新型コロナウイルス感染拡大によって女性労働者が受けている深刻な打撃 ~ILO緊急報告から見る世界規模での影響~

1 はじめに
 新型コロナウイルスという未知のウイルスは、2019年12月初旬に第1例目の感染者が報告されてから、わずか数か月ほどの間にパンデミックと呼ばれる世界的な流行となっていきました。2021年8月時点での世界における感染者数は2.03億人にのぼり、約430万人が亡くなったといわれています。
そして、現在も新規感染者数は世界各地で増加しており、ワクチンの普及を受けても収束はまだまだ見えてこないという厳しい状況に人類は立たされています。 
新型コロナウイルスの大きな特徴は、強い感染力と重症化のリスクにあります。こうした特徴から、人の移動や接触が制限されるという、これまでの大規模自然災害や金融危機とは異なる影響が出てきました。この新型コロナウイルス特有の影響は、社会のシステム、人々の生活様式、教育のあり方に大きな変化を与えているのはもちろんのこと、経済や雇用にも大きな打撃を与えています。
労働者側で労働問題に取り組む弁護士として、新型コロナウイルスの感染拡大が労働者、特に女性労働者に与えている打撃を実感していましたが、ILOの緊急報告からも、世界規模で女性労働者が深刻な打撃を受けていることがわかったのです。

2 世界規模で生じている新型コロナウイルス感染拡大による影響
厚生労働省によると、新型コロナウイルス感染拡大に関連した解雇や雇止めは、見込みを含めて2021年7月9日時点で累計11万0326人に達したとのことです。昨年11月から今年2月にかけて1か月当たり5000人超で推移していましたが、3月は約8000人に増えており、ペースが加速しています。
そして、新型コロナウイルスの感染拡大の影響は世界でも深刻化しています。2021年1月25日にILO(国際労働機関)が発表した推計によれば、2020年の世界全体での総就労時間は前年比で8.8%減少したそうです。これは、週48時間勤務の常勤労働者に換算すると、2億5550万人が失業したことに相当します(’ILO Monitor:COVID-19 and the world of work. Seventh edition’ https://www.ilo.org/global/topics/coronavirus/impacts-and-responses/WCMS_767028/lang--en/index.htm)。

3 女性労働者が受けている深刻な打撃
世界規模で労働市場の大規模な混乱が生じ、あらゆる労働者に影響が及んでいます。その中でも、ILOの緊急報告によれば、男性労働者に比べると女性労働者がより大きな影響を受けていることが明らかとなりました。
2020年6月30日に発表されたILO緊急報告(第5版)では、新型コロナウイルスの感染拡大は、すでに存在している格差を悪化させ、労働市場におけるジェンダー平等の観点から近年達成されたわずかな成果すら奪っていくのではないかという憂慮すべき傾向が示されています(’ILO Monitor:COVID-19 and the world of work. 5th edition’ https://www.ilo.org/global/topics/coronavirus/impacts-and-responses/WCMS_749399/lang--en/index.htm)。
労働市場におけるジェンダー格差は依然として顕著であり、新型コロナウイルスの感染拡大前から根強いものでしたが、こうした労働市場におけるジェンダー格差を背景に、今回の新型コロナウイルスの感染拡大は主に4つの面で女性労働者に不均等に影響を及ぼしているとILOは指摘しています。
⑴ 新型コロナウイルス感染拡大の影響を強く受けるセクター
第一に、女性労働者の多くが新型コロナウイルス感染拡大の影響を強く受けたセクターで働いているという点です。全世界で、ほぼ5億1000万人、女性就業者人口の40%が大きな影響を受けたセクターで働いているとされています。その中には、宿泊や飲食サービス、卸売および小売業、不動産、ビジネスや事務管理業務および製造業が含まれます。男性就業者の場合、この割合は36.6%です。
⑵ 家事労働に従事している労働者のうち女性労働者が占める割合
第二に、 家事労働に従事している女性労働者は、 感染拡大防止対策に対し極めて脆弱であるという点です。2020年6月4日時点のILOの推計によると、5500万人の労働者あるいは世界の家事労働者の72.3%が、ロックダウン措置の結果、失業に陥るだけでなく、社会保障を欠いていることが多いため所得まで失うリスクが大きいということです。
このようなリスクのある家事労働者の圧倒的多数(約3700 万人)は女性です。あらゆる地域において、リスクのある家事労働者のうち最大の比率を占めるのは女性です。
⑶ 保健医療従事者に占める女性労働者の割合
第三に、保健医療ならびにソーシャルワーク・セクターの労働者の圧倒的多数が女性労働者であるという点です。世界中で、保健医療やソーシャルワーク・セクターで雇用されている女性労働者の割合は70%を超えています。先進国の中には、保健医療従事者に占める女性労働者の比率が約80% になっているところもあります。しかし、こうしたセクターにおいて、女性労働者はより低賃金で労働に従事している傾向があり、これがジェンダーによる賃金格差の拡大(高所得国で26%、上位中所得国で29%)に関連していると見られます。
医療従事者、特に新型コロナウイルスにり患した患者に対応している労働者は、厳しく、時には危険な労働条件で働いていることが多いとILOは指摘しています。集中治療室での長時間労働、防護服等の資源や資金の欠如、人員不足と感情面での過度のストレスにより、特に低所得国や中所得国では、医療従事者の感染と伝播のリスクが高くなっています。
⑷ 無償ケア労働の負担の増大
第四に、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて家事や育児、介護といった無償のケア労働の負担が増大しましたが、その分担が不平等であるために、女性に不均等に大きな影響が出ているという点です。
通常、女性はすべての無償のケア労働の約4分の3を担っているとされています。子どもがいる世帯では、女性が担う無償のケア労働の時間が長くなる傾向にあります。学校等が閉鎖され、また、新型コロナウイルス感染の危険性から年長の親戚等からの支援も困難となり、無償ケア労働の負担は深刻度を増していきました。
そして、世界の状況を見ると、一人で子どもを育てている親の 78.4%が女性です。仕事と子どもの世話の両方を自分で行わなければならない場合、一人親家庭の状況はさらに厳しくなりえます。最近のヨーロッパのオンライン調査では、 女性回答者の10.6%(35 歳から49 歳)が、 危機の際、家族としての責任を果たすため必要な時間を仕事に充てることができなかったと述べているとの結果が出ています。男性回答者の場合、この割合は6.7 %にとどまりました。
さらに、無償のケア労働の負担の増大という側面に加えて、家庭内暴力のリスクが増大することもILO は強調しています。

4 女性に対する不均等な影響を重視した経済対策の必要性
女性労働者に対するこのような不均等な影響は、これまで少しずつながらも積み重ねてきた労働市場におけるジェンダー平等の進展を部分的に後退させ、格差を助長する可能性まであるとILOは指摘しています。
これまでの経済危機下の状況を見ると、女性労働者が職を失うと無償のケア労働に従事することが多くなり、仕事が不足している場合、男性労働者は受け入れられても女性労働者は採用の段階で拒否されることがよくあることがデータから明らかになっています。つまり、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって雇用が希少になればなるほど、女性の雇用の回復はより困難になっていくといえます。

5 おわりに
2021年7月19日、ILOは、新型コロナウイルスのパンデミックに起因する世界的な失業は、男性よりも女性に大きな打撃を与えており、男性の雇用のみが今年、2019年の水準まで回復する可能性が高いと発表しました。(https://www.ilo.org/global/about-the-ilo/newsroom/news/WCMS_813449?lang=en)
2021年の女性の就業者数は2019年に比べて1300万人少ないと見込まれているのに対し、男性の就業者数は2019年とほぼ同水準になると予想されています。また、ILOは、「2021年は世界の労働年齢の女性のうち就業している割合が43.2%となる見通しだが、男性の同割合は68.6%となる見込み」としました。
女性の雇用の回復の困難性が現実化してきています。労働市場において女性が得てきた成果を無に帰す恐れがあるという警告を真摯に受け止め、日本においても、女性労働者に対する不均等な影響を考慮したうえでの雇用対策が今まさに求められているのです。

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