車のタイヤを交換してきた。前タイヤを後ろに、後ろタイヤを公園の遊具に、野球部の人が引きずってるタイヤを前タイヤに交換するところを夢想しながら。

先日、タイヤ交換に行ってきた。雪国で暮らしたことのない方にはわからないかもしれないが「もうこれ以上雪は降らないだろう」という時期になると、タイヤ大交換会が催される。参加者が持ち寄ったいくつものタイヤを一度主催者が全て集めシャッフル。音楽に合わせて隣の人へタイヤを回していく。音楽が止まったときに自分のところにあるタイヤをもらって帰るわけなのだが、たまに自分のタイヤが自分のところにきてしまうことがあるのが難点だ。
その後はタイ焼きを食べたり、食器洗い用のスポンジからミニ四駆のスポンジタイヤを作ったりなんかする。そしてタイヤ談議に花を咲かせ、タイヤの輪くぐりなどに興じている間に思い出すのだ。うちの車もそろそろ夏タイヤにしないと、と。

今年は例年よりも早く換えることができた。
たしか昨年は5月まで冬タイヤをはいていた。「え、5月まで雪が?」ということではない。これにはちゃんとした事情があるので一度お掛けください。大きな声を出さないでください。あ、手を出したらダメ。落ち着いて。落ち着いてください。5月まで雪があるわけでは、あ、ちょっと、他のお客様のご迷惑になりますので。

昨年の冬タイヤは劣化していたため、もう昨シーズン限りと言われていた。そのため早めに夏タイヤに換えて冬タイヤの劣化を防ぐという発想自体がなかった。それに加え、昨年の今頃は流行病の感染や娘の新入学や私のデスク周りの整理や私の惰眠の貪りなどがあった。それに加え、慢性的な外に出たくない症候群と人に会いたくない病の症状も影響していた。なのでだらだらしながら「ああ、タイヤかえるのめんどくさいな」なんて言いながら空を泳ぐ鯉を眺めたりしていたわけだ。

そのため、今年使っていた冬タイヤは新品だ。
キャタピラのことはよく知らないが冬タイヤにはこだわりを持っている。彼らに求めることはただ一つ。絶対に滑らないということだ。もちろんいいタイヤはそれなりの金額なわけだが、安全にかかわることに金の糸目はつけない。
交換前、私は何度もシミュレートし、練習した。お店に行ってディーラーさんを呼び、手をパンパンと二回打ち、「おっほん。この店で一番いいタイヤを持ってきなさい」とクールに決める。大丈夫。やれる。この日のために合宿までしたんだ。臆するな。ちゃんと言えるさ。
自らを鼓舞し、いざ決戦の地へ。
パンパンと手を打つところまでは完璧。あとはクールにセリフを言うだけ。「おっほん。この店で一番美しいタイヤはだあれ?」こんなところで昨年ディズニーランドに行った影響が出るとは。

結果としてブリヂストンのタイヤを購入したわけだが、すごかった。例年、1シーズン中に一、二度はスリップで危険な目に遭うのだが、今年は一度も滑らなかった。たまに「会心の出来だ!」と思った140字小説がダダ滑りすることはあったが、タイヤは一度も滑らなかった。もうブリヂストンにお願いして書いてもらうしかない。
感動した私は今回、夏タイヤへの交換の際に「このタイヤを作ったのは誰だね?」とシェフを呼んでもらった。そして特別なチップをはずんだ。この後、特別なデールをはずんだことは言うまでもない。ディズニーランドの影響を受けているのだから。

タイヤ交換くらい、手慣れた人は自分でやってしまうのだろうが、私は車に関する知識がまったくない。ジャッキなんて有栖川先生のあの作品の中でしか見かけたことがないし、ウォッシャー液だって海外の駅名だと思っていたし、ガソリンだって本当はもったいなくて自分で飲む以外に使いたくはない。
車に関すること全てをディーラーさんにお任せしているのだ。さっきも書いたが、安全にかかわることなので専門家に全てを一任するのが一番いいと考えている。なのでもちろん家を出るときもディーラーさんにエンジンをかけてもらい、運転してもらい、ドアを開けてもらい、抱っこして車から降ろしてもらう。

車の魅力がまったく私に伝わってこない。まるで魅力の方が私を避けているかのようだ。正直、走ればなんでもいいと思っている。
子供の頃からまわりの男の子はミニカーやプラモデルで遊んでいたが、私は何がおもしろいのだろうと訝しんでいたものだ。なんなら友達同士で遊ぶことの何がおもしろいのだろうと訝しんでいた。さらには遊ぶことの何がおもしろいのだろうと訝しんでいた。そして人生とは何がおもしろいのだろうと訝しんでいた。そもそも、おもしろいとはいったい何だろうと考えることが一番おもしろいのだろうと哲学的思考にはまっていた。お遊戯の練習に一切参加してこなかった少年の脳内の断片をご覧いただけたかと思う。

今後も私は車のことは全てディーラーさんにお任せすることになるであろう。
なので、買い替え時の費用に関しても全てディーラーさんにお任せすることができればいいな、と考えながら夏タイヤに渇いた路面の上を走らせるのであった。

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