しみる

家に帰りつき車から降りたときに夜空を見上げたら、気付かぬうちに秋、というよりも、冬の空色をしていた。ビルの明かりが反射していても、冬の空は星がよく見える。夏の空は、夜になっても、どこかしらに太陽のお節介な明るさをはらんでいるけれど、冬は違う。誰もが無言のうちに、静寂の闇に包まれている。星のまたたきだけが、騒がしいのだった。なんとなく、目にしみる。

この季節になると、乾燥しやすくて、よく切り傷を作っている。今も、左の手の甲に3ミリぐらいの切り傷が4つと、左の中指の爪のすぐそばに5ミリぐらいの切り傷が一つある。できるときは気付かないのに、時間を置いてから疼痛がしてくるのだからずるい。気付かぬうちにできて、気付かぬうちに治ってくれればいいものを。

そうして、生身の体でない部分も、乾燥しやすくなってよく切り傷を作っている。人と仕事をしたり、遊んだり、触れ合うときによく切り傷ができる。相手の言葉や瞳や息遣いや指先すべてが刃物に見えるのだ。この切り傷は、できるより前に気付いていて、治ってからもよく痛む。でも本当は、何者かにつけられた傷ではなくて、自分がつけた傷だから痛いのだと思う。私が治ったことを、ちゃんと認めないかぎり、傷は治っても傷跡は治らない。いつまでだって痛み続ける。忘れてもまた、同じ場所に傷を作るように、私は生きているのだろう。愛おしくもあって憎らしくもある。どうしたって治らない。どうしたって避けられない。

そんなことを思いながら、さまざまな気配に耳を傾ける。夜の長さや、風の匂いや、とおい誰かの溜息や、息がつまりかけている自分の心臓の音。
ノイズが少ないこの季節の気配が、私の奥深くにしみこんでゆく。しみこんでくる。傷には触れないでほしいが、触れてほしい。傷みは怖いが、痛みが私自身を思い出せてくれる。