持ち物はボストンバック3つしかなかったくせに
買わされた偽物のクロムハーツだけは未だに
大事そうに小袋に入れてバックにしまっていたんだからすごい。

そこまで信じ切れる力って
逆に備わっていることありますか?
間違いなく私にはないな。
誰かさんのせいでひねくれているからだけど。


そういえば坂井の初婚の時の奥さんが、精神病棟に入れられているっていう話は
クロムハーツの偽物のことで騙された近所のおじさんに、井戸端会議でその頃聞いた。

坂井がまだやくざを辞めていない時
坂井と最初の結婚をした奥さんは
義理の両親の横の家に住んで坂井との子供を2人育てていたらしい。

まだ差別反対運動が起こって間もない頃は
特殊地域内では貧しさも相まって識字率が低い傾向にあったと聞く。
その奥さんも文字が読めなかった。
それなのに、その地域が利用できる優遇策を使って
坂井の両親たちは坂井の最初の奥さんを市役所の事務職として就職させたらしい。

なんで子育て中の嫁にそんなことをさせたのかは想像するしかないが
あの家の人間はとにかく金にがめつかったし、
自分の息子が刑務所の中で金を稼げないので
代わりに誰かは働かせたかったのかもしれない。

奥さんは文字も読めない、書けない状況だったから。
仕事が当然出来なくて、
周りの人間にもいじめられて
心を病んでしまった。

ある日一家心中を試みた奥さんは
坂井との子供1人を殺した後2人目を手にかけることができず
隣の義両親の家に「子供を殺しました」と
言いに来て警察へ通報され、
結果的に精神鑑定か何かをして
精神に異常が見られたので精神病院に入った。

そのおじさんが話すには
そんな話だった。

その時生き残ったのが坂井の長男。
クロムハーツの偽物を売っていたのは、再婚の嫁光子が産んだ次男である。

クロムハーツの偽物を
次男が一生懸命作っている坂井家の居間には
最初の奥さんが殺してしまった子の
写真が大きく飾られていたのを覚えている。

坂井は子供だけは好きなじじいだった。
地獄に落ちろと一時は願った相手でも
そんな話はやっぱり同情する。
だけど結局それだって、
地域の既得権益にすがって生活しているのが元凶じゃないか。

能力に相応する人間が特殊な地域の出身だからと、差別を受けて何かの職につけないのはよくない。
でも逆に能力もない人間を優遇してその職につけるのは?

その地域ではそんなことが時々まかり通って、
その結果それなしでは生きていけない人間を
しばしば量産していた。
坂井も親父もそんな悲しい人間の1人だった。

優遇されて、助成を受けて、
それなしでは生きられなくなるなんて。
とかく何かに依存して生きるのは
いつも結末が悲しい。

差別をなくす本当の意味も意義も
誰も彼もが何の邪魔も受けずに
自分の足でしっかり立てるようになる
そんな未来にこそあると
私は今でも信じている。


ところで親父は一体どうして
また働く気になったのか?
その警備会社は、地元の駅のすぐそばにあった。
私や弟の通った中学校へ行く通学路の
ほとりだったけど
新しくできた事業所らしく
その会社ができたことで
景色が少し変わっていた。

「すみませーん、失礼します~
先ほど連絡したものですが」

弟がその警備会社の事務所の扉を開けると
その事業所の所長さんだという人が
ひょっこり顔を出した。

「おぉ!待ってましたよ。
どうぞどうぞ、上がってください。」

病院の先生に会った時も思ったけど、
親父に関わってくれていた方が
思いの他やわらかい対応で驚く。

あんな性格の人間はさぞかし煙たがられていたんだろうと想像できるがために
娘だからとついでに怒られたり金を返せと言われはしないかが心配な私は
何年も地元に足を踏み入れることもできなかったほどなので
この状況は本当に不可思議だった。

外面がいいというイメージもない。
偏屈で高圧的で柄が悪いので
だいたいが評判は悪かったような。

優しそうなこの所長さんは、
一体どこまでこの親父のことをご存じなのだろう。
よく雇ってくれていたな。
とりあえず私たちはまず
この状況の説明をしなくちゃいけない。









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