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トレンドはすでに5Gの「次」へ(5G準備委員会1/16 vol.1 「5G x メディア・コンテンツ」についてクロサカタツヤさんに聞く)

いよいよ日本でも5Gサービスが提供されます。大手通信キャリアは対応スマートフォンを相次いで発表し、私たちの身近なものになろうとしています。

昨年11月に発売されたクロサカタツヤ氏の書籍『5Gでビジネスはどう変わるのか』は新しい環境をいち早く解説してくれることもあり人気を博していますが、その中に、以下のような一文があります。

普及タイムラインの中では2020年後半頃から5Gが幻滅期を迎えると予測……しかし事業開発の視点に立脚するとこの幻滅期の過ごし方がその後の勝敗を決することになるはずです。

5Gの登場で、未来がまた一歩近づき、生活はもちろん、ビジネスの世界においても盛り上がりを見せるはずなのに、「幻滅期」とはどういうことなのでしょうか?

5Gはさまざまな産業で利活用されると言われています。今回はその中でもメディア、コンテンツ業界における5Gに対して、クロサカタツヤさんにLivePark代表取締役・安藤聖泰とエグゼクティブ・プロデューサー・清田いちるがお話を伺いました。

vol.2「5Gの普及で何ができる? 何ができない?」はこちら
vol.3「過去の失敗も、5Gの時代なら成功するかもしれない」はこちら


●CESの「E」はエクスペリエンスの「E」

清田いちる(以下、清田)

いちるさん150

 今年も1月に世界最大級の電子機器の見本市、CESがアメリカ・ラスベガスで開催されました。5Gに関する展示も多かったのではないでしょうか? まずはCES 2020のお土産話からお願いできればと思います。

クロサカタツヤ(以下、クロサカ)

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 たまにぎっくり腰で飛行機に乗れなかったことがあるのですが……そういう年を除くと、この10年間で8回くらい、CESに行っています。変遷を定点観測しているのですが、2020年のCESは、私にとって近年まれにみるおもしろさでした。

清田

いちるさん150

 テック系ライターがCESに行った話はよく耳にしますが、コンサルタントや仕事として業界を俯瞰して見ている方のお話は貴重ですよね。具体的にどのあたりがおもしろかったのですか?

クロサカ

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 CESの主催であるCTA(Consumer Technology Association、全米民生技術協会)のゲーリー・シャピロ氏や、今回のキーノートスピーチをしたデルタ航空のエド・バスティアン氏など、多くの方が共通して口にしているのが、CESの「E」は「Experience(エクスペリエンス)」だ、「Electronics(エレクトロニクス)」じゃないということでした。

日本ではCESを「セス」と呼ぶことが多いのですが、正しくは「シーイーエス」と読むのが正しいそうです。また、2019年から「CES」が正式名称になっています。もともとCESは「Consumer Electronics Show」の略称でした。

もともと「Consumer Electronics」なので、会場には家電製品やAV機器が現在もいっぱい展示されており、サムスンやLGの大きなディスプレイ展示が印象的でした。ただ、2020年はデルタ航空のキーノートに代表されるように、エクスペリエンスが強調されていました。

清田

いちるさん150

 もはやエレクトロニクス単体ではなく、エクスペリエンスなんですね。

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 そうなんです。みなさんがご覧になっているWebメディアやニュースでは、デルタ航空のキーノートやそのエクスペリエンスに関する情報は、少なかったかもしれません。CES 2020の報道は、やはり日本ということで、トヨタが富士山麓に大きな街をつくる、ソニーがクルマを展示したというニュースが目立っていましたが、今回のテーマはそこじゃない。しかし、エクスペリエンスが話題の中心にならないのは、日本人にわかりづらいからかなと思いました。


●旅行サイトを開く時から帰宅後まで続くワクワクを包括的にケアする

清田

いちるさん150

 僕にはむしろ非常に興味深いのですが、具体的にはエクスペリエンスとはどのようなものでしょうか?

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 デルタ航空の基調講演を例にすると、記事にある写真を見ても、CEOがただしゃべっているだけにしか見えません。そこにはパッと見てわかるプロダクトが存在しないんですね。基本的には、CEOがコンセプトや世界観を説明していただけでした。もちろん発表は英語だから、そのままだと多くの日本人はわからない。絵にもならないので、日本だとあまり話題にならなかったと思うのですが、実はすごいことを発表していました。

清田

いちるさん150

 どんな内容でしたか?

クロサカ

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 ご存知のとおり、デルタ航空は航空会社です。旅行に行く際、飛行機に乗るわけですが、旅行というエクスペリエンスを考えると、私たちはいつワクワクし始めるのでしょうか? この視点はすごく大事なものなんです。

清田

いちるさん150

 なるほど。

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 現地で楽しい思いをする。たとえばラスベガスでステーキを食べると、おいしいねと楽しい気分になるものです。人によって違っているし、その違いもまた大事なポイントになりますが、私の場合、胸がときめいているのは、「旅行に行こうかな」と航空券やホテルをチェックしようとするタイミングです。私の場合、航空券の比較サイトを見ているだけでひと晩明かしてしまうこともあります。チケットなんて1枚も買っていないのに楽しい気分になります。

つまり、旅行サイトにアクセスする時から旅は始まっているわけです。飛行機を予約して、現地に行き、楽しいことをして、ご飯を食べて、写真を撮る。帰宅後、スマホなどで写真を見ながら旅の思い出に浸ったりもします。これらすべてがジャーニーなわけです。デルタ航空のCEOはこのすべてをケアしようとCESで発表していたんです。

昨年、開催されたMWC(Mobile World Congress)の北米版である「MWCアメリカ」というモバイル業界の展示会のサイドイベントでも、ラスベガスのIR事業者(カジノ事業)が、MVNOへの参入、通信キャリアになるという構想を打ち出していたそうです。私はそのイベントには不参加だったのですが、会場にいた方は「何を言っているだろう」とびっくりしたそうです。ただ、彼らとしては、テクノロジーが進化し、様々なデータがとれるようになった今、自分たちが所有しているカジノリゾートの価値を高めるだけでは何の意味もないと考えたんでしょうね。ホテルの宿泊者にはカジノやエンタメが目的だという人もいるし、グランドキャニオンに行きたいという人もいれば、たまたま泊まっただけという人もいる。それぞれに違っている大切なポイントに対して、どうサービスしていけばいいのか、旅行者のすべてを把握して、その人にとって最上の体験を作っていうことをIR業者などは言い始めているわけです。

清田

いちるさん150

 そのためにMVNOが必要だというわけですね。

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 そうです。データプライバシー的にはまだまだ考えなきゃいけないところがありますが、通信キャリアになってユーザーのデータをできるだけたくさん収集して、その人が今、本当に望んでいること、望んでいないことを把握する。そして収集データから判断される最適な瞬間を狙いすまし、例えばホテルが最高のサービスを提供する。これがエクスペリエンスではないのか、ということです。言葉で説明すると、「そうかもな」という気持ちにはなってもらえると思うんですが、それでも言葉による説明だとわかりにくいんですけどね。

IR事業者だけでなく、この説明は至極まっとうなもので、テクノロジー的にはすでに実現できる状況にあります。その中心のコア技術に「5G」はあると思います。


●先をいくアメリカでは、モノがつながることで生まれる価値が問われている

清田

いちるさん150

 なるほど、そこで5Gなのですね。

クロサカ

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 アメリカでは、2019年3月から5Gが提供されています。日本と比べて1年近く先行しています。アメリカはテック系の国、総本山ですから当然、「進んでいるなぁ」という感想になるのですが、悪口を言うつもりはないのですが、そんなタイミングで日本のソニーはクルマかぁと。私自身、クルマ好きなので個人的にはうれしかったのですが、その発表では産業論的、業界論的な狙いだけしか、わかりませんでした。

産業論的に盛り上げればコンサルにとっては十分じゃないか、という話もあります。しかし、私もコンサルである前にひとりの生活者、消費者なんですね。やっぱりそんな自分を楽しませてくれるものじゃないと、産業も何もないよね、という気持ちもあります。そう考えると、モノとしてプロダクトが良くなっていくのもいいことですが、その先が重要。現在のデジタルテクノロジーでは、技術という点と点を線にして、さらに面にすることが可能です。やっぱり日本もそこを目指さないとダメだよね、ということを今回のCES 2020で強く感じました。

清田

いちるさん150

 逆にいうとCESに出す価値があるようなものでも、それだけだとすぐにコモディティ化してしまっているということですね。

クロサカ

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 そういうことだと思います。CESは昨年からかなり米中貿易戦争の影響を受けていていますが、2018、2019年くらいまで、CESは中国勢の天下でした。おもちゃみたいなガジェットを含めて、ドローンやAI技術な中国勢の出品が本当に多かったんですね。実際、一昨年の出展社の1/5ほどは中国企業でした。

清田

いちるさん150

 すごい量ですね。

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 しかし2020年は来場者を含めても、大きな企業を中心にブースはいっぱいありましたが、中国の人がぜんぜんいなかったんですよ。そういう曲がり角に、CESは立っています。テクノロジーのトレンド自体に変化はないというのが今年のひとつの姿で、政治的な問題があり中国企業が少なくなったとしても、必ず「モノ」は出てきます。日本人はもちろん、ヨーロッパの人だって、アフリカの人だってつくることができるわけですから。

モノそれ自体にも価値はありますが、それらがコネクテッドされていきネットワークになったらどうなるのか? この「どうなるのか?」はモノがつながった後の全体的な価値になりますが、多くの人がそこを意識し始めています。いや、さらに進んでいて、コンセプト段階ではなく「Ready to Go」な状態、つまりみんな実際に取り組んでいるんですね。


●5Gが当たり前になった中で求められるものとは

清田

いちるさん150

 もう始まっているんですか?

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 ええ、もうやっているそうです。あと、もうひとつだけ申し上げたいのは、特にデルタ航空の基調講演で秀逸だったのは、消費者にとってだけでなく、従業員の満足度も高めようということにも触れている点です。

これは日本で話題になっているCSR(Corporate Social Responsibility)のような話ではなく、カスタマーサティスファクションを高めることは、従業員の満足度を高めることとも一致する、同じ次元にあると言っている点です。そうしないと、従業員が最適に動くこともできないんですね。「デジタルツイン」といった表現もありますが。これまでモノだけの話だったのですが、今後、サイバースペース内にお客さんだけでなく従業員も入ることになります。その中で最適化しようとする場合、従業員も幸せに働いていなければなりません。この視点は、今の日本ではかなり少ない。

清田

いちるさん150

 そうですね。

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 「働き方改革」として従業員のことをちゃんと考えているという企業は増えてきましたが、問題はそこではなくて、お客さんに価値を還元するという観点においても、従業員の満足度を高めることが、みんながサイバースペースに入っていく状況で最適化するためには必要だと、デルタ航空の基調講演では遠回しに触れていました。そんな話を聞くと、あまりこの言葉は使いたくないのですが、まだ日本はそこにたどり着いていないな、周回遅れ感があるなと思います。

清田

いちるさん150

 日本にはまだ「お客様は神様です」という言葉もあったりしますからね。CES 2020は、僕が考えていたものとだいぶ違うようですね。

クロサカ

企_クロサカ_正面150

 シリコンバレーの日本人ベンチャーキャピタリストである、スクラムベンチャーズの宮田さんが『「非テック企業の祭典」となったCES 2020』と題したブログを投稿されていたのですが、まさしくこのとおりだと思います。

本日のテーマをいきなりぶった切ってしまうかもしれませんが、2020年のCESでは誰も「5G、5G」と騒いでいなんですよ。アメリカではすでにサービスが始まっていますし、当たり前のものになっている。

すでに5Gとは何なんだ、という状態ではなく、「5Gから始まるデジタルツイン」など、フィジカルとサイバーを分けることさえバカバカしいというパラダイムに移り変わろうとしています。テクロノジーを組み合わせて、どういうエクスペリエンスを提供できるかという点に軸足は完全に移っています。

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