国境を超えてGAFAの一角を提訴ナイロビ労働裁判所 Meta社が業務委託先会社労働者の「主位的な使用者」と判断

1 コンテンツ・モデレーターの過酷な業務とMeta社に対する訴訟提起

 Meta Platforms社(旧Facebook)は、カリフォルニア州に本社を置き全世界でFacebookやInstagramを運営するグローバル企業である。Meta社は、SNS上の有害な投稿を削除するコンテンツ・モデレーティング業務を、ケニア共和国のSama社に業務委託していた。

Sama社のコンテンツ・モデレーターらは、時給2ドル前後の低賃金・劣悪な労働環境下で稼働させられた上、首切りやレイプ、児童性虐待などの生々しく衝撃的なコンテンツチェックによるPTSDを発症した。Sama社は、ケニア、南アフリカ、エチオピア、ウガンダ等の貧しい家庭出身者を標的にして、精神の健康を病む業務内容に従事することを隠した「誤った求人広告」でリクルートしており、これが人身売買や強制労働にあたるのではないか、が問題となった。心理社会的ケアの欠如に対して、Meta社も責任を負うのではないかというのである。

Sama社の労働者であるモタウン氏は、内部告発し、人権侵害を改善するため、100人以上のコンテンツ・モデレーターの同僚を率いて労働組合を設立しようとしたところ、2019年に解雇された。

 モタウン氏は、2022年5月10日、労働組合潰し(Union Busting)を目的した違法、無効な解雇であるとし、さらに超巨大IT企業による搾取的な労働条件の改善を求めて、訴訟を提起した。

その後、Meta社はSama社との間の業務委託契約を解除し、別会社に業務を委託した。Sama社に所属した他183人のモデレーターも解雇されたので、2023年3月、解雇が違法であり、Sama社との労働契約が継続しているとして訴えを提起した。

 

2 NPO等による国際的なキャンペーンによる支援

これらの、ケニアにおける約200名コンテンツ・モデレーターたちが原告となったMeta社らに対する訴訟に対しては、ロンドン拠点のNPOフォックスグローブ(Fox Glove)等のIT企業の事業活動の公平性を求めるアドボカシー組織が、法律家のアドバイスやインターネットでの抗議キャンペーンなどの支援を行っている。

特に、Meta社及びSama社が、内部告発者であるモタウン氏に対し、法廷侮辱罪での告訴等の報復を予告して口封じを試みたことに対しては、国際的な抗議キャンペーンが広がった。その結果、Meta社及びSama社は、2022年7月26日、法廷侮辱罪での告訴や口封じを公式に試みることはないと雑誌社に対して弁明するまで追い込まれた。

ケニアのコンテンツ・モデレーターとMeta社の紛争は、原告らと直接には明文の契約関係のないMeta社が法的責任を負うのか、ケニアの裁判所が管轄を持つのかといった論点を含み、国際的に注目されており、裁判所が権利救済の道を開くかが注目されていた。

 

3 ナイロビ労働裁判所、権利救済の道を開く

(1)はじめに

ナイロビ労働裁判所は、META社とコンテンツ・モデレーターの訴訟について、コンテンツ・モデレーターの権利救済の道を開く判断を行った。

(2)META社との訴訟について管轄を認める中間判決

Sama社がケニア・ナイロビで雇用していた183人のモデレーターは、2023年3月、解雇が違法であり、Sama社との労働契約が継続しているとして訴えを提起した。

Meta社は、ケニア国内に事業所の住所を置かず、事業も行っていないため、正式に存在していないなどとして、ケニアに本訴訟の管轄はないと主張した。

 ナイロビ労働裁判所は、2023年4月20日、Meta社及びSama社による、違法、不当な整理解雇に関する請求、人権や基本的自由に対する侵害に関する請求の履行ついて、管轄を有するとの中間判決を行った。

(3)Meta社が主位的な使用者であるとするナイロビ労働裁判所の仮処分決定

183人のうち43人のモデレーターは、解雇が違法であり、Sama社との労働契約が継続しているとして、仮処分を起こした。

ナイロビ労働裁判所は、2023年6月2日、43人のモデレーターについて、Meta社とSama社に対し、訴訟の判決確定まで、コンテンツ・モデレーターの労働契約関係を終了することを禁じる仮差止めの決定をした。

また、本決定は、Meta社が同社が主位的な使用者(the primary or principal employers)であり、Sama社はケニアにおける単なる代理人であると判示した。Meta社が、SRTと呼ばれる業務システムを自ら提供したうえ、業務資格やパフォーマンスの基準設定を支配していること等がその理由である。

そのことを前提に、裁判所は、Meta社及びSama社に対して、コンテンツ・モデレーターに対し、医療、精神医学、心理的ケアを与えることも命じた。

 

4 国際的な連帯による権利救済の必要性と可能性

(1)国境を越えた権利救済の取組みの必要性

多国籍企業のサプライチェーンにおける人権侵害救済を求める訴訟は、戦略的訴訟(ストラテジック・リティゲーション)と呼ばれており、国際的な連帯による権利救済の動きと考えることができる。

これらの訴訟は、多国籍企業による市場原理に基づく労働力の搾取や人権侵害を、国境を越えた国際社会の課題として訴えるものである。コンテンツ・モデレーターは、SNSの安全優良な環境を保護するうえで不可欠の職務であるが、有害コンテンツの確認という高いストレスからどのように保護すべきかとの問題を避けることは許されない。

このような課題に対する国境を越えた社会・経済上の構造的な問題に対する取組みが求められている。

(2)グローバル企業の責任

ナイロビ労働裁判所は、2023年4月20日、183名コンテンツ・モデレーターの訴訟の中間判決において、ケニアでの管轄を認めたうえ、同年6月2日の仮処分決定ではMETA社が「主位的な使用者」であるとの決定をした。

これらの判断は、グローバルに活動する企業に対し、業務委託先の労働者の労働安全衛生も保護することを命じたものであり、サプライチェーン上の労働者の権利救済の可能性を開いた点で、非常に高く評価することができる。

META社は、上記訴訟に先立つ2020年5月13日、米国カリフォルニア州、アリゾナ州、テキサス州、フロリダ州にあるFacebookの業務委託先会社のコンテンツ・モデレーターとの間で、同様の権利侵害の主張に対し、総額52億USドルを支払う和解をしている。

米国であれ、ケニアであれ、コンテンツ・モデレーターに対する搾取や人権侵害が発生してはならないことには変わりはない。ナイロビ労働裁判所の一連の判断は、グローバル企業による権利侵害について、発生地の違いにより救済可能性が損なわれない可能性を示している。

(執筆:弁護士 中西翔太郎)

 

《参考文献》

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Arendse & 42 others v Meta Platforms, Inc & 3 others; Kenya Human Rights Commission & 8 others (Interested Parties) (Constitutional Petition E052 of 2023) [2023] KEELRC 1398 (KLR) (2 June 2023) (Ruling)

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https://time.com/6147458/facebook-africa-content-moderation-employee-treatment/

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https://www.rfi.fr/en/business-and-tech/20230602-kenya-court-orders-suspension-of-mass-layoff-of-facebook-moderators

Facebook content moderators in Kenya call the work 'torture.' Their lawsuit may ripple worldwide, Issued on 03/06/2023, Last access on 08/07/2023

https://www.washingtonpost.com/business/2023/06/29/kenya-facebook-content-moderation-lawsuit/fb4eef00-1651-11ee-9de3-ba1fa29e9bec_story.html

Facebook Faces New Lawsuit Alleging Human Trafficking and Union-Busting in Kenya, TIME, Issued on 11/03/2022, Last access on 08/07/2023

https://time.com/6175026/facebook-sama-kenya-lawsuit/

Stop Facebook from Silencing Whistleblower Daniel Motaung, Issued on 20/07/2022, Last access on 09/07/2022

https://peoplevsbig.tech/stop-facebook-from-silencing-whistleblower-daniel-motaung

Facebook、元コンテンツモデレーターらと約56億円で和解--PTSD発症した人も(2020年05月13日執筆、2023年7月9日最終アクセス)

https://japan.cnet.com/article/35153667/ 


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