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『奇談・怪談・夢語り その三』

~声~

その噂はいつから聞こえていたのだろう。
子どもたちの通う学校で、コンビニやスーパーの買い物客の間、町内会から福祉施設まで、気付いた時にはいたるところで囁かれていた。

「街はずれの雑木林から、夜な夜な人の泣き声がする」

噂の出どころはすぐに知れた。
街はずれで開発工事を行う関係者からだった。キャンプ場を新設する工事を進めていたのだ。
駐車場のプレハブの宿泊棟に詰めている者が夜な夜な聞こえてくる声に悩まされているという。風の音でもなく動物の鳴き声でもない。あれは確かに女の声だというのだ。
関係者は初め誰も取り合わなかった。
この辺りには恐ろしい伝説や事件事故など全くない。連日の猛暑の中の作業で疲れているのだろう。その内治まると相手にしなかった。
しかし声が聞こえるといい出す者がその後も現れた。
にもかかわらず、もう間もなく工事も終わる。オープン前からこんなことが世間に知れるとイメージダウンになる、うかつに騒ぐなと緘口令が敷かれた。
 
それはすぐに漏れた。元々小さな田舎街だ。あっという間に街の誰もが知ることとなった。瞬く間に問題の場所が特定され地図までネットに出回り拡散され野次馬も出始める。
そして真相がわからないまま「肝試しだ」といい出す輩が出てきた。

その夜の呼びかけに、結構な人数の若者が集まった。
「肝試し」に参加する者だけではなく、遠巻きに面白がるだけの者もいた。
集合場所は、駐車場から遠く林に近い資材置場だ。
「よしこれだけ集まれば鬼に金棒、天狗に団扇だ」
気炎を上げ勢いがついたまま主催者が手順を説明しようとしたそのとき、
「こんな時間に立ち入り禁止区域でなにをしてるんですか!」
騒ぎを聞きつけた工事責任者が声を張り上げた。
「僕らはただ真夏の暑さを避けて涼みにきただけです」
すっかりバレているのに軽口を叩く。
「ここは工事現場です。元々立ち入り禁止ですよ。
 工事中の昼間も危険ですが、夜間は灯りの届かない場所もあって更に危険です。即刻解散してください。警察にも連絡しました、もう間もなく到着します。おおごとにならないうちにどうぞお引き取りください。」
言葉は丁寧だが鋭いまなざしで若者を威嚇する。だが、
「隠したって知ってるんですよ。ここで何が起こっているのか。」
「ここの奥から女性の泣き声がするって聞いてますよ。」
若者たちにはまるっきり効き目がなかった。
「そんな事実はありませんて、」
「いやおたくの関係者から聞いてるって」
「とにかく、迷惑だ、帰ってくれ。」
押し問答が続く。

別の方向から呟く声も聞こえてくる。
―――工事中に誤って亡くなった女性の亡霊が出るんだ。
―――立ち退きに抵抗したから強制的に排除され亡くなったんだ。
噂に尾ひれがつきすぎて収集がつかなくなっている。うんざりした工事責任者は顔を歪め腹に力をこめ更に声を上げようとした。
その時、ひと際大きな声が響いた。
「お前さんたちはいったい、ここでなにをしているのかえ」
しわがれた声だったが、その場に居合わせた者を圧倒するには十分だった。
白髪と白髭に覆われた老人が暗闇から現れた。
いったいいくつなのかわからないが、枯れ木のような細い身体に、手にした杖といい纏っている白い衣といい、おとぎ話の世界から抜け出たようなこの出で立ちは、一瞬して全ての視線を集めた、のだが、この場にそぐわないことこの上なかった。
つかの間しんとしたがすぐに方々から声が上がる。
「おいこの爺さん、どこからきたんだ」「見たことないぞ」
「爺さん危ないからどいてろよ」「そうだそうだ怪我するぞ」

老人は「ばかたれ!罰当たりな野郎どもじゃ。
お前たちの目当ては、あれじゃろう。よく聞くがいい」
若者たちをまた一喝した。
喧騒がぴたりと鎮まった。それは声が、
「う、うううう・・・」「うっ、う、うううっ・・・」
風に乗って微かに声が聞こえてきたからだ。
「う、うううう・・・」「うっ、う、うううっ・・・」
これは女の声、もしかしてあの噂の・・・。
居合わせた者たちは言葉もなくみるみる青ざめていく。
そこへまた老人の声がする。「皆の者、ついてくるがええ」
老人は先に歩き出した。
聞こえてくる声に魂を持っていかれたのか、老人が何かの術を遣ったのか抗う者はなかった。
いや誰もが怖いもの見たさの好奇心に憑りつかれたのだ。

引率される生徒のように整然と歩き出していた。
工事責任者、イベント主催者に参加者たち。野次馬さえも。
その間、途切れ途切れに声は聞こえていた。
資材置き場を後にして雑木林に入っていく。
四方八方からエコーがかかったように声が響いている。
「うううう・・・」「うっ、ううううっ・・・」

ところがしばらく進んでいると徐々に脱落する者が出てきた。
夜だというのに収まらない暑さのためなのか気分が悪くなってきたようだ。立っていられなくなってその場にうずくまっていく。
ひとりふたりと倒れこみ、それを介抱する者が立ち止まり、脱落者続出で老人に従う者はとうとう工事責任者とイベント主催者だけになっていた。
まるで声の主が近づく者を限定しているかのようだった。

そして、ようやく林の最奥、声のよく聞こえる場所に出た。
ふたりが息を呑み目を見張る。
こんな場所、地図にも図面にもない。全く見覚えのない場所だ。
ぽっかり開けて広場のようになっている。真ん中に岩、大岩がある。大人でもひとりでは抱えられないくらいの大きさだった。
老人が、杖で岩の下を指し示す。
岩をどかせろということなのだろう。ここに声の正体があるというのか。
ふたりはすぐに岩を動かすものを探した。
工事責任者が見つけた倒木を梃子にすることを思いついた。
それをもうひとりが助ける。いつの間にかふたり力を併せていた。
何度か勢いをつけ揺り動かすと岩が横倒しになった。
ふたりがそこで見たものは、
木のお札だ。朽ちてボロボロだったが一目で神聖なものとわかる。
泣き声がいつの間にか消えていた。
一陣の風が吹き渡っていった。
と同時に、お札を手にした老人が静かに消えていく。
「ごくろうで、あった。」女の声がした。
 
警察が現場に到着したとき雑木林でうずくまる集団と、林の奥、木々の間で息絶えているふたりの男を発見した。
夢か幻か集団催眠なのか、そこに居合わせた者皆が皆記憶が曖昧だった。
後に、昔々のその昔、この場所には古い神を祀った祠があったという者もいた。


ご高覧たまわりありがとうございます。
殺風景だった拙作に画像を添付させていただき、うんと世界観が広がりました。画像の製作者さまに感謝感謝でございます。

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