〜第5章〜 アルバム全曲解説 (7)B面-1 Back in N.Y.C.
さて、ここからアナログ盤(*1)B面に入ります。
A面最後の曲 The Grand Parade of Lifeless Packaging の終盤で、ギャング仲間や兄のジョンをドリームドールの中に見つけて恐怖に駆られたレエルは、人形が並ぶ工場のフロアから逃げ出すわけですが、どうもまだ工場の建物の中にいるようなのです。このあたりあまりはっきりと【テキスト】や【歌詞】に書かれていないのですが、この建物内で、レエルは過去の事を回想するのですね。このB面冒頭から始まる3曲、Back in N.Y.C 〜 Hareless Heart 〜 Counting out time は、全部がレエルの回想の歌となっていて、回顧三部作(retrospective trilogy)とも言われるパートです。
【テキスト】【歌詞】とその内容
この回想に入る部分の【テキスト】の表現はたったこれだけなのです。
物語としては、洞窟やドリームドールの工場から逃げ出したレエルが、なんとか元いた場所に戻ろうとしようとしつつ、昔をふり返るみたいなシーンなのです。ただ、どうして急にこういう回想シーンとなるのかは、あまりくわしく説明されずに、読み取るとしてもドリームドールの中に彼のギャング仲間を見つけたことが引き金になっていることくらいしかないのですね。ライブの【MC】ではこんなことも言っていたようです。
といって、【MC】の解説もなんだかよくわかりませんよねw。「彼はニューヨークの街並みをほぼ完璧に再現した地下を移動している」「ニューヨークの街は数年前に再び建設されていた」って一体どういうことでしょうねえ? これは、意識下で旅をするレエルが、さらにその記憶の中のニューヨークをさまよってるというようなことなのでしょうか??
結局、この辺、かなりストーリーとしても雑な印象を持ってしまうんです。過去の意識がフラッシュバックするならするで、もう少しリーズナブルな理由は付けられると思うんですが…(笑)
そして歌はこう始まります。
なんか、有無を言わせず「ニューヨークに戻ってきた」と始まり、これが回想シーンであることは、【テキスト】をよく読まないと分からないような構成です。そして【テキスト】では、レエルについての属性の補足みたいな文章が続きます。
そして、レエルはろくでもない両親を養うためにギャング団(The Packというのがその名称なのでしょう)に加わり、ポンティアック(刑務所)(*2)に入っていたことがあると明かされるわけです。ただ、ここには両親は出てくるのですが、兄ジョンは全く出てこないのですね。自分の幻影だからといいつつも、そもそも兄も実社会で存在しなかったという設定はちょっと無理があると思うので、レエルのリアリティを補強するためには、兄ジョンのこともここにメンションすべきではないかと思うのですが…。
【歌詞】にもその後はこれ以上詳しい情報は出てきません。ここでは、ピーター・ガブリエルが過去のジェネシスでは一度も見せたことがないほどのシャウトをしながら、ひたすら「タフなレエル」を歌うわけです。
この最後の「ガソリンの入ったボトル」とは、火炎瓶のことで、実際ピーターは、ライブのステージで小さな火炎瓶を投げる演出をしていたそうです。
さらにサビのリフレインではこう歌われます。
レイプ(rape)という直接的な単語まで持ち出す過激っぷりです。そのため、このフレーズは最近のAI翻訳はだいたい訳してくれません。知らんぷりしてすっ飛ばすか、翻訳を拒否されるような歌詞なのです。また、この一説がレエルの性犯罪の前科をかなり暗示していることが、冒頭のタイトル曲での Wipes his gun (彼の銃口を拭う)という表現が、やっぱり性犯罪を暗示しているというところの根拠にもなっているようです。
と【歌詞】は続き、やはりレエルのイキってる感じが歌われるわけですが、ここでまたピーターは、イギリス英語を使ってしまっているのですね。それが、 progressive hypocrites(進歩的な偽善者)というフレーズです。この言葉はイギリスでは昔から、「リベラル」と言われる政治スタンスの人の中で、特に「美辞麗句を並べるだけで行動しない偽善者」のことを指す用語だそうで、いくらなんでもレエルが使う言葉ではないという指摘がされています。
また、上記の歌詞ついては、ドラッグをほのめかしたものだという指摘があります。walking in the streets は、ただ「街を歩く」というだけの表現ですが、「ヤク中が街のディーラーと接触する」という暗喩らしく、さらに mainline connection とは、これも「重要人物とのコネクション」という意味だと思いますが、これがドラッグの胴元のことかもしれませんし、またドラッグの静脈注射のことを暗示している可能性もあるのだそうです。
いずれにしても、この曲の歌詞は、レエルは過激でヤバイ奴なのだということを、彼のフラッシュバックとして、ピーターが、激しくシャウトしながら歌っているわけなのです。
ところが、この曲はちょっと不可解な終わり方をするのですね。【テキスト】では、突然ヤマアラシ(porcupine)(*3)が出てきて終わるんです。
歌詞の方では、こう歌われます。【テキスト】では寝ていたはずのヤマアラシですが、ここではレエルに語りかけるのですよね(^^;)
最後の2行は、次のインストゥルメンタル曲 Hearless Heart につなげるためのセリフではありますが、そもそも突然登場するヤマアラシとは、一体何を意味しているのでしょう?
このヤマアラシについての考察は、海外の評論家もだいたい同意見のようです。当時ピーターが熱心に読んでいた、ユングやフロイトが言うような、心理学的な意味が、ヤマアラシという動物にこめられているのでしょう。
ヤマアラシは体に強力な針を持つ生物で、野生の世界でもヤマアラシを積極的に捕食する動物があまりいないという特徴があります。さらにヤマアラシはわりと獰猛な生物だということで、表面的には無敵で攻撃的なレエルのような人物の象徴でしょう。ところが、ヤマアラシも、そのトゲと獰猛な性格の下には、柔らかい皮膚を持ち、他の生物と同様に、傷つきやすい体を持っているわけです。つまり、ここでのヤマアラシのイメージは、外見は獰猛で無敵に見えても、内面は傷つきやすい存在であるという二面性をもっているという意味なのです。ピーターは、ここでヤマアラシを持ち出すことで、レエルは、外見は超タフなふりをしながら、一方で内面は恐怖と不安に苛まれている傷つきやすい普通の青年であるというキャラクター設定をしているわけです。ここで、ピーターは、主人公の隠された「弱さ」について、はっきりさせたかったのだと思われます。
そしてもうひとつ、これは同時にピーター・ガブリエル本人のイメージでもあるという解釈があります。以前も書きましたが、ピーター・ガブリエルという人は、ステージ上で見せるカリスマロックスターとしての姿と普段の落差が大きいことで悩んでいたわけです。結局ステージ上でしか自信に満ちあふれることができず、普段は傷つきやすい人間である自分の存在の矛盾をヤマアラシとして表現したのではないかいうことなのです。彼のこの過去例を見ないほどのシャウトが、その魂の叫びだというわけです。レエルというキャラクターに、ピーター・ガブリエル本人が投影されているという考えは、こういうところから来ているわけで、これはピーター自身もだいぶ後になってから記者などから指摘されて「言われてみれば確かに…」的な認め方をしているのです。
ただ、The Lambの制作当時、ピーター・ガブリエルが本当にそのことを意識していたかどうかというのは、一部議論が分かれるようで、彼は「無意識」のうちにレエルのキャラクターに自己を投影していて、このストーリーを書くことで、「無意識的に」自己セラピーを行っていたのだという人もいるのです。
【音楽解説】
マイク・ラザフォードが考案した7/8の変拍子のリフをバックにピーターのシャウトが炸裂するヘビーな曲ですね。曲の冒頭、In The Cageと同じようなラザフォードのハートビートを模したようなベースのリズムに導かれて始まりますが、このベースが F# と、全く In The Cage の出だしと同じキーでもあることから、レエルの回想、フラッシュバックをもたらしたのは、 In The Cage での恐怖とつながっているのだという解釈があるようです。回想を歌った曲のイントロを、その原因となるトラウマを歌った曲と同じにするというのは、あり得る演出のような気がします。しかも、この曲はHeadly Grangeで作られていて、そのときはまだ、The Grand Parade of Lifeless Packaging の曲も詩も存在していなかったのです。ということは、もともとの想定では、この曲はIn The Cageの次の曲だったはずです。恐らく楽曲隊のメンバーは、ピーターから「このシーンは、洞窟の恐怖から過去がフラッシュバックする場面」くらいの説明を受けていたのではないでしょうか。冒頭のベースを同じようなリズムとキーで演奏するというのは、やはり何か関連性があると考えた方が自然かもしれません。(ついでに言うと、The Grand Parade of Lifeless Packaging で、レエルがギャング仲間や兄ジョンをドリームドールの中で見つけて「恐怖」を感じるというのは、このBack in N.Y.Cにストーリーをつなげるために、敢えて設けたエピソードかもしれません)
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【注釈】
*1:イギリス盤の初回プレス盤は、このBack in N.Y.C.にノイズが載った不良盤が多発して、ユーザーからのリクエストがあれば、交換してもらえたそうです。カッティング〜プレスの工程を急ぎすぎたことが原因だったのでしょう。
*2:ポンティアック(正式名称:Pontiac Correctional Center)とは、イリノイ州(ニューヨーク州ではない!)に1871年に設立された刑務所。少年の矯正施設として運営されていたのは1893年までで、その後は成人対象の刑務所となっていました。従って、70年代にニューヨーク州で逮捕された少年が、ここに収監されるというのはちょっと無理のある場所なのです。1973年4月に、100人の受刑者が刑務所内の食堂で暴動を起こすという事件がありました。これは、収監されていたシカゴの対立するギャングの抗争と言われているそうですが、恐らく直近のこのニュースをピーターが耳にして、歌詞に入れたのではないでしょうか。車のポンティアックのことではないかという解釈もあるようですが、それはちょっと無理があるような気がします。
*3:日本盤初版LPのライナーの歌詞和訳では、ヤマアラシではなく、ハリネズミと誤訳されていました。ヤマアラシとハリネズミは全く異なる生物で、これだと意味不明がさらに深まったのではないかと思います。ちなみに、この曲の、porcupine の部分にも、イーノのエフェクトがかけられています。
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