身近なみなもと

大学時分に、文学の先生が教えてくれた松尾芭蕉の俳句が思い出せず、ネットで思い当るキーワードをやたらめったら打ち込んでみたけれど出てこなかった。そもそも、芭蕉じゃなかったかもしれない。でも、奥の細道だったか笈の小文だったかをやっていたときだったと思うので、芭蕉だったと思う。一輪挿しと硯か、なんか、そんな、ぼんやりした組み合わせで、大したことを読んだ句でもなかったのに、美しくて感動した。そのときに先生が「日常卑近の美」という言葉も教えてくれた。貴族文化のようなあでやかなもの以外でも、美がある。ああ、そうか、と思ってとても印象に残っている。何も、錦の着物や満開の桜や夏の花火や、山一面の紅葉や、真っ白な雪原ばかりが美しいものではないんだと、毎日飲んでいる牛乳の白さに気付いたり、年季の入った仏壇の位牌におかしみを覚えたり、そういうものも美が宿る。知っている感覚なのに、それをどう表現していいのかわからなかったので、すごく得心した。

気の利いた言葉の一つや二つ、あるいは三つ、言えたところで、そんなものよりも、自分が目にしたものごとの、素直な美しさを表す言葉を持ちたい。率直な、気取らない、美しさをそばに置きたい。