見出し画像

常識圏外の私に、現実が突き刺さる

「生ぬるい私」という思い込みを見つめています。学校(や塾)の「当たり前」を受け入れられなかった自分を、今振り返ると「常識はずれ」だったなぁと感じることが関係してそう。

常識圏外で楽しく過ごす

高校は進学校に行って、楽しかった。変わった人が多い校風で有名だった。

ちょっと変わった部活・同好会に入り、高校生活を満喫した。常識圏外の私を生あたたかい目で見てくれる友達もできた。ぶっ飛んだ素の私でも、受け入れてくれる人がいた。「かなり自由で変わった人間」という目で見られていたのを、私は気にせずにいられた。

たぶん、高校生活が一番自由だったと思う。

好きな子が放課後に残って勉強していると知って、残って勉強するようになった。やっぱり、学校のテストは苦手。実力テストはそこそこ点数取れる。というパターンは継続した。

大学に入って常識に触れる

大学でも授業中は勉強する気があるけど、家で教科書を読んだりはしない。大学の図書館やカフェスペースに入りびたり、勉強したり、雑誌読んだり、映画見たり。ロッカーに教科書を置いているので、行き帰りは小さなカバンで、財布と携帯電話ぐらいしか持って歩いてなかった。

大学はわりと常識的な人が多いところだった。

大学に入って付き合うようになった人も、常識がしっかり身についている人で、結局、私の自由すぎるところが「考えられない、ありえない」と、こっぴどく振られた。

「そうか、私はおかしいのか」と振られたショックで落ち込んだ。

海外に1年留学することで、そこから逃げ出した。

教育実習に打ちのめされる

大学では中高の英語の教員免許を取った。

教育実習に行った。すごくつらかった。
今思うと、自分が受けた教育に嫌な思い出があるのに、よく教職を取ろうと思ったな、と思う。ま、親が教育関係なので、自然な流れではあったんだけど。

自分が通った公立中学で実習させてもらった。先生目線だと違うように見えることも多く、すごく勉強になった。どんな子にどんな風に授業を合わせる必要があるかが難しかった。公立教育の難しさばかりが目についた。

実習前に、大学の附属中高にアシスタントとして授業に入らせてもらっていたので、そっちに実習に行っていたら、少し話が違うかったかもしれない。でも、やっぱり朝が弱い私は、5時台の電車で教育実習に通うことは考えられなかった。

今思うと、実習先の先生にも迷惑かけたなぁと思う。生意気で、困惑して、うまく相談できなくて。教育現場がこんなにガチャガチャしていて、みんな必死で、余裕もなく動いているものとは知らなかった。

教育実習のあと、うつっぽくなったと思う。

わりと教職にかけていたところがあった。
でも、「現実」と「常識」に飲み込まれてしまったのだと思う。

そのあとはもう、流されるように闇の中に入っていった。

実は、いろいろあって大学院に進学していた。修士論文を書かないといけないのに、教職の授業や実習に時間を取られて、なかなか研究が進んでいなかった。論文と呼ぶには苦しいほどの、自分の意見なんてほとんど無いような、なさけない内容の論文でなんとか卒業させてもらった。

社会という常識にぶつかる

就職活動もグダグダで。会社のために、という働き方ができないように思った。会社のために働くというポーズすらもできなかった。自分のために働きたかった。面接で「そんなんじゃ、ほかの人と協働できないでしょう」と言われた。

私、とがってた。そんなとがってる自分でも働ける場所を、しつこく探せばよかったのに、と思うことはある。でも、当時の私は疲れ切っていて、「こんな自分ではだめだ」に押しつぶされていた。

正社員として働くことは叶わなかった。派遣でいいんじゃないか、ってなった。

就活当時には付き合っていた今の夫も、いわゆる社会の駒になれないタイプ。アーティストとでも言っておこうか。残業が当たり前の日本の企業を理解してもらえる気配もなかった。

就活については、ずーっと負い目を感じてきた。

でも、最近はやっと違う目で見られるようになってきた。

会社色に染まることしか想像できなかった自分は、たとえ、正社員として職を得ていたとしても、組織の中で自分の色を見失い、あっという間にエネルギー不足を起こしてただろうな、と思う。

そんな世界に飛び込まなくて、よかったのかもしれない。

ただ、そんな道を選ばなかった自分を「生ぬるい」と感じているのだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?