エイプリルフール

四月はいろんなことがそわそわと落ち着きがなく、そんな空気に当てられて自分自身の、自分、も、自身、も、どこかここではない別の場所にあるようで落ち着かない。ずっと、心がここではない別の場所で転がり続けている。そんな気がする。そんなことを恋人につぶやいたら、彼は少しだけ困ったように笑って私の頭を優しくなでた。

新年度の慌ただしい空気の中で、すり減っていく心をどうにか守りたくて、私は仕事帰りの彼を連れてラーメンを食べに行った。くだらない話を二、三交わし、可もなく不可もないとんこつラーメンをすすり、まだ少し余裕のある腹を満たすためにギョーザを食べた。ギョーザは皮が破れんばかりにむちりと膨らんでおり、噛み締めると肉汁とにんにくの香りがしみ出す。明日は営業できないな、と、彼が真面目にいうので、休もう、と、私は軽口を叩く。だけど、私たちは真面目な企業戦士なので明日も眠い目をこすりながら、重圧で痛む胃を抱えながら、通勤するのだ。

夜のドライブはあまり楽しくない、と、彼はいう。目の悪い彼は、暗い中だと私の顔が見えないらしい。恥ずかしくて陳腐な理由だが、だから、夜はあまり遠出はしない。ラーメンを食べ、少しゆっくりと車を走らせるだけだ。静かで小さな言葉をやはり二、三交わし、呼吸みたいにかすかな笑い声だけを車内に残し、私たちは家路へついた。

彼の会社に停めてある、彼の車の横につけ、エンジンもヘッドライトも消す。急に訪れる沈黙も恐ろしくはない。彼がそばにいるというだけで、沈黙も途端に愛おしく思えるから不思議だ。黙ったまま、彼が私の頭をなでた。彼の手は眠いからかあたたかく、普段より心にじわりと染み込んでくる。何がどうということもない、黙って触れるだけなのに、彼の人となりや優しさが、私のささくれだったこころに少し触れては落ちていく。
要領を得ない、まるで半永久的に続いてしまいそうな私の、愚痴とも言えない取るに足らない言葉を、彼はその手のひらで丁寧に包む。その言葉たちがどこへ行くのか、私は知らない。どうかどこかに捨てて欲しいと思う。彼の、柔らかな心に刺さらなければいいと思う。もし、彼の心に不格好に刺さってしまうなら、その時は私に刺し返して欲しいと思う。思うのに、どうしても尖った言葉がこぼれてしまう。涙も。

「エイプリルフール、嘘ついた?」
「ついてないよ」
「いい子だね、えっちゃんは」

泣いて震える私の声を聞いて、彼はぼそぼそ笑った。私も笑った。

彼が自分の車に乗り込み、私は私の車を発進させ、家に帰りつく。と、彼の携帯が助手席に置きっぱなしになっていたのを見つけた。明日の朝、家に届けに行こうと思いながら、自分の携帯から彼の携帯へと、なにかメッセージを送ろうと思案する。
そうしてなんとなくにやけながら、私はゆっくり眠りについた。