タロット占い師 (10)

10 タロット占い師  2019年2月25日

 今週のテーマは7番の戦車と16番塔のカードの関係性だ。16番は神の家とも呼ばれている。これはタロットカードの大アルカナカードと呼ばれているカード群の中にあるもので、タロットモリヤはカードに記入された数字を1から9に還元して考えるので、16番のカードは1と6を足して7に属するグループとみなす。となると7戦車のカードと16塔のカードは同類のものとなるのだが、このふたつの共通点、反対に違う要素はなんだろうかということを考えているのだ。
 新宿東口商店街の裏の路地の地下にある狭い場所でタロットモリヤはタロット占い業をしており、照明はLEDひとつしか使っていないので暗い。ただ匂いには敏感なので大きな空気清浄機を置いていて部屋は無臭。階段を降りる入り口に「T」とだけ表記された看板があり、道を歩く人がふと思いついて入ることはない。口コミ客しか来ないので空き時間は多く、この密室でタロットモリヤはまるで閉じこもりをしているように見える。タロットカードのどれかを机の上に置いて絵柄の意味を考えることが多いが、世界のすべての要素は22枚のタロットカードに描かれており、タロットカードから導けないものなどひとつもないというのがタロットモリヤの持論だ。世界中に本はたくさんあるが本はこのタロットカードだけでいい。そして小アルカナカードの56枚も不要で、これはのちに誰かが付け加えた余計なものでタロットカードの本来性からは逸脱している。
 今週の月曜日からは7戦車のカードについて考えたいので、このカードを撮影した画像を壁の大きさに近いくらいに拡大コピーし正面の壁に貼った。じっと見ていると昏睡状態に陥りそうだが、そもそも人間は目線を休みなく移動させずにひとつのものを凝視し続けると昏睡状態になる。昔からタロットカードを使ってトランスに入るのは伝統手法故に実践する人は多く、昏睡と目覚めの行き来を短時間でできるのがタロットモリヤがベテランだと言われる所以だ。以前はアクリル絵の具で壁にタロットカードの絵を描いていた。タロットモリヤは毎日ここに座っており身体をあまり動かしていないので気が散ることが少なく、壁に描かれたかあるいは貼り付けた絵の中の人物が話しかけてくる幻覚に襲われる。その人物の目を直視することを避けて口の動きを追跡すると言葉になるのだ。7戦車のカードの男は目に力がなく憔悴しており、ここから脱出したいと語っていた。
 午後一時になったら、いつものように近所でフィギュア・コレクタードールを販売しているジサブロウがジャックダニエルの瓶とふたつのグラスを持って階段を降りてきた。
「この馬車と馬と御者という配置は人間の身体と感情と思考をあらわしているというのはヨガで使われるたとえだとは聞いた。たもっちゃんが注目しているのは、この7戦車は馬車の車輪がはずされて後ろに立てかけてあり、結果的に大地に直置きされた馬車が動くとするならば地球の自転あるいは公転運動によってのみだという話だったよな。」ジサブロウは、タロットモリヤのことを、タロットのタと、モリヤのモをくっつけて、たもっちゃんと呼ぶ。ジサブロウはタロットカードの立体フィギュアを作りたいらしいが、そのためにカードについてうんちくを得たくて毎日押しかけてくる。何を聞かれても答えられるくらいになりたいらしいが、ジサブロウがお金を払ったことは一度もないし、占い依頼をしたこともなく、いつでも勝手にやってきて勝手に帰っていく。
「馬車は人間の三分節の中では身体を示すので、人間の身体は地球の大地に押しつけられているということだね。12個の青い星が縫い込まれた天幕は御者を守っているのかな。四つの柱で支えられたこのテントは狭苦しいよな。こんなところにブロイラーみたいに閉じ込められているくせに戦車というタイトルは皮肉としか言いようがないね。だから毎日彼は出してくれと俺に訴えている。俺に言われても困る。」
「どこで訴えてんの?」
「壁の絵をじっと見ていると、口がそういうふうに動いている気がするんだよね。」
「あ、前に言ってたやつか。寺に上がる石の階段のひとつひとつをじっと見ていると、石がみなそれぞれ違うことを言ってるので、それを聞いているうちに、日が暮れて寺に上がれない。だから整理番号を決めて、今日はこの段、次の日は次の段の左側の何番という具合に決めて石の言い分を聞いたあげく、夏休みが全部潰れたというたもっちゃんの小学校の時の話みたいなやつね。そうかいまでもそれやってんのね。」はじめてタロットモリヤに会った時からジサブロウは馴れ馴れしく、最初から古い知り合いのような態度を取っていた。
「この7戦車のカードの狭苦しさはこの占い部屋そっくりだ。せっかく空気清浄機つけてるのに、ジサブロウちゃんがタバコ吸うので台無しだ。吸い殻を床に捨てるな。このカードはテレビに出演している司会者だと言った人がいるが、近所の公園の天幕付き屋台も同じだ。世界を股にかけた活動をしても狭苦しさは変わらんな。」
「だよね。たもっちゃんも前は世界放浪していたらしいけど、それでも息苦しかったか。まあ見て面白いものはそうないしな。」ジサブロウはいつも貧乏ゆすりがひどかった。
「どこにいても違いはない。なので最近は海外だけでなく国内でも出かけなくなって、行動範囲は近所のコンビニとジサブロウちゃんの店の往復距離程度だよ。でも同じ7の系列の16塔あるいは神の家では大阪の丸ビルのような建物の上にある王冠がはずれて、上から飛んできたのか、それとも塔の中から吐き出されたのかは図柄だけではどちらとも決めかねるが、塔から飛び出して、まったくまとまりのない流動的な姿になってるんで、人間の形を失うのかも。それとも台風で屋台のテントが壊れたのかな。16塔のカードは神の家とも言われているが、すると日本ならこれは神社だな。確かに神社は星に直結する柱が立ってる。16番のカードでは大砲で打ち出された弾丸のように飛び出していくわけだから、もう箱の中のブロイラーじゃない。つまり俺に語りかけている7戦車の御者は、自分を宇宙に打ち出してくれと言ってるわけだ。自分でやれ、俺に頼むなというところだけど。」
 ジサブロウはジャックダニエルの二杯目を注いだ。「この7戦車のカードが占いで出てきたら、だいたいいつもはどう説明しているわけ?ほら、たもっちゃんのところに来る若い連中に。恋愛とか結婚とか就職とか、旅行とかいろいろ聞いてくるわけだろ。」
「このカードが出てきたら、仕事でも生活でも積極的に挑戦し怠け者にはならない。でもいくら頑張っても目標には到達することはないので、無理して達成にこだわらずにスポーツみたいなものだと割り切って頑張ったら良いとアドバイスする。ダイエットできるかもしれないし。ともかくうまくいくことは期待するな、と。それでも頑張れと。」
「あいかわらず辛辣な説明だな。そんな読み方をしても客が来るというのが信じられない。」
「けっこう来なくなるけど。占いで気落ちすること言われたら、口直しに、違う占いにいくらしい。この新宿東口の商店街界隈では、手相とか東洋占いとか占星術とかもりだくさんで、うちから出て行って十分もしないうちに違う店に並んでいるらしい。行列のできる占い店も何店かある。でも7戦車のカードは達成は不可能というのは否定できないので嘘は言えないんだよ。」
「そもそも俺がタロットのフィギュア作りたいと思ったのは、たもっちゃんが、タロットカードは人生ゲームのシナリオと言ってたからだ。しかしサイコロを振ってその数のぶんだけスキップできるというルールはないと聞いた。でも、7から16に飛ぶということはあるわけ?それはイリーガルなほどの飛躍だろ。」
「わからない。でもそういう可能性はあると思うが。」

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