運動会にまつわる思い出を赤裸々に語ろう

この時期、小学校で運動会が開催されるという地域も多いだろう。そこで今回は、懐かしき我が運動会の記憶をひもといてみたいと思う。

もっとも印象に残っている運動会は、小学六年生のとき。夜中に目が覚め、ちょっくら墓場まで行ってみるかと軽いノリで参加したお化けの運動会だ。

当時まだ11歳だった私は、街灯の間隔が妙に広い通りを一人で進んだ。しかもその街灯ときたら今にも切れそうなものばかりで、足下を照らすには頼りなかった。たしかこのときはあと数日で満月という暦で、月明かりが出ていてもおかしくないはずだったのだが、あいにくの曇り空が私に明かりを届けるのを妨げていた。

かすかに車の走行音が聞こえていたころは良かったのだが、完全な静寂につつまれると、風が吹くだけでも心臓がドキリとした。こんなことならおとなしく家で寝ていればよかったかな、と思い始めた私の目の前に現れたのは妖怪、百目だった。
「こんな時間にこんな場所でどうした、坊主」百目は私に訊いた。
「百目さんって本当に目が百個もあるんですか」
「質問に質問で返すなって先生に教わらなかったか」
「あ、ちょっと動かないで。今まだ18個」
すると百目は突然笑い出した。「ぐわははは。おもしろい坊主だな」これで目が笑ってなかったら慌てて逃げ出したかもしれないが、そのとき私が見える範囲の目は全て笑っていたから少し安心した。
「坊主、ついてるぞ。今日は墓場の運動会の日だ。俺以外にもたくさんの妖怪が集まっている」
そう言うと百目は私を墓場のさらに奥の方へと連れていった。

はたして百目の言葉通り、墓場の中央広場には妖怪図鑑でしか見たことがなかったような面々が勢揃いしていた。河童に傘お化け、一つ目小僧にだいだらぼっち。
くっきりと妖怪たちの顔が見えたことで気がついた。妙に明るい。私は辺りを見回してみた。すると、頭上にいくつものひとだまが飛んでいた。なるほど、そういうことか。私は帰り道のことが心配だったので、もしあれだったらひとだまを一つ借りられないか後で訊いてみようと思った。

百目の粋な計らいで、私は「妖怪・二つ目小僧」というそれただの人間だろという名前で運動会にエントリーさせてもらった。

どの競技も見ごたえがあった。お化けって足がないものだと思っていたのだが、みんなけっこう走ってた。シュタタタタッて感じで走ってた。
大玉転がしの大玉が妖怪だるまだったときには驚いた。妖怪たちはみんなゲラゲラ笑っていた。なんかあっちでは鉄板ネタみたいな感じだった。
玉入れもやっていた。しかし、一反木綿やぬりかべがほとんどズルみたいなやり方で玉をごっそりカゴに入れていたのには興ざめだった。
中でも盛り上がったのが騎馬戦だ。飛び入りの私も競技に参加することに。輪入道や火車などからなる最強の騎馬をしたがえて、私は相手の紅白帽を奪ってやると息を巻いた。対戦相手はろくろ首だった。勝ち目ないじゃん。

ひとしきり汗をかいたところで私は草葉の陰で休憩した。たまたま隣に居合わせたよくイラストとかで見かける白い足のないタイプのお化けが歌っていた。「お化けにゃ会社もぉ 仕事もなんにもなぁい」子供ながらに私は思った。就職難の波がお化けの世界にまできているとは、と。
同時に、我に返った。こんな風に夜遊びをしていては立派な大人にはなれないぞ、と。

私はそろそろ帰ろうと思うと百目に伝えた。すると百目は「よし、わかった。それならリレーに参加しよう」と何もわかっていないことを言ってきた。だからぁそうじゃなくてぇと私が気だるい感じで言うと、「元の世界に戻るにはリレーに参加するしかないんだ」と百目は真面目な顔になった。

百目いわく、リレーのバトンを受け取り、次の走者にバトンを受け渡した瞬間にみなそれぞれ元いた場所にテレボートできるようになっているらしい。妖怪たちにとって帰宅手段なのだ。だからリレーは全員参加。必ず運動会の最後にリレーが行われるようになったのはきっとここからきているに違いない。
だが、ここで私は妙な点に気がつく。
「百目って、花粉症になったらどうするの? 目薬めっちゃ使うね」
いや、違う。そのことじゃない。
「リレーのアンカーはどうなるの? バトンを受け取って受け渡す。この行為が完了しないとテレポートできないのなら、最後に走るお化けは帰れないことになるじゃないか」
すると百目はうすく微笑んだ。「アンカーは毎年俺がやる。俺はここに残るんだ。まあ、主催者みたいなもんさ」
「そんな。それじゃあ、百目はお家に帰れないの? 祭りのあとの静けさをたった一人で味わうっていうの?」
「心配ない。今は姿が見えないが、野生の動物や虫たちがいつもそばにいる。俺は奴らがどこにいても百個の目ですぐに見つけられるからな」とまるで捕食者のような言い方で友達を紹介した。

かくして運動会の最後の競技、帰宅リレーが始まった。第一走者の子泣きジジイがひぃひぃ言いながらカマイタチにバトンを渡すと、子泣きジジイの姿がぱっと消えた。次のカマイタチも同様に、バトンを渡した瞬間に姿を消した。
走る順番を待っている妖怪たちは「元気でな!」「また来年な!」などと声援を飛ばしながらランナーを応援する。
私は全ての妖怪たちが帰宅するところを見届けた。
そして、墓場には私にバトンを渡すのっぺらぼうと私のバトンを受け取る百目だけが残った。目がゼロ個のやつから目が百個のやつへ、私はバトンをつないで元の世界へ戻る。

のっぺらぼうが走ってくる。そのときの私は、のっぺらぼうの足がもっと遅かったらいいのにと考えていた。そうしたらこの不思議な空間にもう少しだけいられるのに、と。

私はのっぺらぼうからしっかりとバトンを受け取った。私は小学生のころ、この年の運動会を含むすべての運動会でリレーの選手をつとめていたのでバトンの受け渡しには自信があった、とプチ自慢をはさんでおく。

その瞬間、私のすぐそばでのっぺらぼうは姿を消した。
いよいよ墓場には私と百目だけになった。まだ帰りたくない。まだ別れたくない。しかし、この競技はリレー。走らないわけにはいかない。みんな全力疾走をしていた。私もスポーツマン精神にのっとり、百目までのわずかな距離を全力で走った。走りながら叫んだ。「百目、ありがとう! 楽しかった! また! また会おう!」そうして、私は懸命に腕を伸ばし、百目にバトンを渡した。視界が一瞬、光に包まれたような感覚。そのまぶしい光の奥で百目の全ての瞳がにっこりと微笑んだように見えた次の瞬間、私は自室のベッドの上にいた。

あれから私は何度もその墓場に行こうとした。しかし、どうしたことか、そんな墓場などどこにも見当たらないのだった。寝ぼけまなこのまま外へ飛び出し、不思議な空間に迷い込んでしまっていたらしい。
よって、それ以来、百目の姿も見かけていない。
だが、薄暗い通りを一人で歩くときなんか、誰もいないはずなのに誰かの視線を感じるときには、きっと妖怪百目がそっと私のことを見守ってくれているのだろうなと思うのであった。


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