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変化(知ったかブリ)

瞑想やイメージワークのおかげで、ずいぶん心が満たされてる時間が増えているように思う。

知ったかぶり癖

そういえば、最近、知ったかぶり癖が出てないな、と気づいた。自分でも他人でも、いや、そこは知らんやろ、みたいなことを、知ったふりをしてしまうのが気になっていた。イライラしてしまったり。もっと聞き込みをしたらいいのに、早合点しがち。

それはきっと、すべてを知っていたい気持ちと、知っていないといけない気持ちと、もろもろが作用してしまって、自分が知っている内容に物事を当てはめて、知ったような気持ちになるんだと思う。できるだけ「知っている」に分類したい。「知っている」に分類できなければダメ!みたいな、極端な思考、白黒思考になるんだと思う。

それが、最近、何かを「知らないまま」「わからないまま」心に持っておくことができるようになっている気がする。知らないこと、わからなかったことを一つ一つ大体どれぐらいまでわかってるのか、確認する手順が増えたような感じ。そして、わからないところがあっても、そのまま放置できる。

知ったかブリ

瞑想というかイメージワークを通して、自分ががんじがらめになっていた心の鎖、思い込みを手放していっている。

少し前にイメージワークをやって、のどのあたりから、ヘドロとごみが飛び出して、そのあと魚の群れが飛び出し、中ぐらいの魚たちと大きい魚たちが出て行った。最後に釣り糸みたいなのも大量に出たんだけれども。

だいたいイメージワークの前後で、何を手放したのか感じるのだけど、こののどから出て行ったものは、「表現力に関する何か」ぐらいしかわからなかった。

それが、最近ふと、あれは「知ったかぶり」が出て行ったんだなと思った。

そして今日、子どもが見ているYoutubeで大きなブリ一尾?一頭?が出てきたのを見て、私ののどから出て行った大きいほうの魚は、やっぱりあれはブリだった!と思った。

「知ったかぶり」だけに「ブリ」だった!?と思ったら、ニヤニヤが止まらなくなった。ダジャレやん。

とにもかくにも、そんな変化を感じている。

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