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〜第5章〜 アルバム全曲解説 (1)A面-1 The Lamb Lies Down on Broadway

いよいよ、この記事からアルバムの収録順に1曲づつ解説していきます。この作品、インナースリーブの物語、歌詞が一方だけで完結するようになってませんので、適宜引用しながら紹介します。たまにピーターのライブMCも混ぜてストーリーの流れが分かるようにしようと思います。これまでもわりと無自覚に物語のことを「テキスト」と書いてきましたが、以後、ストーリー部分の記述を【テキスト】歌詞は【歌詞】、ピーターのライブMCは【MC】と区別するようにします。

歌詞はこちら


【テキスト】【歌詞】とその内容

The flickering needle jumps into red.
点滅する針が赤い光にのみこまれる。

【テキスト】

冒頭いきなり、またわかりにくい英語で始まります。ニューヨークに朝日が昇るシーンの表現だと思います。flickering needleとは「点滅する針」という意味ですが、恐らくニューヨークの摩天楼のてっぺんについている点滅する航空標識灯の事を言っているのだと思います。それが、朝日の赤い光に飲み込まれるという情景を表現しているのでしょう。

続いて早朝のニューヨークの風景が表現されるわけですが、
 ・オールナイト映画館から出てくるくたびれた客
 ・WALK、DONT WALKなどの交通標識
 ・早朝に走っているタクシー
などが【テキスト】で解説され、いよいよ「我らがヒーロー」レエルが登場します。

-- our hero is moving up the subway stairs into day-light. Beneath his leather jacket he holds a spray gun which has left the message R-A-E-L in big letters on the wall leading underground. It may not mean much to you but to Rael it is part of the process going towards 'making a name for yourself.' When you're not even a pure-bred Puerto Rican the going gets tough and the tough gets going.
--我らがヒーローは地下鉄の階段を上り、昼間の明りの中に出て行く。レザージャケットの下にはスプレーガンが握られていて、地下へと続く壁に大きな文字でR-A-E-Lのメッセージが残されている。これは、あなたにとってはたいした意味ではないかもしれないが、レエルにとっては「自分の名を上げる」ためのプロセスの一部なのだ。純血のプエルトリコ人ですらないので、 ひたすらタフになるしかないのだ。

【テキスト】

「我らがヒーロー」というフレーズは、冒頭のここでも出てきますし、ライブのMCでもピーターが頻繁にそう言っています。つまり  この物語は Hero's Journey なんだということを、もうこの段階でネタばらししてるようなものかもしれませんね。

ここで、レエルは自らの存在を誇示するためにスプレーガンで自分の名前を壁に書き記すということで登場します。ここで、彼はプエルトリカンのなかでもさらに差別されるであろう「純血ではない」という属性であることが表現されるのです。続いて、周囲に何か危険がないかを気にしながら街を歩くレエル。ドラッグストアや街娼の前を通り過ぎて…

and past Patrolman Frank Leonowich (48, married, two kids) who stands in the doorway of the wig-store.
ウィッグ・ストアの入り口に立つフランク・レオノウィッチ巡査(48歳、既婚、子供2人)の横を通り過ぎる。

【テキスト】

と、突然よくわからない人物が属性つきで出てくるのですが、この人はここでしか出てこないんです。この表現に何か意味があるのか?と言われて、なかなか意味が見いだせないのですね。東欧っぽい名前なので、移民の街ニューヨークを象徴する人物だとか、レエルが巡査の個人名を知っているということなら、わりとそっちにも顔が利いてるという意味合いだとか…、なんか釈然としないですねえ。一方【歌詞】には、もう一人謎の人物が登場します。

Suzanne tired her work all done, Thinks money - honey - be on - neon.
スザンヌは仕事が一段落し、お金 - ハニー(夫か恋人のこと)- ビーオン(恐らく性欲の婉曲表現)- ネオン(仕事後の遊び)を考える

【歌詞】

こちらも「スザンヌ」って誰?なんですが、彼女もここだけの人物でして、お得意の韻を踏んだフレーズが歌われるわけです。彼女は恐らく、ごくまっとうな仕事をするOLで、ワルのレエルとの対比という意味合いで登場しているのだとは思うのですが、一方で、これはレーナード・コーエンの1966年の歌スザンヌの引用ではないかとの指摘もあります。この歌は目覚めや悟りを歌っていて、やはりキリスト教との関連ではないかという話なのですが、さて?

まあこれがピーター流の言葉でして、結局意味のよく分からない物、それこそ引用かどうかすらわからないものがこの後もたくさん出てくるということの最初の体験となるわけで、これがガブリエルワールドの始まりなわけです(笑)

そしていよいよ ヒツジ の登場です。

Meanwhile from out of the steam a lamb lies down. This lamb has nothing whatsoever to do with Rael, or any other lamb - it just lies down on Broadway.
そんな中、スチームの中に一匹の子羊が横たわっているのが見える。この子羊はレエルとは何の関係もないし、他の子羊とも何の関係もない。- ただブロードウェイに横たわっている。

【テキスト】

スチームというのは、ニューヨーク特有の蒸気を使った暖房・給湯システムから排出される蒸気のことで、冬の風物詩とも言われる光景ですね。恐らくピーターもツアーで訪れた際にこれを見ているのでしょう。このスチームというのは、ピーターが好きなイメージらしく、後にソロで Steam という曲も歌ってますね。そのスチームの中にレエルは1匹のヒツジを見るのです。そして、それはただ、そこにいるだけなのです。また、よく見ると【テキスト】で最初にヒツジが登場するところは、a lamb なんですね。

【テキスト】では、ニューヨークの朝のシーンから、レエル登場、そしてヒツジの登場ときちんと時系列になっていますが、【歌詞】では冒頭からいきなり、ヒツジが登場します(笑)

And the lamb lies down on Broadway
そして子羊がブロードウェイに横たわる

【歌詞】

まあこれは音楽の構成上しかたないわけですね。一方それ以外の歌詞も【テキスト】と似たようなことが歌われていまして、ここは単にニューヨークでのレエルとヒツジの登場シーンのみが歌われているわけです。そして歌で歌われるときは一貫して the lamb となってます。やはりここでは、最初に【テキスト】に登場した ヒツジはピーターが言うように何のシンボルでもないということでの a Lamb であり、そこにいた ヒツジ を歌ったということで、The Lamb ということかなぁ。本当に何の意味も無いということであるなら、タイトルも歌もA Lamb Lies Down on Broadway でも良かったはずなのに、The Lamb をタイトルにしたのは、やっぱり特定の勘違いを誘発することを狙ってた説がすこし濃厚に…(笑)

Rael Imperial Aerosol Kid, Wipes his gun – he’s forgotten what he did
レエルはスプレー使いの達人、彼の銃を拭い - やったことなんてすぐ忘れちまう

【歌詞】

歌詞には、こういうちょっと印象的なフレーズも含まれています。Imperial Aerosol Kidはなかなか日本語に訳しにくいのですが、「スプレー使わせたら右に出るものがないガキ」みたいな意味合いだと思います。実は、レエルが「少年院帰り」であるという事はこの後の曲で表現されるので、ここではワルだけどまだ子ども(Kid)であるということを最初に強調しているのかもしれません。

Wipes his gun は、「彼の銃をぬぐう」で、ここで言ってる「彼の銃」とは、先の「スプレーガン」のことで、落書きしたことなどすぐに忘れてしまうのか、それとも「過去の悪事なんて覚えてない」くらいの意味合いでしょう。ただ、「スプレーガン」は彼のイチモツの暗喩であり、「ぬぐう」はまさに射精後の精液を拭くこと、そして「すぐ忘れてしまう」ということで、レエルの行きずりの性暴力行為のことを、裏の意味として仄めかしているという指摘もあったりします。どこまで当たってるかはわかりませんが、ここではそういう解釈がされても、レエルのキャラクターにそぐわない内容ではないので、そういういろんな解釈ができるような言葉が敢えてチョイスされている可能性もあるのではと思います。

サウンド解説

この曲の特徴といえば、やはりこのトニー・バンクスによるピアノのイントロに尽きると思います。初めて聴いたとき、「どんだけ高速なフレーズよ」と驚愕したのですが、実は両手を使ったかなりトリッキーなプレイをしているわけですね。これぞトニー・バンクスです。

ところが、このイントロについて、両極端とも言える解釈があります。

1)海から爽やかな風が吹き込む早朝のマンハッタンの雰囲気を表現している
2)精神病を暗示している

メンバーのコメントはないので、皆勝手な解釈をしているのですが、わたしは、断然(2)の方に1票! 個人的には、このフレーズは、そんなに「爽やか」な感じを受けないですね。これもわたしの勝手な感想ですが、夢野久作のドグラ・マグラという作品があり、この作品の冒頭が

…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。

ドグラ・マグラ / 青空文庫

という書き出しなんです。これはモーターの音の擬音表現なのですが、精神病をテーマとした作品の非常に暗示的な書き出しでして、どちらかというと、このセンスに通底するようなものを感じるのです….(個人の感想ですw)

つまり、このフレーズは、非常に細かい音が連なっていて、これがなにか不安をかき立てるような効果をもたらしているような気がするのです。そういう意味で、これから始まる不可思議なストーリーのイントロダクションとして、非常に効果的だと思っています。

もうひとつ、この曲はマイク・ラザフォードが演奏する力強いベースラインが特徴ですが、これはMicro-Frets社の6弦ベースというかなり珍しいベースを、マーシャルのファズボックスを通して出した音だそうです。マイク本人は「ものすごく弾きずらい」ベースギターだったと言ってます。

そして、この曲のもう一つのトピックは、過去のポピュラーソングからの引用です。

On Broadway / Drifters 1964

They say the neon lights are bright on Broadway (on Broadway)
They say there's always magic in the air (on Broadway)

On Broadway / Drifters

それまでジェネシスは、クラシックからの引用をたまにやったことはありましたが、EL&Pやリック・ウェイクマンみたいな派手な引用は一切ありませんでした。もちろんポピュラーソングからの引用というのは皆無だったのですが、ここで、アルバム冒頭のテーマ曲で、大胆にもアメリカの黒人グループ、ドリフターズの On Broadway を、メロディーだけでなく歌詞も引用しているのですね。もともとピーター・ガブリエルはオーティス・レディングの熱心なファンでしたし、トニー・バンクスやフィル・コリンズもモータウンサウンドは相当聴いていた人たちです。恐らくここで、ブロードウェイを舞台にしたストーリーをアメリカにアピールするということを、こういう引用の形で表したのだと思います。

最後に、この曲はジェネシスの歴史上トニー・バンクスとピーター・ガブリエルの最後の共作曲なのです。これまでの制作経緯でもずっと書いてきましたが、このアルバムの曲はほとんどがピーター以外の4人が楽曲を作り、歌詞と歌メロだけがピーターという組み合わせです。ところが、この曲は、アルバム唯一のピーターとトニーの共作曲なのです。テーマ曲ですから、恐らくHeadly Grangeの最初の頃、つまりピーターの脱隊騒動の前に作られたものではないかと思います。

そして、このアルバム1曲目は、前作までのジェネシスと全く違う音楽なのだということを、たった1曲で完璧なまでに示したのです。

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