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デイヴィッド・リンドレーの名演10選

2023年3月3日、デイヴィッド・リンドレーが亡くなった。70年代のジャクソン・ブラウンを支えたギタリストとして、彼のラップスティールやフィドルが「ジャクソン・ブラウン」という音像を形作ったといっても過言ではない──そんな存在だった。そのことを証明するように、同時代のシンガーソングライターであるジェシ・コリン・ヤングは、リンドレーの死に際して次のようなエピソードをSNSに載せている。

デイビィッド・リンドレーが旅立った。
初めてデイヴィッド・リンドレーのフィドルを聴いたのは、ヤングブラッズが69年春にLAのRCAスタジオで『Elepahnt Mountain』の制作に取り組んでいたときだ。「Darkness Darkness」にクールなイントロをが欲しかったときに、誰かがデイヴィッドを提案したんだ。多分、バナナ[ヤングブラッズのメンバー]だろう。もちろん完璧だった。彼のフィドルがあのケルトの哀しみ(を表現した曲)の核になっていた。 <中略>
それからしばらくして、フラッグスタッフで行われたネイティブ・アメリカンのためのイベントで、ジャクソン・ブラウンと共にラップスティールを演奏するデイヴィッドを聴くチャンスがあった。彼の音はまるでバンドのようであり、ジャクソンのもうひとつの声のようでもあった。なんてリリカルで、パワフルなんだろう。本当に魔法のようなステージだった...たった2人の演奏なのに。

Jesse Colin Young Facebook page より

リンドレーは、ギター、マンドリン、フィドル、バンジョー、ドブロといったアメリカのルーツ音楽に欠かせない楽器はもちろん、ギリシアのブズーキから中東のサズまで、およそ弦の付いているものなら何でもござれというマルチインストゥルメンタリストにして、性格もかなりユニークだったらしく、まさに「奇才」と呼ぶに相応しい人だった。多くの楽器をこなすマルチインストゥルメンタリストというだけなら他にも大勢いるが、彼が傑出していたのは、まるで楽器が歌うかのような情感豊かな演奏をすることだった。

ブルーグラスが盛んだった60年代初頭の南カリフォルニアでも、デイヴィッド・リンドレーは圧倒的な存在だったようだ。まだ10代後半だったリンドレーは、地元トパンガのバンジョーコンテストで5回も連続して優勝したため、困惑した主催者が次の回から彼を審査員にしてしまったという。当時、このコンテストに参加した元ニッティグリティ・ダートバンドのジョン・マキュエン(彼自身もマルチ弦楽器奏者)は、リンドレーが審査員席に座っているのを見てすごいプレッシャーを感じたと、追悼のSNS投稿に載せている。

John McEuen Facebook pageより

同じくLA出身の弦楽器奏者にして盟友でもあるライ・クーダー同様、80年代以降はワールドミュージック志向がより顕著になったリンドレーだが、70年代から80年代初めにかけては、シンガーソングライター達のバックで奏でる彼のギターやフィドルがウェストコーストロックのひとつの典型を作ったと言えるだろう。今回はそんなデイヴィッド・リンドレーの数ある名演の中から、特に印象的な演奏10曲を70年代のものを中心に選んでみた。(10曲は順不同、また1枚のアルバムからは1曲だけという縛りを設けてみた)


名演10選

01. Jackson Browne "Farther On" (1974)

アルバム単位で考えれば、リンドレーの演奏が最も堪能できるのは、やはりジャクソン・ブラウンのアルバム『Late For The Sky』そして『Running On Empty』(「孤独なランナー」)の2枚だろう。この曲が収録されている3枚目のアルバム『Late For The Sky』は、全編少人数のバンド編成で録音されている。そのため、アルバム全体にひとつの物語のような統一感があり、その準主役となっているのがリンドレーのギターとフィドルだ。とりわけ、アナログ盤A面の4曲は映画を見ているかのような趣きがあり、自分の生き方に迷いながらも何かを求めて旅を続ける決意を歌うこの3曲目では、リンドレーのスライドギターがジャクソンの歌とのダイアローグのように響いてくる。この曲に続く、A面ラスト「The Late Show」のエンディングでの旅立ちシーンを演出するスライドも甲乙付け難い名演だ。

02. Jackson Browne "Running On Empty" (1977)

70年代のジャクソン・ブラウンの楽曲でひとつの重要なテーマとなっていたのが「旅」だった。77年に発表されたアルバム『Running On Empty』(『孤独なランナー』)は、文字通りオン・ザ・ロードのミュージシャンの生き方をテーマにしたコンセプトライブアルバム。ライブだけに全体にワイルドで生々しい演奏が特徴だが、この曲に代表されるディストーションを効かせたリンドレーの力強いラップスティールは、当時他にあまり類を見ないものだったはずだ。このサウンドが当時のジャクソン・ブラウンの音楽のシグネチュア(特徴)になっていたと言ってもよいだろう。このアルバムでは、ツアー中のホテルの1室で(多分実際にコケインを決めながら)録音した"Cocain"でのレイドバックしたフィドル演奏も素晴らしい。

03. David Lindley "Mercury Blues" (1981)

1980年、リンドレーはジャクソン・ブラウンのバンドを離れ、翌81年にジャクソンのプロデュースで初のソロアルバム『El Rayo-X』(邦題『化け物』)を発表する。アルバムは全体としてレゲエ調のリズムが覆い、その下味の上に、ケイジャンやケルトのスパイスを曲によって効かせるという、エスニック風ごった煮スープの趣き。そして、そこにジャクソンのヒット曲「Stay」でもフィーチャーされたリンドレーの奇声が乗っかる。取り上げられている曲は古いR&RやR&B作品が多く、今にして思えば当時度々共演していたライ・クーダーのアルバムにも通じるアプローチだ。この曲はスティーブ・ミラー・バンドも取り上げていた古いブルース曲だが、例のディストーションを効かせたラップスティールが大活躍で、すっかりリンドレー調に生まれ変わっている。リンドレーのライブでも終盤によく演奏され、聴衆を盛り上げるハイライトになっていた。

04. David Lindley & El Rayo-X "Look So Good" (1982)

82年に発表された2作目は、David Lindley & El Rayo-Xのバンド名義での作品。基本的には前作の延長線上にあるが、ソロデビュー作後のライブ活動を経た結果か、よりノリの良さを感じさせる仕上がりになっている。そんなアルバムの中でラストを飾るこの曲だけは、荒野の風景が見えるような泣きのアコースティック・スライドソロ・インスト小作。リンドレーのオリジナル作品だ。

05. Trio (Dolly Parton, Linda Ronstadt, Emmylou Harris) "To Know Him Is To Love Him" (1987)

ユーロビート真っ盛りの87年にリンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリス、ドリー・パートンの3人が組んで放った見事なアコースティック・カントリーアルバム『Trio』からの最初のシングル曲。リンドレーはこのアルバムで、マンドリンからオートハープ、ダルシマーと八面六臂の活躍を見せているが、ここではワイゼンボーン(ハワイ式アコースティック・ラップスティール・ギター)で枯れた音を奏でている。当時、ちょうどアメリカを一人旅していた筆者は、ハイウェイを走りながらラジオから流れてくるこのスライドに涙した思い出がある。(プロモビデオでは、3人娘の横でスライドを弾くちょっと照れたようなリンドレーの姿が見られる)

06. Crosby & Nash "Page 43" (from "Crosby-Nash Live") (1977)

Page 43

70年代のリンドレーは、ジャクソン・ブラウンとの活動とほぼ併行する形で、クロスビー&ナッシュ(C&N)あるいはグレアム・ナッシュのバックでも活躍していた(当時のC&Nおよびナッシュのバンドは、リー・スクラーを除くザ・セクション+ティム・ドラモンド(Ba)+リンドレーという、70年代後半のジャクソンのバンドとほぼ同じ布陣)。この曲はC&Nの最初のデュオアルバム(72年)に入っていたクロスビーの佳曲。スタジオ盤にはリンドレーは入っていないが、このライブ盤での彼のスライドソロは心の奥底まで響いてくるような名演だ。同アルバムでのナッシュの作品「Simple Man」での枯れたフィドルも泣かせる。

07. Warren Zevon "Hasten Down The Wind" (1976)

70年代中盤にジャクソン・ブラウンの一押しでメジャー(アサイラム)での再デビューを果たしたシンガーソングライター、ウォーレン・ジヴォン。ジャクソンのプロデュースによるこの再デビュー盤では、グレン・フライ、ドン・ヘンリー、J.D.サウザー、ネッド・ドヒニー、ボニー・レイット、リンジー・バッキンガム、スティーヴィー・ニックスら、名だたる西海岸の音楽仲間とともに、リンドレーもスライド、フィドル、バンジョーと全面サポート。リンダ・ロンシュタットの同年のアルバムタイトルにもなったこの名バラッドでは、ジヴォンのヴォーカルとデュエットするかのようにラップスティールを響かせている。ちなみに、ハーモニーヴォーカルはフィル・エヴァリー。

08. Maria Muldaur "Any Old Time" (1973)

マリア・マルダーのソロデビュー作にして最高傑作であるアルバム冒頭の文字通りオールドタイミーな1曲。リンドレーとライ・クーダーが共演している。二人の共演は、70年代後半〜80年代前半のライのアルバムや『Paris, Texas』などのサントラでも多く見られるが、それらのアルバムでのリンドレーはライのサポート役に徹している感じで、目立ったソロはあまり聞かれない。この曲では、ライが通常のアコースティック、リンドレーが「Hawaiian guitar」とクレジットされている(おそらくワイゼンボーンの)アコースティックスライドを聞かせている。それにしても、西海岸派とウッドストック派が結集したこのアルバムのゲスト陣は本当にすごい。

09. Karla Bonoff "Only A Fool" (1979)

リンドレーが他アーティストのアルバムに数曲ゲスト参加しているという場合、スライドギターかフィドルでの参加が多いのだが、カーラ・ボノフのセカンドアルバムでは、切ない女心を歌ったこの美しい曲にスライドバーなしのアコースティックギターで参加。カーラ自身がつまびくアコースティックギターに寄り添うように、夜のしじまを感じさせるような絶妙の雰囲気を作り上げている。

10. Shawn Colvin "Polaroids" (1992)

世の中がまだまだバブリーなダンス音楽に浮かれていた80年代後半、都会的なアコースティックサウンドを引っ提げて出てきた女性シンガーソングライターとして傑出した存在(と個人的に思っている)ショーン・コルヴィン。彼女のセカンドアルバム冒頭のこの曲で、リンドレーはワイゼンボーンのアコースティックスライドを情感豊かに響かせている。そもそもこのアルバムを買おうと思ったのは、プロデュースがラリー・クライン(当時のジョニ・ミッチェルのご主人)だったのと、ウォーレン・ジヴォンの「Tenderness on the Block」をカバーしていたこと、それにリンドレーがクレジットされていたことだったと記憶している。


これら10曲のほかにも、リンダ・ロンシュタットの70年代中期のアルバムでのフィドル演奏や、ロッド・スチュワートのアメリカ化に貢献したフィドルやマンドリンなどの演奏もあるし、ジャクソン・ブラウンとの共演だけでも10選ができそうなほどだ。

最後につい先頃(日本時間3月18日)ジャクソン・ブラウンがSNSに投稿したメッセージの一部を紹介したい。

Jackson Browne Facebook page より

この2週間、何か書いて投稿しようとしていたけれど、難しかった。何から始めてどうやってまとめたらよいのか... 多分、彼に逝ってほしくないからだと思う。

20日から日本ツアーを控えているジャクソン、おそらく日本を訪れる飛行機の中ででも書いたのだろう。

デイビィッドは、僕の中でとても大きな存在だ──今のようになった僕、今こうしている僕にとって。彼のような演奏をする人は誰もいなかった。彼が抜けてEl Rayo-Xを結成した後の僕のバンドでは、曲の構成は多かれ少なかれ彼が弾いたものがベースになっていた。各プレイヤーが自分の中のリンドレーっぽさを呼び出すかどうかは、昔も今も彼ら次第だ。がんばってくれ!そうしてくれると嬉しい。デイビッド自身は一度たりとも同じ弾き方をしなかった。常に何かを探し求め、新しい何かを聞いていた。常にその瞬間を大切にしていたんだ。

追悼コンサートもあるはずだし、ドキュメンタリーも作られるだろう。彼の人生を祝福し続ける方法があるはずだ。そして、僕らみんなが認識していること、それは、デイヴィッド・リンドレーはこれからも唯一無二の存在だということだ。

Jackson Browne Facebook page より


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