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1991年のプログレ的風景:イエス奇跡の復活に、ジェネシスメンバー渾身のソロ作、そしてジェネシス最後の輝き

 90年になったとたんに、何とか80年代も乗り越えてきたかつてのプログレミュージシャンの声を聴かなくなってしまい、いよいよプログレ系ミュージシャンも終わりかと思ったら、この年4月に、何とイエスが復活するのでした。

UNION(邦題:結晶) / YES

 89年のAnderson Bruford Wakeman Howeで、「イエスじゃないけどイエス」wを聴いたばっかりではあったわけですが、その後再び元の鞘に収まるとは、このとき誰が予想できたでしょう。ところが、これが例の悪名高き「8人イエス」というやつなのですよね。

 でも、アルバムのリリース当時は、そんな裏話はほとんど報道されていなかったはずで、わたしもかなり素直に「奇跡の復活」を信じて、喜んでアルバム聴いていたワケなんです。(この8人イエスは92年には来日公演もするわけですからね)中身も、まあやっぱりイエスには聞こえるし、これくらい許容しなければ、プログレっぽいものはもう聴くものがなかったわけですからね。

 でも、後々いろいろと内実を知ると、まあホント「いい加減にしろよな…」という感じではあるわけですね。(当時のイエスについては、まあこの記事でも参考にしていただければw)


そして、イエスと同じ4月、マイク&ザ・メカニクスの新譜がやってきます。

Word Of Mouth / Mike & The Mechanics

 1988年の前作Living Years からの同名タイトル曲が、全米No.1になるという大ヒットを経験したジェネシスのマイク・ラザフォード率いるメカニクス、3年ぶりの新作です。実は、このアルバムからシングルカットされた曲は、ビルボードの100位以内にちょっと顔を出す程度になっていて、それほど売れた感じではないのですが、わたし的には、いよいよメカニクスも脂がのったというか、ここに至って、バンドとして完成したという感じを受けたんですね。個人的にはメカニクスのアルバムの中では一番好きなのがこれなんです。

 そして、マイク・ラザフォードが頑張ると、やはり黙っていないのが、ジェネシス最後の大物…われらがトニー・バンクスなのです(^^;)

 トニー・バンクスの前作は、ツインボーカルだったマイク&ザ・メカニクスの向こうを張ったのかどうかはわかりませんが、バンクステートメントという、男女ツインボーカルのバンド名義のアルバムだったのですね(^^;) ところが、これも思ったほどのセールスを記録できなかったわけで、次はバンドスタイルは捨てて、またまたトニー・バンクス名義に戻ったわけです。

Still / Tony Banks

 で、6月にリリースされたこのアルバムなのですが、トニー・バンクス「らしい」楽曲で勝負してきたように思うのです。もちろん、プログレというよりは、ポップに軸をおいた作りですが、わたしにはこの時期のトニー・バンクスの全てを注ぎ込んだみたいな、渾身のアルバムに聞こえたのですね。イギリスの人気ボーカリスト、ニック・カーショウや、マリリオンのフィッシュをはじめ、多彩なボーカリストを起用したり(なんかまた1曲だけ自分で歌ってますが…w)、かつてのジェネシスファンなら、絶対に「おっ!」と反応するような、ちょっと長めの曲間のピアノソロとかとか、全体に非常に質の高い、作り込まれたポップアルバムだったと思うのです。ところが、これでも売れなかったのですね…トニー・バンクスは。

 ただ、一般には売れなかったとは言え、わたしとしては、トニー・バンクス渾身のソロを聴いて、なんか嬉しくなっていたのです。すると今度は10月に、何と本家ジェネシス久しぶりのアルバムが届けられて舞い上がるわけなのです。

We Can't Dance / Genesis

 ご存じの通り、ジェネシスは86年の前作 Invisible Touch がとんでもない大ヒットとなったわけですが、このアルバムはその延長線上というスタイルでした。

TONY: We Can’t Dance is very much a successor to Invisible Touch. I see the two albums as related. In my mind, they do slightly blur together, even though they were separated by six years. Overall I feel Invisible Touch is the better album of the two, although I like one or two of the tracks on We Can’t Dance. ‘No Son Of Mine’ is certainly one of the best songs we've ever done. By this time Phil had really developed into a very good lyric writer and that is a wonderful lyric, which communicates its ideas very, very well.

トニー: We Can't Dance は Invisible Touch の後継作という意味合いが強いね。僕はこの2枚のアルバムを関連したものとして見ているんだ。6年の歳月を隔てているけど、僕の中ではこの2枚のアルバムは微妙に混じり合っている。We Can't Danceの中の1、2曲は好きだけど、全体的には Invisible Touch の方が良いアルバムだったと思うね。でも、No Son Of Mine は、僕らが作った曲の中でもベストのひとつだと思うよ。この頃になると、フィルはとても優れた作詞家に成長していたし、この曲はアイデアをとてもとてもうまく表現した素晴らしい歌詞なんだ。

Genesis Chapter & Verse(日本語訳は筆者)

 アナログ版なら二枚組というボリュームの大作で、シングルカットされた曲は5曲。最大のヒットとなった I Can't Dance(Billboard最高7位)の他、親子の断絶を歌った No Son Of Mine(最高12位)、コミカルなMVの Jesus He Knows Me(最高23位) 、バラードの Hold On My Heart(最高12位)、 Never A Time(最高21位)と、相変わらずこれだけの曲をチャートに送り込むわけです。さらに、11分を超える大曲の Driving The Last Spike や、インストゥルメンタルの Living Forever など、とにかくジェネシスファンをうならせるような名曲が目白押しで、ここでもそのクオリティの凄さに舌を巻いたという感じだったのです。

Jesus He Knows Me (Original Ver.)

Jesus He Knows Me (Official Music Video)

Jesus He Knows Me のMVは、91年当時は、上のOriginal Ver.の方が放映されていたはずです。ズラを被ったフィル・コリンズが、アメリカのTV宣教師をおちょくった内容で、マイク・ラザフォードもかなり悪ノリしてますw(トニー・バンクスはこういうの苦手なのがよく分かりますねぇ^^;)。ただ、最近Officialで流されている動画はだいぶ当たり障りなく編集されています。やっぱり何かマズいことでもあったのでしょうか(笑)

 ただ、永年のファンとして、「あれ?」と思ったのが、エンディングを飾る Fading Lights という曲だったのですよね。

 だって、曲名が「消え行く光」ですよ。これがアルバムのエンディング曲だというのは、「これでジェネシスは終わりってメッセージ?」と思ってしまったのです。このときもジェネシスは、アルバムリリース後にお約束のワールドツアーに出るわけですが、翌92年8月、ワールドツアーを締めくくるロンドンでの公演が全世界に生中継されたのです(日本ではWOWWOWで放映されました)。このステージで、彼らはこの Fading Lights を、3人だけで演奏するということをやっていたのですね。これを見て、いよいよこれでジェネシスは解散するのではないかという思いがますます強くなったのでした。

 でもこれは正しかったのですね。ジェネシスのメンバーもレコーディング中からそれを感じていたそうで、Fading Lights については、後にトニー・バンクスがこう語っています。

TONY: I had thought that We Can’t Dance might well be the last album we did with Phil, so when I wrote the lyric to 'Fading Lights', another of my terminal songs, I had the idea of ending the song with the word ‘remember’. And it is very poignant in that context, because it marked the end of a large part of our career.

トニー: We Can't Dance は、フィルと一緒に作る最後のアルバムになるかもしれないと思っていたので、僕の最後の曲のひとつだった Fading Lightsの歌詞を書いたとき、曲の最後を remember という言葉で終わらせるというアイディアを思いついたんだ。その意味で、この曲は僕らのキャリアの大きな部分の終わりを告げるもので、とても切ないものなんだよ。

Genesis Chapter & Verse(日本語訳は筆者)

このときのツアーの映像作品 The Way We Walk に収録された Fading Lights の演奏シーン。サポートメンバーのダリル・スターマー、チェスター・トンプソンを入れずに3人だけでステージで演奏するんですよね。

 こうして、ジェネシスメンバーのソロと本家ジェネシスの、相変わらずのクオリティの高さを存分に堪能した91年だったわけですが、この年、わたし的にかなり印象に残ったアルバムをひとつ、最後に紹介しておきます。それが、ドイツの音楽ユニットエニグマの1stアルバムです。

MCMXC a.D. / ENIGMA

 このアルバムは、90年の年末にリリースされているのですが、ヒットしたのは91年になってからだったと思います。彼らは世間的にはプログレバンドという認識は全く無かったと思うのですが、かつてEL&Pが、クラシックの楽曲をロックアレンジしたのと同じように、グレゴリオ聖歌を現代のロックとしてアレンジして聴かせるというのは、まさにプログレの手法であるなと思ったりして、わたし的にはプログレ認定していたわけなのです。いよいよジェネシスも解散秒読みかと感じた90年代にも、なんかまだ聴ける新しい音が出るんだ、と感じることができたアルバムだったのです。そして、これがこの先、ディープフォレストとか、アディエマスにつながっていく、90年代の新しいプログレみたいな音楽のハシリだったのではないかと思うのです。



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