罪が持ち込んだ複雑さ(D・M・ロイドジョンズ)

「罪が世界に入り込んだときに行なったすさまじいしわざの一つは、複雑さを持ち込むことであった。かの≪楽園≫、≪エデンの園≫における生活は、罪が入り込むまではしごく単純であった。だが、罪が入った瞬間に複雑さが生じた。最初の罪は覆い隠されなくてはならず、アダムとエバは行って身を隠した。それから二人は嘘をつき始め、それ以来こうした過程が続いていった。・・・私たちの中にある、この不潔な罪こそ、こうした複雑さを人間の中に生み出したものである。」『ロイドジョンズ ローマ書講解7:1~8:4
律法の役割と限界』[16. 肉的な人間(二)二重人格]
(D・M・ロイドジョンズ 著 渡部謙一 訳 いのちのことば社)より

嘘、責任転嫁、罪を覆い隠すための小細工を重ね、人間を複雑にさせる私たちの中にある罪。
そして自分たちの中に罪があることを否定し、自分たちの正しさを主張するために、複雑化していく人間社会。
罪が持ち込んだ複雑さに人間は苦しんでいるはずなのに、罪を正当化してますます自分たちを複雑にさせていく・・・


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