燃える魔女(6) 2019年1月23日

燃える魔女  2019年1月23日

 タゴリが悪魔崇拝団体パガンニに参加したのは二年前。教祖の美奈さんが作った団体というかプロダクションは、バンド活動がメインで、タゴリはドラムを叩いている。父親がロックバンドをしていて、その影響で女の子にはふさわしくないと言われながらドラムは三歳の時から練習していたが、父親は収入を家に入れないタイプで家は貧しかったのでタゴリは野原のドラム缶を叩いて練習し腕を上げた。冬は漬物の樽を叩いて母親に叱られていた。新潟から東京に出たのは理容専門学校に入るためだが、実を言うと人の髪を整えるのはあまり興味がない。人の髪の中に潜んでいる虫を見つけるのが好きなのだ。このことを言うとたいていの人はシラミだと勘違いする。タゴリが探しているのはL字型に曲がったクリーム色のふわふわ柔らかい虫で、芳醇で甘い味がするので、見つけるとすぐに食べたいが、頭の持ち主が驚くので、こっそり爪の隙間にかき取ってトイレで食べる。この虫を集めたいので専門学校卒業後美容院に勤めた。タゴリはしばしばぼうっとすることがあり、気がつくと人の頭を連打する癖があるのが二つ目の奇癖。なんせ三歳からドラムを叩いているので、本能のように身体に染みついている。頭を叩くと白い虫は髪の林の奥から飛び出してきやすいので、イタリアのカースマルツのようだと思った。このチーズは飛び出した蛆虫が目を直撃することがあり、ゴーグルをつけて食べるといいと言われているが、タゴリは蛆虫よりも絶対にL字虫のほうが美味だと思っている。でもそれを言うと自分の獲量が減るかもしれないので誰にも言わない。
 タゴリが整えた髪はそんなに美しくない。カンボジアのアンコールワットに熱中してからはどうしてもワットのような形にしてしまう。美容院のオーナーからも「どうしていつも人の頭をロマネスコみたいにしてしまうのよ」と文句を言われる。それにタゴリが担当した客はその後元気がなくなるので、いつのまにかタゴリは人の精気を吸う女だと言われるようになった。それは心外だがあのL字に曲がった白い虫は生命力の精髄だと思っている。奪われた人はもしかしたら元気がなくなるのかもしれない。虫が潜んでいる場所は頭蓋骨の縫合部で、頭の前方・上側にいることが多く、頭を叩いておびき出さなくても口をつけて吸い出してもいい。
 なんとなくいづらくなって美容院をやめた後半年のブランクはあるが、秋葉原で美奈さんの主催するパガンニで雇ってもらえることになった。もちろんオーディションではドラムを叩いたが、美奈さんが急に「わたしの頭を叩いてみてくれる?」と尋ねた。遠慮しながら叩いたが、すると美奈さんは「気持ちいいわー。凝りがとれる。時々頭叩いてね。」と言って採用になったのだ。漫画のゴクウのような頭にしてしまうタゴリのロマネスコファッションはロックな感じが出ていいということでバンドメンバーはしばしばタゴリに髪の手入れを依頼した。
 美奈さんの離婚したもと旦那さんは今は墓場でホームレス生活していると聞いた。美奈さんは旦那さんと離婚した時に、悪魔を譲渡された。その頃はパガンニは六本木にあったらしく、その後もっと貧しく若いファンを集めたくて秋葉原に移ったらしい。そして毎週金曜日の夜に悪魔を囲んだ宗教儀式が行われていた。儀式が終わるとみんなでおいしいカレーを食べた。悪魔はほとんど肉がなく干物のような身体をしていたが、悪魔儀式ではそこからケバブみたいに肉を薄く削ってみんなで食べる。かなり薄く切るのでかつ節のようだった。いつも嫌な匂いがして抵抗を感じていると、「無理して食べなくてもいいのよ」と言われ、あきらかにこれは警告だと思ったので、それからは嫌な顔を悟られないように嬉しそうな表情で食べることにした。
 悪魔の肉は乾燥した糞の匂いがした。もともと悪魔はヤギみたいな姿をしているのだが、ヤギの乾燥したコロコロ糞を子供の頃に見たことがある。腸の中に悪玉菌が多すぎるのだろうか。でもそもそも悪魔は悪玉なんだからそれが当たり前に決まっている。昔素手でトイレ掃除をすると金運が上がるという宗教があったのを覚えているが、角質を削るように悪魔の皮膚をはがすのはトイレにこびりついた便を掃除するのに似ている。日本人は駄洒落好きなので、ウンがつくという話なのだろうが、タゴリは気乗りしない。儀式が佳境に入るとみんな自分の血を抜いて悪魔に塗り付ける。皮膚を剥がしかわりに血を塗りつけることで、悪魔はいつまでも若々しく生きていくのだと言う。だんだんとみんながラリって話し方もしどろもどろになる。タゴリは血を抜かれて貧血になっただけなのではと思う。血を抜くのに手首を切るのがスタンダードだがほかの場所でもいいらしい。血を抜かれると気分が良くなるらしい。ベテランは手首に多数の傷がついていて、この傷の数で団員の力関係も変わる。新参者のタゴリにはまだ傷が少ない。
 この儀式に参加している全員が収入が上がるのだが、タゴリも何度か参加しているうちに少しずつ潤ってくるのがわかって嬉しかった。練習用の電子ドラムを買いたいのだ。

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